第3話
【03】
針金のように筋肉のない手足とは反して、体格のいい冒険者達と比べても上背がある方に分けられるホゾキは、椅子に座ると酷い猫背になった。
元々猫背気味なのが座ったことにより、丸い肩がテオの視線に近付いたせいでそう感じただけかもしれない。
客のいない酒場のカウンターに男二人並んで腰かけ、カップに注がれた茶を飲み込みながらテオは現実逃避に考える。
ホゾキは人のことを無遠慮にじろじろと観察する癖があるが、多弁な目と裏腹に、雑談に興じる回数は少なかった。
用事が済めばそのまま縫い付けたように口を閉じることが多いが、とはいえ別段コミュニケーションが取れない訳でもない。
聞きたいことには親切に答えてくれるし、困っていれば手を貸してくれる。ただ仕事以外で口を開くのが好きではないだけのようだとテオは捉えている。
実際テオが以前受けた靴擦れの指摘は、単に仕事をこなすのに不備がないか確認したいだけのようであった。
「テオ君、あの、だね」
「……はい」
年頃の町娘もかくや。気恥しそうに頬を染めたホゾキが声を漏らす。
自らより背の高い男のその様が、少し以上に不気味に思えたテオは椅子の上から半身を離して続きを待った。
怖いというより薄気味悪いのかもしれない。
「実はね、テオ君に行ってもらっていた夜間巡回の方は、す、直ぐに他の人に回せそうなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。ほら、報告してもらっていた新しい方のグールの数がね、ら、落盤事故の被害者数と同じになったから、今日ので」
「十二名でしたっけ」
ホゾキはひとつ頷き、ゆっくりとカップを煽った。その様子を横目に捉えながら、テオは思案する。
アンデッド。
その中でも霊体化せず、骨や筋肉、臓器などをその身体に残した、肉体を持つタイプは大きく二つに分けられる。一つはグール、もう一つはスケルトンだ。
どちらも弔いを受けなかった死体から発生するが、グールは肉がまだ残っている死体で、スケルトンは白骨化が済んだ状態の死体だ。
どちらにも痛覚がないため攻撃を受けても怯むことは無い。一撃で仕留めるか、無力化を図る必要がある。そのため一撃の範囲が狭い物理攻撃の中でも、特に部位の切断が難しい弓などの刺突系の攻撃に強い傾向があった。そういった武器で無力化を図る場合、首の中心を狙い撃てば一応は停止する。
骨の隙間が所々埋まってなかったりするスケルトンでもこれは同じだ。
どちらも物理的に体を持つ以上、破壊と死が結び付く部位の破壊がトリガーなのだろうとも言われている。もしくは、心臓と脳のふたつが命の在処としての価値を譲り合わなかった結果、その中心である首に弱点が留まったとも。
テオとしては首を狙えば良いという事さえ分かれば良いので、その手の話は全て人から聞き齧った程度であり、それ以上の関心はなかった。
問題は、グールとスケルトン、その段階における強さの変化であった。
霊体化したものの多い他のアンデッドに比べてグールとスケルトンの特性上、その活動を物理的な肉体に頼っている。
よって、死亡しているとはいえ肉体が万全に近い状態で残っている死にたてのグールと、筋肉を含む全身の肉や臓器が腐敗しているグール、全て腐り落ちて骨しか残っていないスケルトンでは、強度も力も全然違う。
物理的な観点でのみ言うなら、死亡時に近い前者の方が、後者に比べて圧倒的に強いのだ。
ましてや今回事故が発生したのは屈強な鉱夫の集う鉱山である。下手をすればツルハシ装備のグールに頭を勝ち割られかねない。
「テオ君がその“出来たて”グールを、か、片付けてくれたからね。あとは経験の浅い子でも、な、なんとかなる。いくら報酬がしょっぱくても、そ、外で“石拾い”をするよりかは良いからね」
