第6話 復権
世の中の流れが変わったのは、私が二十七歳のときだった。世界同時バブル崩壊が起こって、資本主義社会を痛撃した。巨大バブル崩壊で世界経済は大打撃を受け、多くの企業が倒産した。空前の規模の世界恐慌が吹き荒れ、金融機関がほとんど総崩れとなり、巨大多国籍企業も生き残れなかった。
日本経済もかつてない打撃を受け、食糧の輸入が滞った。多くの人が飢えて死んだ。私が働いている食品会社も光司と久慈くんが勤めている自動車メーカーも潰れて、私たちは工場労働から解放された。同時に、わずかな収入も得られなくなった。私たちホモルクスの多くは、光合成で生き延び、餓死を免れた。
世界不況は五年間ほど続いた。無秩序な時代だった。その間にいくつかの戦争が勃発し、各国の治安は乱れて略奪が横行し、九割近くの企業が倒産し、世界全土で十億人以上の餓死者が出た。
ホモルクスも無事ではいられなかった。ホモサピエンスに意味もなく惨殺されるホモルクスもいた。光司は私や久慈くん、その他仲のいい何人かのホモルクスを連れて山中に籠もり、苦難の時期を乗り越えようとした。彼は猟銃を持っていなかったが、罠猟で狩りをして、獣を捕まえた。山菜摘みやキノコ狩りの方法を私たちに教えてくれた。光司のリーダーシップのもと、湧き水を飲み、光合成をし、山で食料を得て、私たちは生き永らえた。
世界の混乱が収束に向かったのは、私が三十二歳のころだった。世界人口は五年前と比べて、三分の二に減少していた。ホモルクスは資本主義の敵と言った北米の大国の首脳は暗殺されていた。世界同時バブル崩壊前は国家より大きな力を実質的に持っていた巨大多国籍企業は、今や一つも生き残っていなかった。
制限なき経済成長は悪であると見做し、資本主義を変貌させることで、人類は生き延びようとしていた。世界秩序は大きく変わった。国家が企業を統制する急拵えの新社会主義によって、人類は急場をしのいだ。企業は大型化するのを制限された。経済成長率は国家によって厳重に管理された。人々の経済格差が縮小するような税制が執行され、ほどほどの豊かさが尊重されるようになった。環境に負荷をかけるのは強く抑制すべきこととされた。
ホモルクスにとっても明るい陽射しが見えるようになっていった。かつてホモルクスは資本主義の敵と言われたが、資本主義そのものが倒れたのだ。光合成を主なエネルギー源とするホモルクスのライフスタイルは好ましいものと見做されるようになった。
日本国憲法は再改正され、ホモルクスの人権は復権された。世界のほとんどの国で、ホモルクスは社会の表舞台に復活した。北米の大国の新首脳はかつての首脳を史上最悪の元首だったと非難した。
私は両親の住む自宅には帰らなかった。光司と結婚し、山に近い多摩地区のアパートで暮らした。毎日じっくりと光合成をし、卵と果物を食べ、静かに生活しているうちに、しだいに私は元気になった。
ホモルクスを差別していた法律はなくなり、光司は狩猟免許を取り戻した。自分の猟銃を購入し、彼はハンターになった。
三十四歳のとき、私は地元の自治体に司書として中途採用され、図書館で働き始めた。妻となり、やりたい職業に就き、ようやく私は心からしあわせを感じられるようになった。
世界各国は再びホモルクス出産優遇政策を実施し始めた。日本も例外ではなかった。多くの夫婦が自分たちの子どもをホモルクスとすることを望んだ。ホモサピエンスの子どもはごく少数になっていった。私も妊娠し、黄緑色の皮膚を持つ男の子を出産した。
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