3-2 アッシュとシルフィアの出会い

 案内されたのは居室や謁見用ではなく、明らかにシルフィアの寝室であった。天蓋付きの瀟洒なベッドには多数のぬいぐるみが敷き詰められている。愛玩動物を模したぬいぐるみの中に一つだけ精緻な人形が寝そべっていた。銀髪銀眼。処女雪のように透きとおった肌。白いドレスに、同色のタイツと手袋。衣装も肌も真っ白な存在。アッシュは使用人の若い女が紅茶を用意しているのを見て、ようやくそれが人形ではないと気付いた。骨格が明らかに人より小さく頭部や胴体の尺度が違う。


(……エルフか。人形にしか見えない。だが、間違いない。こいつがシルフィアだ。軍服を着た俺が夜中に侵入してきたのに全く動揺した様子がない。それに、俺は拘束されていない。つまり彼女は軍人が暴れても意に介さないということだ)


 室内にはシルフィア、ボーガ、使用人の女の他に、もう一人若い男がいる。シルフィア以外は人族だ。室内の奇妙な光景に対する答えをアッシュの記憶は持ちあわせない。亜人種が迫害される皇国で、エルフに人間が傅くのは何故か。そもそも、北方将軍は軟禁されているはずなのに、女王のように君臨している。

 シルフィアは使用人が淹れた紅茶をゆっくりと飲む。人族用のカップを使っているので、小さい顔がほとんど隠れてしまう。


「先ずは名前を教えて頂こうかしら」


 童女の無邪気さと娼婦の色気が混ざったような声音であった。枕元のぬいぐるみとお喋りしているようにも、ベッドの中へ誘っているようにも聞こえた。


「凱汪銃士隊十一番隊所属。キーシュ」


 アッシュの名乗りに表情を変えた者はいない。魔銃使いが夜中に潜入したという事実は、シルフィアにとっては些事であったし、従者達は主と客との会話を聞いて感情を露わにすることはない。

「この城に侵入した理由を話しなさい。私の眠りを邪魔しただけの価値があることを期待するわ」

 迂遠な言い回しは不興を買いかねない。ならば、と、アッシュは自身が知りうる情報を包み隠さずに開示する。


「凱汪銃士隊の十一番隊、十二番隊、十三番隊に背信の動きがあります。三隊は侵略先の捕虜から魔銃適合者を探し、秘密裏に戦力を増強しています。後ろ盾は皇弟のバルフェルト卿。その目的は恐らく皇帝位の簒奪」


 アッシュは、いや、キーシュは彼の上官である副隊長グラトの態度からそう推測した。ラガリア王国侵攻の際に、十三番隊副隊長のアイリや十二番隊のバルヴォワを監視する任務を与えられたのは、彼女達が反乱に協力するか判断するためだったのではないかと考えている。また、その任務により、キーシュ自身もグラトから試されている、そう感じていた。


「で?」


 欠伸混じりの言葉に、興味を抱いた様子はない。


「で、とは?」


「反乱なら、他の隊に告げればいいでしょ。私の城に忍び込む理由にはならないわ」


 アッシュはますます混乱した。国を二分した戦争が勃発するかもしれない状況が些末なはずがない。まさか、シルフィアは見た目どおりの年齢で、幼い頭では事態の深刻さが理解できないのだろうか。


「どの隊が大公についているのか分からないため、皇帝直属のシルフィア卿にお伝えするのが相応しいかと思い……」


「つまらない男ね。どんな面白い話を持ってきてくれたのかと期待していたのに」


「え?」


「反乱なら起きた方が楽しいでしょ? 反乱に乗じて皇国に反旗を翻せくらいのことを言ってほしかったわ。飽きたわ。ボーガ、お客様のお帰りよ。丁重に送って差し上げて」


「かしこまりました」


 ボーガは主に丁寧に応じたあと、躊躇いなくアッシュの右肩の関節を外した。あまりにも手並みが鮮やかすぎて、アッシュは上体を床に押さえつけられるまで、痛みに気付かなかった。


「ぐっ!」


 アッシュが呻き声をあげる頃には左肩も外された。続けてくるぶしの辺りを踏み砕かれた。

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