「ああ、確かにそうですね」
実入りが悪い仕事なのにこんなに早く受け手が見つかるなんて珍しい、と先程考えていたテオだが、それは自分のように戦闘に慣れた冒険者にとっての話だったと思い直す。活動を始めて一年以内の駆け出し冒険者にとってはその限りではなかった。
石拾いと呼ばれる仕事がある。
先程ホゾキが交換していたランプの光源として使用される、ランプ石と呼ばれる石があるのだが、その仕事はそのランプ石を外に拾い集めに行く仕事だ。
ランプ石とは水中で衝撃を与えると発光する石で、城壁の外まで行けばわりとどこにでも落ちている。石自体が元々特殊な特性を持っているではなく、地表から噴出し大気を漂う魔力を吸うことで様々な石が変化したものだと言われていた。
そして石拾いとは、新人冒険者の誰もが通る道でもあった。拾ったランプ石をギルドに買取って貰いながら、外の地形や魔物の対策を覚えるのだ。
今回ホゾキが鉱山の夜間巡回を受けてもらおうとしているのは、この石拾いから卒業出来るくらいの実力を付け始めた冒険者だった。
外を歩いても自衛ができるくらいの力があれば、鉱山の見回りをしても死ぬことはない。
最悪彼らが自力でアンデッドを殺しきれなくとも、坑道内部で分断したアンデッドを外の番兵の元まで連れて行けば、彼らと協力し打ち倒すことも出来る。といった算段だろう。
「じゃあ、俺は明日から別の仕事探しますね」
部屋に戻ったら装備を点検しよう。特に最近短い獲物を握ってばかりいたから、一度体を動かして調整すべきか。テオは今後の予定に思考を巡らせる。
眠たげに目元を伏せたテオに、隣から気不味げな声が上がった。カップを両手で挟み込んで、丸まった背中を更に丸め込んだホゾキだ。
「いやあ。そこでなんだけどね、ど、どうかな? 昼の調査の方、さ、参加してみない?」
「へっ」
ホゾキの言葉を耳にしたテオが素っ頓狂な声を上げる。おかしな動かし方をしたせいで引き攣った痛みを発した喉元を、テオは指の裏でさりさりと撫でた。
「実はね、あっち。ちょっとばかし大規模な巣にね、ぶ、ぶち当たっちゃったみたいでね。しかも地形が予想していたよりも複雑で、お、追い詰めたと思ったら逆に追い詰められていたなんてことも多いらしくて。常時三つのパーティが入るようにして、も、もらっているんだけど。どうしてもあと一手、た、足りないみたい」
テオの様子を見たホゾキが慌てた様子で説明を付け足したが、眉尻を上げたテオの表情は和らがない。
ホゾキの話を聞いている間に動揺を落ち着けようとカップを煽ったテオは、すっかり夜勤明けの眠気から目が覚めてしまっていた。
「いや、いやいや。俺、最初に昼の方は無理だから、夜の方だけならって言って受けましたよね」
慌ててテオがホゾキに言う。
初めは確かに昼に行われている調査の仕事も持ち掛けられた。けれどその時点で発覚していた魔物の種類と戦場の狭さから、テオはそれを断ってまで報酬の少ない夜間の巡回に逃げたのだ。今更再度持ちかけられても困ってしまう。
「でもほら。ちゃんと、で、出来ただろう? グール相手に、た、戦えてる。ほら、大丈夫」
「大丈夫じゃない。グールだから良いって言ったんです。人型なら柔らかいし相手にできますけど、調査班の方で見つかったのって昆虫種でしょう? 甲殻あるタイプは相手できませんよ」
ホゾキの言葉にテオが食い気味で返す。
狭い坑道内でテオが使用できるのは今も腰にかけている四十センチのナイフが一本だ。人間の首を貫くことは出来ても、硬い装甲を破る力はない。
酒場のハイチェアに腰掛ける彼ら二人。その手の中のカップに揺蕩う水面が、互いの表情のように波を打った。
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