4-11 四度目の死と絶頂

 バルフェルト・フォン・ロアヴィエの暗殺から三日後の昼過ぎに、その直臣グエン・マグナの肉体に意識を移したアッシュは白百合城に帰り着いた。シルフィアに帰着を告げると部屋に戻って体を休めた。新しい体でも、シルフィアはアッシュの言葉を疑わなかった。ちょうどユウナとエナクレスが近隣の村に出掛けて不在にしていたときのことである。人目を避けるため夜中に移動したアッシュは、帰り着くなり急激な眠気に襲われた。

 物音がして目覚めると、既に夜になっていた。入り口のドアを見れば、一糸纏わぬユウナ・ルドフェルが立っている。天守は各階に二部屋しかなく、隣の部屋がエナクレスの寝室になっているのにも拘わらず、ユウナは裸のまま兄の寝室にやってきたのだ。洋灯があるため廊下側が明るくなっており、アッシュからはユウナの裸体がハッキリと見える。しかし、ユウナからは暗がりになっているので、室内の様子は判別つかないはずだ。熱い吐息と共にユウナが室内に踏みいる。


「お帰りなさい、お兄様。お兄様がいない間、私、毎晩一人で自分を慰めていたの。お兄様、ああ、早く、抱いてください」


「待て」


 アッシュは上体を起こし、ベッドに近寄るユウナを制止する。


「俺はお前の兄じゃない」


 他人だと分かれば、ユウナは諦めて引き下がるだろうと思いこんでいた。ユウナがグエンの姿を視認したであろう距離で、アッシュは告げる。


「この部屋を借りているだけの客人だ」


 アッシュは若い娘の裸を見ないように紳士然と振る舞い、背を向ける。


(しまった。別の部屋を使うべきだった)


 アッシュが言い逃れを考えていると、情欲の熱が完全に引いた冷たい声が背中を撫でる。


「……お兄様の体をどうしたの?」


 心臓が高鳴り呼吸が詰まったアッシュは、努めて声を平静にする。


「申し訳ないが、なんのことだろう。君の兄のことは私の知るところではない」


「貴方、殺されたら相手の体を奪うのよね。それじゃあ、兄様の体はどうしたの?」


「それは――」


 振り返ったアッシュの喉元にナイフが突きつけられた。固い切っ先が薄皮を裂き、血が滲む。


「心も体も失った兄様の存在は、何処へ行ってしまったの?」


「やめろ」


 うわずった声となり漏れた音は、命乞いではない。ユウナの身を案じてのことだ。アッシュは言葉を選ぶほど深く思索する余裕はなかった。ただ、咄嗟のことで、それがアッシュの本心か、グラハムの記憶が影響したのかは分からない。


 アッシュは涙に濡れる視界で、喉にナイフが突き立った男の死体を見る。近接戦闘であれば魔銃使いにも伍する技倆の肉体ではあったが、アッシュはその剣技を活用しないままであった。新しい肉体は、剣すら振れそうにないほど華奢で非力だ。


「気づいていたのか……」


 シルフィアが感づいていたのだから、肌を重ね合わせる仲の妹も気づいて当然であったが、アッシュは失念していた。ユウナは兄が別人になったと理解した上で、しかし、それでも、もしかしたら気のせいかもしれないと僅かな希望に縋って、部屋にやってきたのだ。

 死体を避けてベッドに腰を落としてうなだれると、毛が剃られて幼子のようになった下腹部が視界に入った。兄ルドフェルの趣味に合わせたものだ。


「うっ、ああっ……」


 無意識の内に細い指先は己を慰め始めた。秘裂はあっと言う間に、水飴のような光沢を放つ液体で濡れた。そうさせるのが、新たな体ユウナの欲望なのか、グラハムの記憶がそうさせるのか、情欲と無縁の生活を続けていたアッシュ自身の限界なのかは分からない。腰を浮かせたアッシュはベッドから床へと落ちた。

 柔らかな身体はあまりにも魅力的で、アッシュは血まみれの死体が斃れるベッドの脇で、自涜に耽る。指では直ぐに物足りなくなったから、枕元に隠しておいた魔銃を手にし、己の細身の奥に咥えこんだ。身体の中心にあいた最も熱い孔は、入り口は狭隘であったが僅かな抵抗の後に固く冷たい武器を受け入れた。

 我に返りかけるときもあった。だが、一階上の主にも嬌声が届いているのだろうと思うと、体の芯はますます疼き灼熱を帯びる。ベッドの下にルドフェル兄妹の遺愛した張型があることを思いだし、うつ伏せになって手を伸ばす。指先がそれに触れたとき、アッシュはその用途が肛口の嗜虐と悟り、愕然としたおかげで理性が僅かに力を取り戻した。


「畜生……。畜生……!」


 押し寄せる快楽の波に何度も達し、アッシュは気が触れてしまいそうだった。ルドフェル兄妹二人分の記憶が収まったユウナの肉体は底知れぬ黒い情欲に満ちており、抵抗するにはアッシュの理性だけではあまりにも無力であった。アッシュは右手で己の中心を愛撫したまま左肘で床を這い、チェストに辿りつくと、上に飾られていた木彫りの天使像を握る。友が遺した像を胸の中心に抱き、情欲を怒りで塗り替える。


「私はお兄様の性奴隷……。違う、私は……俺は、アッシュだ。ユシンの仇を討つ……! フェドとバルフェルトは殺した……。次はバーン・ゴズルを殺す。腕を切り落とし、胴を斬り離し、死体に火をつける。ユシンと同じ目に遭わせてやる!」


 果たしてそれは激情によるものか快楽によるものか、太ももを大きく開いた少女は膝を大きく痙攣させ、意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る