第66話 シャルロッテの想い
「ロッテ、どうして……」
「わたくし、欲しいものは自分の力で勝ち取ると決めましたの」
マリエルの言葉に、シャルロッテは短くそう返す。
戦いはヘレナ対全員という形ではなく、自然とヘレナ対シャルロッテ対マリエル&レティシアといった形になった。シャルロッテが一撃で沈めることができたのはアンジェリカ、ケイティの二人だけであり、残りはまだ戦闘能力を残したままである。
そんなシャルロッテの裏切りに対して、腕を組んで不服を示すのはヘレナだ。
「……私は、全員でかかってこいと言ったはずなのだがな」
「ヘレナ様を、失望させるような戦いはしないつもりですの」
「ほう、随分な自信だな、シャ……うん、ごほん。ロッテ」
思わず、シャルロッテと言いそうになって止める。
名前と身分を隠して参戦する意味は、ヘレナにはよく分からない。だけれど、本人がそれを重視しているのならば尊重してやるべきだろう、と思うだけの余裕はあるのだ。
だが、解せない。
何故、シャルロッテはこの集団から離反をしたのだろう。
シャルロッテの徒手格闘能力は、確かに高い。少なくとも、弟子たちの中では随一と言っていいだろう。
だが、ヘレナと一対一で戦う模擬戦において、未だにシャルロッテから土をつけられたことはない。事実シャルロッテは、徒手格闘においては天才と称された実の妹、リリスにも未だ届いていないだろう。
そんな状態で、数の有利を捨ててまでヘレナに挑んでくる、その気持ちが分からないのだ。
「自信なんてありませんの」
「……ほう?」
「実際に、ここに来るまで裏切るかどうか悩みましたの。わたくしは、まだヘレナ様に及びませんもの」
「ならば何故、一人で私に挑もうと思った」
「わたくしが、将軍になりたいからですの」
ヘレナの問いに、端的にそう返すシャルロッテ。
ふむ、とヘレナは眉を寄せる。今まで、シャルロッテからそんな話を聞いたことなどないからだ。
後宮が解体されたら、拳闘士にでもなろうかと言っていた覚えはある。だけれど、本気で将軍を目指しているのはクラリッサくらいのもので、シャルロッテが目指しているという話は全く聞いていない。
だというのに、何故それほどまでに将軍になりたいと思うのか。
「先程、ヘレナ様は仰いましたの。将軍になりたいのならば、せめて私くらいは超えてみせろ、と」
「ああ」
「数の暴力でヘレナ様に勝利したとしても、それはヘレナ様を超えたことになりませんの。この場で、一対一でヘレナ様を打倒してこそ、わたくしは将軍として認められる存在になれると思いましたの」
「……ふむ」
シャルロッテの根底にある、将軍への渇望。
そんな思いがあるなど、全く知らなかった。そして、その目指す先がヘレナと同じであるのならば、手加減する道理はどこにもない。
だけれど、もう一つ聞いておかねばならないことがある。
「では、最後の質問だ。何故、お前は将軍になりたい」
「ヘレナ様には、一度聞かれたことがありますの」
「ほう?」
「わたくしは陛下を……ファルマス・ディール=ルクレツィア・ガングレイヴ皇帝陛下を愛しておりますの」
「……」
それは、いつぞやの
後宮にいる側室として、これ以上ない答えだろう。フランソワが熊親父ことバルトロメイのことを慕っていたり、クラリッサがあのシスコンことリクハルドのことを想っていたりと、そんな二人と比べれば満点の答えだ。ちなみにヘレナからすれば、前者も後者も「何故あれが好きなのだ」と問い詰めたくて仕方ない相手だったりする。
「既に、わたくしが正妃に……皇后になるという道は絶たれましたの。ですが……せめて、お側で、陛下のお力になりたい。それが、わたくしの望みですの」
「……なるほどな」
