旋風のルスト・2次創作コラボ外伝ストーリー集

美風慶伍@旋風のルスト/新・旋風のルスト

桃丞 優綰さんの場合

ある温泉旅館にて

まずは『桃丞 優綰』様のご応募です。

自キャラではなく、作者である桃丞さんご本人をモデルとしたキャラクターとしてご登場です

さてどういう交流劇になりますでしょうか?

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「こんなに山奥だったなんて」


 その男〝桃丞 優綰〟は呆れるように呟いていた。荷物を全て小さめのザックに詰めて、ネットで下調べしたルートの通りにローカル線を乗り継いで山間の無人駅で降りる。

 そしてそこから4kmほどの道のりを山中へと歩いて行く。とあるネットの掲示板にさりげなく書かれていた〝秘湯の宿〟の情報。具体的な地図の写真が添付されていたのでこれなら行けそうだと気楽に考えていた。

 このご時世だ、旅行に行くのも憚られる。

 でも何かと都会の暮らしは息が詰まる。気分転換でもしたくなるのは当然のことだった。ならば――


「誰にも会わないようなひっそりとした場所を狙ったつもりだったんだが」


 いささかその度合いが過ぎているようだ。


「たった4キロと思ったんだが」


 都会の感覚で4キロと、田舎の感覚で4キロというのは、まるで違う。ましてやそれが山道ならばなおさらだ。

 大ぶりな石を敷き詰めた作った石畳を歩きながら、目的地へと歩みを進める。無人駅に到着したのは昼前だ。お昼を少し過ぎたあたりには到着すると思ったのだが時計を見ると早くも2時をまわった。急がないと日が沈んでしまう。


「まさか道のりの距離が間違って書かれたなんて」


 ありえない話ではない。書いた本人は4キロと思ったのかもしれないが、実際には倍の8キロとか考えられないわけでもない。

 さいわい一本道なので途中で迷うこともない。腹をくくって歩き続けることにした。

 すると、腹をくくったのがよかったのだろうか、それから程なくして木々の間から建物の姿が見えるようになった。

 2階建ての瓦屋根。木の壁がいい感じにすすけている。建物の古さが遠くから見てもよくわかる。そのシルエットはまさに掲示板に貼られていた写真そのものだ。


「あった」


 目的地は確かにあったのだ。


 彼が目指していたその宿は古くからある湯治の宿だった。建物も宿として商いを始めてからほとんど変わっていないという。

 交通の便が悪いためたくさんの客を集められるような場所ではないが、喧騒を離れて静かに過ごしたいと思う人には絶好の隠れ家と言えた。


 道行きを急ぎ宿の玄関へとたどり着く。そして玄関の引き戸を開けて声をかける。


「すいません」


 よく通る声で呼びかければ宿の奥から足音がする。年の頃40くらいの女性の女将さんだ。


「予約していた桃丞です」


 この宿の予約は電話でしか取れない。ネットの類は一切使っていないという。ついでに言うと携帯も圏外なので簡単には連絡が取れない。だがそれがいいと彼は思った。


「どうぞ、お部屋をお取りしております」


 派手さのない質素な建物の中を女将の案内で歩いて行く。


「今日は他の方は?」

「いいえ、お客様だけです。今の時期はあまり人が来ませんので」

「そうなんですか」


 これはあれだシーズンオフというやつだろう。

 この宿は山奥だというのにかなりの広さがある。母屋が一つに離れが複数ある。彼の部屋はその離れに設けられていた。

 瓦葺のこじんまりとした一軒家。渡り廊下で母屋とつながれている。扉を開けて中に入れば明かりはオイルランプで電気の類はない。8畳ほどの広さがありその片隅に外に布団が敷かれていた。

 彼が荷物を部屋の隅に置くと女将は言う。


「お食事は母屋にご用意いたします。温泉はかけ流しなのでいつも入れますのでごゆっくりなさってください」

「はい。ありがとうございます」


 彼はそう答えた時だった。


「あ、そうだ。ひとつだけお願いがあります」

「何でしょうか?」


 女将の語る言葉のニュアンスに疑問を抱きながらもその答えを待つ。


「夜12時から1時までの間、温泉には入らないでください」

「えっ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。それに思う、いつでも入れますと言ったばかりではないか?

