第4話 資本主義の敵
歴史の推移はそれほど単純ではなかった。
北米の大国の首脳がホモルクスは非生産的で非消費的な人類で、「資本主義の敵」と断じた。その国はホモルクス出産優遇政策を中止した。世界の政治経済に大きな影響力を持っている巨大多国籍企業群もその政策を支持した。ホモルクス的ライフスタイルは経済成長を阻害し、多くの企業を破綻させると発言する経済学者もいた。
日本も北米の大国に追随し、ホモルクスの子どもを出産したときに支給される補助金制度が廃止された。私は重苦しい気持ちになった。小学生のときにいじめられた記憶がよみがえり、嫌な時代にならなければいいけど、と心配した。
高校三年生になり、進路を決めなければならなかったが、私には人生のビジョンがなかった。大学に進学したいという積極的な気持ちはなく、かといって就職したいとはもっと思っていなかった。漠然と、光合成をして、少しばかりの食料を得て、平和に暮らしていければそれでいいと願っていただけだった。確かに私は、資本主義の敵なのかもしれない。非生産的で、非消費的だ。
光司に進路をどう考えているか訊いてみた。
「おれはハンターになろうかって、今は考えているんだけど」
「ハンター?」
「猟師だよ。狩猟免許を取って、狩りをする。光合成をして、自分で狩った獲物を食べて生きていく。山菜摘みやキノコ狩りの知識も身に付けて、できるだけ自給自足をして生きていこうかと思っているんだけど」
私は光司が明確に将来のビジョンを持っていることに驚いた。
「おれはホモルクスだからね。ふつうのホモサピエンスとはちがうライフスタイルで生きていけると思うんだ。ホモルクスは環境にやさしい人類になれる」
「そんなこと考えていたの」
「たくさんのホモルクスがそう考えているよ。だからホモルクスは資本主義の敵だなんて言われるんじゃないか。でもおれは資本主義の敵でいいと思っている。地球環境問題を解決するためには、多くの人が資本主義の敵になった方がいい」
「はぁ。すごいね」
私はそこまで考えてはいなかった。
凪ちゃんにも進路希望を訊いてみた。
「私は日本文学科に行きたいんだ」
「そうかぁ。凪ちゃんは大学で文学を勉強するつもりなんだね」
「前に私の夢のこと、話したでしょう?」
「うん。憶えてる」
「文学を学んで、もっと小説を書くつもり」
凪ちゃんは文章がうまいし、お話を創るのも上手だ。彼女なら小説家になれるかもしれない。
光司も凪ちゃんも進路を決めている。私は焦った。とにかく、高卒で就職するつもりはないので、大学に行こうと思った。私は遅まきながら、受験勉強を始めた。
結局、私は凪ちゃんと同じ大学の同じ学部の同じ学科に入学した。東京の私立大学の日本文学科だ。私に主体性はなかった。ただ、せっかく友達になれた凪ちゃんと離れたくない一心だった。そのためだけに受験勉強をがんばり、なんとか合格した。
光司は二十歳になったら狩猟免許を取ると言っていた。彼はファミリーレストランでアルバイトをして、お金を貯め始めた。登山用品を買って、ときどき山登りをするようになった。狩猟をするためには、山を知る必要があるそうだ。たまにはハイキングに行かないかと誘われることがあったけれど、私はそんな疲れることをする気は起きなかった。
世界ではホモルクス同士の夫婦がホモルクスの子どもを生むことが増えていたが、人工的なホモルクスの出産は減少傾向にあった。一時は新生児の半分以上がホモルクスという時期があったが、今は一割程度にまで下がっていた。
北米の大国の首脳は「ホモルクスは資本主義社会に適合しない傾向がある」という信念を持っていて、頻繁にホモルクスを非難する発言をした。「ホモルクスはもっと働かなければならない。もっと消費しなければならない」とか「ホモルクスが資本主義を阻害するならば、その自由を制限する必要がある」とかいった発言だ。もちろんホモルクスは反発したけれど、力のある財界の幹部たちは首脳を支持した。首脳はかつてホモルクスは「資本主義の敵」と言ったが、「社会の敵」とまで言うようになった。
私はホモルクスが差別されないかビクビクしながら大学に通っていた。幸い、日本の首脳は今のところ北米の首脳ほど極端なことは言わなかった。そのころの日本におけるホモルクスの人口は三百万人程度で、表向きはホモサピエンスと同じ人権を持ち、弾圧されたりはしていなかった。水面下でのいじめは増えていたかもしれないが、私は大学でいじめられることはなかった。
私は凪ちゃんと一緒に幻想文学研究会というサークルに入った。凪ちゃんはファンタジーの作家になりたいと思っているようだった。作家になれなければ、編集者になって作家の手伝いをしたいと言っていた。光司も凪ちゃんも将来のビジョンを持っている。私も自分の将来を真剣に考え、二年生になったら、司書課程を取ろうと思った。本が好きだから、図書館司書になる。単純な考えだが、他になりたい職業を思いつかなかった。光司のようにハンターになるなど論外だし、作家になるような才能はない。私の両親は教師だが、学校の先生になるほど、私は勉強が好きではなかった。
大学二年になると、私は司書課程を取り、図書館情報学などを学び始めた。光司は九月に念願の狩猟免許を取得した。猟銃やナイフやアウトドア用品などの装備や自動車を購入するために、バイトに精を出しているようだ。彼は東京都猟友会にも入会して、猟師見習いのようなことを始めた。
「思った以上に初期投資が必要だよ」
「そうみたいだね。自動車も買うの?」
「山へ行ったり、獲物を持ち帰ったりするのに必要だ。できれば四輪駆動車がほしい」
「ふつうに就職してお金を貯めてから、猟師になってもよかったかもね」
「肉体労働のバイトも始めたよ。建設現場とか交通整理とか。お金なら貯められる。おれは今たぶん、ふつうの新入社員の給料よりもたくさん稼いでいるよ」
「すごいねぇ。肉体労働なんて、私には絶対に無理だよ。がんばってね」
「おう。猟銃を手に入れたら、美森にジビエを食べさせてやるよ」
「いらない。私、お肉は好きじゃないから」
思えば、このころまでがホモルクスにとっての平和な時代だった。過酷な時代が到来しようとしていた。
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