「ならば、陛下が任命する初めての将軍、そして帝都を守る禁軍の将軍。それは、わたくしにこそ相応しいもの!」
「良かろう。その想い全てを受け止めた上で、屈服させてみせよう!」
ヘレナは木剣を捨て、構える。
徒手格闘は、決して得意というわけではない。だけれど、シャルロッテは己の想いを全て、この戦いにぶつけるつもりだ。
ならば、それを十全に受け止めてこその師。
「……なるほど」
「いや、これは……どうしましょうか」
そして、そんなシャルロッテの言葉を同じく聞いていたのは、マリエルとレティシア。
未だヘレナの視界の中にいる三人だが、その動く瞬間は同時。
既に、そこに連携もなければ仲間としての意識もないはずだ。シャルロッテは既に裏切り、己一人だけでヘレナに挑む覚悟を示したのだから。
マリエルが棒を。
レティシアが双剣を。
構えると共に、一瞬でヘレナの視界から外れる。
「決まっておりますわ!」
「当然、ですね!」
「はぁぁぁっ!!」
一人、ヘレナの視界に留まったシャルロッテが向かってくる。
「ふんっ!」
ヘレナはそんなシャルロッテに向けて、まず拳を突き出す。
少しも手加減していない、ヘレナの本気の一撃だ。一兵卒ならば、拳を打ち抜かれるまで何をされたか分からないだろう。
だが、徒手格闘のときに冴え渡る第六感。それは、シャルロッテにしか持ち得ない唯一のものだ。ゆえにヘレナは、シャルロッテを徒手格闘における天才と称した。
ヘレナの攻撃が見えていようと、見えていまいと、その第六感はシャルロッテの体を自然と動かす――。
「ふっ!」
髪を一房掠めて、ヘレナの拳が空を切る。
だからといって、姿勢が崩れるようなことはない。ヘレナの鍛え上げた体は、攻撃の勢いで崩れるような柔な作りではないのだから。
空を切った拳をそのまま、裏拳として振り抜く。
だけれど、シャルロッテはそんなヘレナの動きすらも読んでいるかのように、体を屈めて回避した。
そんな風にシャルロッテが動く、一瞬前に聞こえてきたのは、客席からの声。
「なるほどな……それがお前の策か」
「おや。ばれましたの」
ひゅんっ、とヘレナは自分の背後に拳を。
しゅんっ、とシャルロッテは自分の右に拳を。
そんな、相手を見ていない二人の拳は。
それぞれヘレナがマリエルを、シャルロッテがレティシアを。
二人そろって、その顎先を打ち貫いた。
「う、あ……」
「がっ……」
ヘレナとシャルロッテが本気の戦いを始めると共に、両方の背後から奇襲を仕掛ける。
それが、マリエルたちの作戦だったのだろう。だけれど、それは一瞬で看破された。
何故なら、シャルロッテが持つのは圧倒的な第六感。ヘレナが持つのは、戦場で磨かれた勘。
敵の襲来など、見えない位置からであろうと察知できるのが当然だ。
「さぁ……ここからが、わたくしたちの本領ですの」
「ああ、確かに脅威だ。だが、確かに良い手段だ。お前たち全員が揃って襲ってくるよりも、随分と強い」
「そのために、少なくない対価を支払う予定ですの」
「なるほどな……いや、驚いた」
ヘレナの裏拳を回避する、その一瞬前に聞こえてきた声。
それは客席からシャルロッテに告げられた、「すぐに下ですよー」という言葉だ。
一回戦において、シャルロッテを翻弄したタニア。
そんなタニアに、未来予知とさえ呼べるほどの正確な指示を出していたのは誰か。
あらゆる情報を網羅し、その動きの一つ一つを、完全に読み切っていたのは。
「まさか、お前とエカテリーナが組むとはな」
ヘレナの動きの情報、全てを網羅して。
シャルロッテに指示を与えた者。
エカテリーナが、客席で小さく舌を出した。
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