 だが彼の疑問に答えるように女将は言った。


「神隠しに会いますので」

「神隠し? ですか?」

「ええ」


 女将は真剣な表情で言った。


「元々この温泉宿は古くから続いていた温泉そのものを御神体とする霊場の上に作られたと言います。そのため夜12時から夜1時までの間、その御神体が不思議な力を発揮すると言います」

「そういう言い伝えなのですか?」

「いいえ」


 女将は顔を左右に振った。


「25年前2名ほど行方不明になっています。12時過ぎにお風呂場に入った痕跡だけを残して戻ってこなかったんです」

「えっ、本当ですか?」


 驚く彼に女将は詫びるように言った。


「あらすいません。驚かせてしまったようですね。でも大丈夫です。12時までにお湯から上がれば良いのですから」

「はぁ――」

「ではごゆっくり」


 戸惑う彼をおいて女将は母屋へと戻っていった。

 まずは軽くお湯を浴びに行く。木戸の向こう入ってるに石造りのトンネルのような構造があり、それを抜けるとかやぶきの屋根がついた岩造りの露天風呂だった。当然の事ながら明かりはいくつかのオイルランプだけであり、夜中ともなればすぐ近くに寄らねば相手の顔すら確かめるのに苦労するだろう。

 だが幸いにして今まだ空に明るさが残っている。帰り道は苦労しないだろう。まずは体を温めて 疲れをとろう。

 いかにも昔ながらの湯治場といった雰囲気の岩風呂でお湯をいただき体の芯まで暖まる。軽く汗をかいてお湯からあがる。その頃には日は沈みかけていて辺りは薄暗がりに包まれていた。


