4-9 エナクレスは近隣の村に出掛ける

 スガンバザル山でバーンがオークを鏖殺した頃、その部下エナクレスはユウナに連れられて食料の買い出しのために、白百合城から南に二キロメートルの位置にある村にやってきた。とはいえ、村の者に事前に必要な物を伝えてあるので、受けとるだけだ。エナクレスはユウナから侍女の服を借りて、魔銃はスカートの中に隠している。捕虜の身なのに魔銃の所持が許可されたまま一週間が経過しているため、エナクレスは本当に自分が捕虜なのか、分からなくなっていた。目下の悩みと言えば、シルフィアに「面白い話をして」と命令されているので、夕食までに話題を用意しておかなければならないことだ。

 エナクレスに同行するユウナは村で手に入る物や、皇都の商店まで行く必要がある物などを説明し終えると、村の中央にある小さな広場で立ち止まる。


「エナクレスさん。銃士隊の貴方に言うことではないと思うけれど、この道をまっすぐ南に進めば街道があって、それを東南へ行けばロアヴィクラートよ。シルフィア様は追いはしないわ」


「えっと……」


「貴方の返答をシルフィア様に報告するようなことはないわ。急に連れて来られた貴方に同情しているだけよ」


「はあ……」


 エナクレスはユウナの真意を読めないから、ハッキリとは返事しない。


(私がシルフィア卿に仕えるに相応しい人間か試している? 忠誠心を試すにしたって、あるわけないって分かりきっているのに……)


 思考は悶々とするだけだ。直ぐに銃士隊から政治的な圧力がかかって解放されるかと思っていたが、一行にその気配はない。


(北方将軍ともめ事を起こしたくないから私は見捨てられたのかな……)


 結局、彼女は原隊に復帰することなく白百合城で時を過ごしている。自分の努力と才能を軽く凌駕するエルフの少女が陰でどんな努力を積んでいるのか興味はあったが、何もない。シルフィアは毎日、画帳に何かを落書きしたり、木を削ってゴミを量産したりしている。エルフのくせに、まるで画家工房か農具工房で修行する徒弟見習いだ。


「元の生活に戻りたくはないの?」


「弟が負傷していたので、容態は気になるんですけどね……」


「そう」


 当たり障りのない返事をしたら、話題は終了したらしく、ユウナが村の出口へと踵を向ける。すると、ちょうど前方から六名ほどの集団がやってくるのが見えた。外套を着ており大きな荷物を背負っているので明らかに村人ではない。何もない田舎の村に訪れるにしては異質な存在。

 集団は足を止め、中から一人白衣の女だけが進んでくる。ボサボサの髪に分厚い眼鏡、皺だらけの服は砂埃で汚れている。


「いやあ、そこの綺麗なお姉さん達、旅人ぉ~?」


 エナクレスが対応に困っていると、ユウナが一歩前に出た。


「ええ。私は綺麗よ。貴方は身だしなみも造形も三流以下ね」


(見るからに怪しい人も大概だけど、ユウナさん、なんでいきなり喧嘩腰なの……。シルフィア様の影響かなあ……)


「私達、宿を探しているんだけどぉ……。もしかして、この微妙な農村には泊まれる所、ないのぉ?」


(うわ。こっちの人、今ので会話したくない意思とか、敵意とか通じなかったの……)


 エナクレスは会話に加わらずに、一歩引いて見守ることにした。短い期間に様々なことが起こったため、彼女は精神が疲労の極みにあり、これ以上、心が摩耗するのは避けたかった。


「この村は皇都ロアヴィクラートの北西に位置していて、天気が良ければ天望虹彩の花弁が見えるわ」


「うわぁお。会話が通じない人ぉ~。お姉さん馬鹿なのぉ? 今の私の発言ってえ、どう考えても、旅人かどうか尋ねているところや、宿泊場所を探しているのが本題だよねえ。そっちに返事しないって、どういうことぉ?」


 小馬鹿にした笑みを浮かべた白衣の女が、両手を振ってユウナの前を遮る。ユウナは女を無視し踵を返すと、村の中央へと歩きだす。


「えぇえぇ? 言い返さないのぉ? でも、まあ、いいや。分かったから。お姉さん、ロアヴィクラート出身でしょぉ。発音が良すぎるもん。手や肌が綺麗すぎるから農作業なんてしたことないでしょ? だったら、村人じゃないよねえ。こんな何もない村に泊まっているとも思えないし、何処か近くにお屋敷でもあるのかな?」


 分厚い眼鏡が鈍い輝きを放つのを見て、エナクレスはドン引きした。


(ええぇぇ……何その推理。私達が侍女の服を着ているし、手提げからバケットやら野菜が出ているんだから、そこで何処かの屋敷の侍女だって気づけるでしょ! なんでそんな遠回りな推理しているの!)


 不本意ながらエナクレスが興味を持ってしまったように、ユウナも白衣の女ファンタズマに興味を抱いたようだ。背後に纏わり付くファンタズマにユウナは首だけ振り返り、目を細める。


「精霊教団がこんな所で何を探しているのかしら」


「……うわぁお。お姉さん、鋭いねえ。その根拠を教えてよ」


「私達に泊まる所を聞くということは、村長の家どころか、教会にすら行っていないんでしょ? この辺りの風習を知らないし、光の神を信仰していない。けれど、貴方は日焼けしているし、薄汚い格好だから、それなりに旅を経験している。となれば、支援者の手配でロアヴィエを旅する外国人か、被征服国民と考えるのが妥当でしょう。そういった胡散臭い集団を、私は精霊教団しか知らなかっただけよ」


(ユウナさんも、なんでそんな遠回りの推理するの? 薬品臭いし、胡散臭い白衣から、分かるのに……)


「わお。正解。でもさ~、被征服国民って差別的~。もう、ロアヴィエ皇国民だよ~。私、皇国生まれロアヴィアンで~す。それでさ~。支援者の周りで何か騒動があったのか、案内人と連絡が取れなくなっちゃってねえ。困っているのよ~」


 これはアッシュが彼女のパトロンであるバルフェルト・フォン・ロアヴィエを殺害したことが原因だ。


「助ける義理はないわ」


「わお」


 以後、ユウナは完全に口を閉ざし、敢えて逆方向から村を出て、尾行を警戒しながら城へと戻った。エナクレスも当然、精霊教団に関わりたくないので、無言でユウナに従った。

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