3-16 シルフィアの自覚
「ボーガ、エナクレスを呼んで」
「かしこまりました」
ボーガが一礼し天守へと戻り、数分後にエナクレスを伴って再来する。
「エナクレス、バーンという銃士を知っているかしら?」
「……あ、あの……」
エナクレスは銃士隊の隊服を着ており魔銃も所持したままだ。シルフィアは話し相手が欲しくてエナクレスを勧誘したが、彼女は捕虜のつもりでいる。地下牢にでも幽閉される覚悟で城に訪れたのに、何故か従者らしき者達から仕事を与えられて、朝からシルフィアの部屋を掃除した。ぬいぐるみだらけの北方将軍のベッドを見た後でも、昨晩の恐怖心が抜けきっていないので、身を小さくし視線を合わせることなくおどおどと喋る。
「何かしら」
「バーン様は、昨晩、シルフィア様が右腕を切り捨てた方です……」
「あら、そうなの? しまったわ。油断していたようだし、捕まえておけば良かったわね」
驍名轟かせる副隊長に油断は微塵もなかったし、刺し違える覚悟で戦っていた。それを、油断していたと言い切るほどに、シルフィアとの間には隔絶とした戦力の差がある。魔銃を使った模擬戦闘で実力を測りあう銃士隊と異なり、シルフィアは他者と自身の能力を比較したことが一度もない。それ故に、己が隊長格すら歯牙にかけないほどの武力を有する自覚がない。
(バーンが、昨日、ここに来ていたのか?)
アッシュはバーンが白百合城に来た理由が気になるが、口には出せない。今のアッシュはグラハム・ルドフェルになっているため、エナクレスとは面識がない。だが、一つ前の体キーシュは、エナクレスやバーンと面識がある。迂闊な発言がどのような危機を招くか分からない。それに、ボーガが室内に控えている。彼はアッシュの正体をまだ知らないはずだ。
「そういえば貴方たち、何しに来てたの」
「バーン様と私は、裏切りの可能性があるキーシュを追跡していました」
「キーシュ? ……ああ、昨日の盗賊がそんな名前を名乗っていたわね。今頃は野犬の餌よ」
この説明にエナクレスは納得するしかない。キーシュは狙撃手としての師ではあるが、前夜の内に心の整理はできているため、死を知らされても込みあげてくるものはなかった。
「貴方、バーンが何処にいるか知っているかしら?」
「は、はい……」
「そう。グラハム、エナ、都に行きましょう」
シルフィアと銃士隊の衝突はアッシュにとっても歓迎する事態だが、あまりにも唐突すぎる。短絡的な結論で、復讐が失敗に終わってはたまったものではない。アッシュはシルフィアの力を借りたいが、使いどころを間違えるわけにはいかない。アッシュは再考を促す。
「シルフィア様が皇都に向かえば、他の四輝将軍が動くのではありませんか?」
「問題ないわ。ボーガ、他の四輝将に手紙を出しておいて。私的な理由で銃士を一人潰すだけ。皇国に逆らう意図はないと」
アッシュは家令が返事をする前に、先回りする。
「手紙で、そんな言い分が通じるわけが……」
「通じなくても問題ないわ。それよりも、グラハム。私の決定に言いがかりをつける気?」
「……申しわけありません」
アッシュは他人の目がある場ではシルフィアに逆らうわけにはいかない。
「グラハム。貴方にはお仕置きが必要なようね。ボーガ、エナクレス、下がりなさい」
二年間も冷徹な主を演じていただけあって、シルフィアの態度は堂に入っていた。昨日今日からグラハムを演じだしたアッシュがボロを出さないように庇ってくれた。
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