「これは確かに深夜は歩くのにも苦労しそうだな」


 夜には入るまいと彼は思った。

 お湯から上がり浴衣と半纏に着替える。

 部屋へと戻る道すがら女将さんに会う。


「お食事、ご用意できましたよ」


 女将の案内で母屋に向かう。広間がありその片隅に夕食が用意されていた。

 メニューは鹿肉の鍋に、炊き込みご飯。川魚の焼き魚に山菜料理がいくつか並んでいる。事前に頼んでおいた日本酒もある。


「それではごゆっくりどうぞ」


 一人だけでも食事と酒というのも寂しい気もするが、普段は都会の喧騒から離れてのんびりできるという意味ではこれはこれで風情があっていいと思う。

 それに料理は素朴な味付けながらなかなかの美味

 山道を越えて行って来た甲斐はあったと思う。時間をかけてゆっくりと食を終えると酒の勢いもあって眠気が襲ってきた。


「いけね」


 このままここで寝たらさすがに風邪をひく。そう思って彼は食事を終えた挨拶もそこそこに自分の部屋と戻っていった。

 そして布団に崩れ落ちるように寝転ぶと睡魔に沈んでいく。それから目を覚ましたのはすっかり深夜になってからだ。


「えっと……今何時だ?」


 手持ちの時計を見ると11時を回っていた起き抜けの頭で分針までは見ていなかったのかもしれない。

 肌寒さを感じると、もう一度お風呂に入ろうと思った。


 部屋から出て露天風呂へと向かう。

 木戸を開けて脱衣場で服を脱ぎ、石造りの隧道を抜ける。そしてたどり着いた岩風呂の湯船、深夜ということもあり先を見通すのが難しいほどに暗がりの中にあった。

 オイルランプが数個下げられていて、その明かりだけが頼りだ。半ば手探るようにしてお湯に入る。

 そして目が慣れるまでのあいだその場に腰を下ろしてゆっくりとしていた。


 その時だった、彼はその目に信じられないものを見る。


「えっ?」


 息を呑むとはまさにそういうことを言うのだろう。声が詰まり言葉が出てこない。視線は吸い込まれ目が離せない。

 驚きのあまりにただただ沈黙していた。


 彼の目の前に居たのはまさに〝女神〟


 輝くような銀色のプラチナブロンド、

 吸い込まれるような輝きの碧眼、

 透き通るような白い素肌、

 強く抱きしめたら折れてしまいそうな細いシルエット、


 それは明らかに日本人ではなかった、

 かといって彼の知る限りこの地球上で該当するような人種は思いつかなかった。

 それは明らかにこの星の人ではなかった。


「どこから来たんだろう?」


 そう思わず呟いてしまった。そのつぶやきが聞こえていたのだ。


「誰ですか?!」


 凛とした声が響く。

 銀の鈴の音が鳴るような声。雑味は無く、純粋な気高さだけが凝縮されたような美しい声だった。

 彼女は彼のほうに背中を向けて、お湯の中に体を沈めていたが不意にこちらを向いてタオルのような布地で体の前側を抑えていた。

 それまで上半身はお湯の上に出していたのだが、他人の気配を感じてとっさに肩までお湯の中に浸かってしまう。


 こちらを警戒しつつも露骨に敵意を向けるのを意識的に抑えているような節がある。やたらめったらに感情をぶつける。そういうことはしないようだった。

 彼は詫びの言葉を口にした。


「す、すいません。他の人がいるとは知らなかったもので」


 それと同時に彼は彼女のルックスに見覚えがあった。それは現実の世界ではなく〝ネットの小説〟の上だった。

 戦記もののハイファンタジー小説のメインヒロイン、名前は確か――


「あのルストさん……ですか?」


 ありえないことだと知りつつも、それが彼女の正しい名前だと言う直感とも確信とも取れるような感覚があった。

 彼女は戸惑いつつも頷いてくれた。


「はい。ルストです。あの、なぜ私の名前をご存知なのですか?」


 そう問われて彼は困り果ててしまった。

 どう答えればいいのだろう? 私の知る世界ではあなたは架空の人物ですと言えと言うのだろうか? それにそもそもなぜ彼女がここにいるのだ?

 だがその時、彼は思い至る言葉があった。


「神隠し!」

「えっ?」


 彼女が問いかけてくる。彼は言葉を選びながら答え返す。


「いえ、私の世界の方ではこの風呂場は深夜12時から1時までの間、入ってはならないという言われがあるんです」


 その言葉に彼女はこう尋ねてきた。


「なぜですか?」


 この言葉に彼は彼女があの作品のヒロイン〝エルスト・ターナー〟であると確信を抱いた。とにかく理性的で目の前に降りかかった出来事を冷静に判断を下すのが彼女の最大の特徴だからだ。

 何が起きてもうろたえない、それが彼女だったからだ(もっとも例外はあったが)


「その時間の範囲にこの風呂場に入ったものは神隠しに遭い帰ってこれないと言う言い伝えがあるんです」


 その言葉を聞いて彼女の周囲を見回した。驚くでもなく、焦るでもなく、冷静に状況をつぶさに観察している。そして彼女は判断を下すように落ち着いた声で告げた。


「空間が混じり合っていますね」

「えっ? それはどういうことですか?」


 彼が問い返せば落ち着き払ったふうに彼女――ルストは答えてきた。


「私の入ってきた入り口と、あなたの入っていた入口、それぞれ独立して存在しています。それに風呂場のそちら側の景色が明らかに違います。何らかの偶発的な理由により異なる世界の空間が、このお風呂場で繋がってしまったのでしょう」


 まるでSFのような想定外の出来事に驚かざるを得なかったが、彼女は焦るような素振りも見せなかった。そして作中の彼女そのままに冷静な判断を下した。


「おそらく大丈夫です。入ってきた方向を間違えなければ。それと時間切れの際にそれぞれのいた場所を守っていれば良いのです」

「ああ、なるほど」

「そちらの世界で帰って来れなかった人は、おそらくこちら側の世界に足を踏み入れてしまったのでしょう。時間切れの際にこちら側の世界へと足を踏み入れる決心をしてしまった」

「それで帰ってこなかったと――」


 彼の言葉にルストは頷いていた。

 だが、ルストも彼と言葉を交わしていて彼が敵意のない存在であるということを理解したのだろう。警戒を解いて柔和な笑顔で視線を向けてくれてきた。

 お湯の中に首まで浸かっていたのが、肩口まで恐る恐る出してくる。くっきりと浮かんだ鎖骨のラインが目線を引いた。

 ルストの美しい声が響く。


「あなた、お名前は?」


 そう問われて彼は落ち着いて名乗った。


「桃丞 優綰と言います」

「トウジョウさん?」

「はい」

「お仕事は何を?」

「役者です。作家として小説や舞台の脚本も書いています」

「へぇ」


 感心するような声の後に彼女は言った。


「素敵ですね」


 そして彼女はその次に驚くような言葉を告げた。


「そちらは平和な世界なのですね」


 その言葉に彼は疑問の声を投げざるを得なかった。


「それってどういう意味ですか?」


 彼女は少し沈黙していたがゆっくりと言葉を選びながら答えてくれた。


「こちらの世界は〝戦争〟が絶えないのです」


 それで彼女は続ける。


「私の名前を御存知ということはこちら側の世界のこともご存知かもしれませんが、私たちの世界では200年以上にわたって隣の国と抗争を続けているんです」


 彼は彼女が出ている作品の内容を思い出していた。


「トルネデアスと言いましたっけ」

「ええ。物事に対するあらゆる考え方が違いすぎるのでなかなか和解には至りません」


 彼は問う。


「その、ルストさんも戦場に行かれたのですか?」

「ええ、もちろんです。そうは見えないかもしれませんがこれでも〝傭兵〟をしていますから。国境の小競り合いで一仕事して、その帰り道で山あいの湯治場に立ち寄ったところなんです。肩に矢傷を負ったもので」


 思い出した。彼女は物語のヒロインだが、お姫様でも、魔法使いでもない。勇敢なる女性勇者でもない。

 血なまぐさく剣呑な戦闘任務の続く実力主義の傭兵稼業なのだ。彼にはそのことが彼女の物語を読んだ時に強く印象に残っていた。

 彼は思わず問うた。


「あの、お辛くはないですか?」


 その問いに少し困ったような顔で答えた。


「辛くないかと問われれば否定はできません。でも、自らの意思で選んだ仕事です。私は誇りを持って戦場に立っていますから」


 その落ち着き払った声が彼女の内に宿した持って生まれた心の強さのようなものを強く感じたのだ。

 そして彼女が言う。


「さ、それぞれの世界に戻りましょう。あなたはこちらにくるべきではないし、私もそちらに行くわけにはいかない」

「ええ、そうですね」


 彼は意図して笑顔で答えた。そして彼はこう告げた。


「ご武運を」

「ありがとうございます」


 戦場に赴く者に生きて帰れとは言えない。勝ってくれと願うわけにもいかない。ただ戦いの運があるようにと願うしかないのだ。


「それでは失礼しますね」


 そう言葉を残して彼女は湯煙の向こうへと離れていく。その遠くで彼女がお湯から上がるシルエットが見えた。

 そして彼も自らの世界へと戻っていったのだった。

 お湯からあがり着替えようとする。

 あの出来事は幻だったのではないかと思わざるを得なかった。だが――


「ん?」


 彼は自分の体についていたものにふと気づいた。


「これは」


 それは髪の毛だった。銀色に光るプラチナブロンド。当然ながら白髪ではない。

 それが一本だけ彼の肩についていたのだ。それが、あの彼女のものだということは誰の目にも明らかだった。


「ルストさん」


 彼女は確かに実在したのだと確信せざるを得なかった。その髪の毛を持ち帰るとティッシュで丁寧に包んで懐へとしまった。

 それからもう一晩、寝泊りをした。12時過ぎにこっそりと岩風呂に向かったが彼女と会うことは出来なかった。


「帰ろうか」


 彼の心に落ち着きが戻ってくる。妙な焦りともう一度会えるのでは? と言う願望のようなものが霧散していく。

 翌朝、精算を済ませて女将に丁寧に礼を言いながら帰っていく。彼が日々暮らす現実へと――

 彼の脳裏に彼女の言葉がふいに蘇った。


――こちらの世界は〝戦争〟が絶えないのです――

 

 宿からの帰りの道すがら、彼女が無事であるようにと願わずにはいられなかったのだった。

──────────────────────────────────

現実世界の人物との交流劇ということで

ことなる空間がお風呂場にてつながった――と言う形式をとってみました

なかなかにミステリアスな作品に仕上がったと思います


さて、次に登場するのはフェル様の作品

【日帰りRPG ~チート少女の異世界(往復自由)冒険譚~】より

ヒロインの【竜之宮由美】様です

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