第24話 違和感

「では、あたくしが先に行きますわ」


「わたくしは、向こうから回り込みますの。マリー、任せますの」


「ええ。お任せなさいな」


 マリエルの言葉と共に、シャルロッテが別の方向――獣道へと向かう。

 そして、先導してまっすぐ一本杉へ向かうのはマリエルだ。ひとまず現状の作戦として、マリエルが先導してヘレナを引きつけて、それに対してやや後ろに陣取った遠距離攻撃組が狙撃を行う、という予定だ。

 マリエルが出発して暫く経って、クラリッサが次に出発する。そしてマリエルが躱される、もしくは無力化された場合は次にクラリッサが引きつけ役となり、遠距離攻撃を主とするフランソワ、アンジェリカは最後方から狙撃を行う形なのだ。


 だが――本当にそれでいいのだろうか。

 そんな、なんとなく心が翳る。よく分からない、漠然とした不安をフランソワは抱えていた。

 マリエルの言葉に、本当に従って良かったのか――と。


「さぁ、わたくしたちも行くわよ! フラン!」


「は、はいっ!」


 アンジェリカの言葉と共に、フランソワも弓を片手に出発する。

 いつでも撃てるように、矢筒は前に回しておく。襲いかかってくるヘレナのみならず、これから山中を行軍するにあたって、必要なのは食料だ。何か獲物でもいれば、すぐにでも射抜かなければならない。

 だからこそ周囲を警戒しながら、いつでも射撃ができるように準備しておく。


「……」


「……」


 そして、そんなフランソワの隣を歩くアンジェリカも、また無言だ。

 こちらは銀食器シルバーのナイフを片手に、もう片手には石である。左右どちらでも正確に投擲を行うことのできるアンジェリカの腕は、その手数においてはフランソワよりも勝るのだ。

 代わりに、一撃の正確性という意味ではフランソワの方が勝るけれど、それも微々たる違いである。

 どうにかして、手数を増やす方法でもないだろうか――そう、考えるけれど特に出てこない。


 暫くアンジェリカと一緒に歩きながらも、しかし状況は特に変わりない。

 相変わらずヘレナは現れないし、前方のクラリッサにも特に異常はないと思われる。さらにその前にいるマリエルは、勢いよく行軍しているようで姿が小さくしか見えなかった。

 だけれど――やはり、漠然とした不安が拭えない。

 本当にこれでいいのか、と――。


「フラン、どうしたのよ」


「えっ!」


「さっきから、何を考えてるの?」


「い、いえっ……!」


 懸念だ。それは分かっている。

 フランソワはあまり頭が良くないし、マリエルのように実戦に参加したわけではない。作戦を立案することのできる立場ではないのだ。

 だからこそ、与えられた命令に従う。そして、機があれば確実に敵を射抜く弓手となる。それがフランソワの役割だ。

 それが分かっているのに――それでも、不安が止まらないのである。


「ほ、本当に、これでいいのかと……!」


「どういうこと?」


「わ、わたしも、そのっ……! なんとなくしか、思わないのですけど……!」


「うん」


「え、ええとっ……!」


 説明ができない。

 そもそも不安が漠然とし過ぎて、何を説明していいか分からないのだ。

 だけれど――そう、例えるならば。


 根本的に何かを間違っているような――そんな気がして、たまらないのだ。


「な、何でも、ありませんっ! わたし、ちょっと不安で!」


「不安なのは皆一緒よ。わたくしだって怖いもの」


「そうですよね!」


 ふふっ、とアンジェリカが笑う。

 フランソワよりも年下だというのに、なんだかお姉さんのように思えるような感じだ。それだけフランソワが幼いということかもしれないが。

 自分も、こんな風に落ち着かなければ――そう思いながら、前を見る。


 マリエルは順調に進んでいるようで、既に豆粒のようにしか見えない。

 その後ろを追いかけるクラリッサも、必死についていっているように思える。


「でも、わたくし少し納得がいってないのよね」


「えっ!?」


「ああ、別にフランにじゃないわよ。さっきのマリーの作戦ね」


「な、何か、駄目だったんですか!?」


「まぁ、駄目ってわけじゃないんだけど……」


 うぅん、とアンジェリカが僅かに悩んでいる。

 こちらも、何と説明していいか分からない、といった様子だろうか。フランソワと同じく、曖昧な不安だけを抱いているのならば、そこに芽生えている感情は同じなのかもしれない。

 そう。

 ただ気付いていないだけで、危機を感じているような――そんな、違和感なのだ。


「マリーが先導して、囮になるって言ったのよね……」


「え、ええっ! マリエルさんの勇気ある行動です!」


「……本当に、そうなのかしら?」


「へっ!?」


 アンジェリカの、そんな疑問の言葉。それに思わず、フランソワは大声で返してしまう。

 マリエルが先導すると言ったのは間違いなく、現在もこうやって前を歩いている。なるべく目立つように、と木々の音を立てながらだ。フランソワでも分かるくらいに、大袈裟に。

 あれほど派手に動いていれば、ヘレナもあの場所に――。


 だが、そこでフランソワは目を見開く。

 作戦を発表され、マリエルに説明され、それでも拭うことのできなかった違和感。

 その正体が――見えた。


「はっ!」


「どうしたの、フラン?」


「わ、分かりました!」


「は?」


 アンジェリカにそう言うけれど、具体的な言葉は一つも言わない。

 ただ、その代わりに、ひたすら周囲を警戒する。何がどこに現れようとも、決して驚くまいと。

 そう――前提から、間違っていた。


「ヘレナ様を相手に、マリエルさんが囮になる……! そんなこと、できるわけがありませんっ!」


「はぁ? あんた、何言って……」


「ヘレナ様は、こちらの編成を知っているんです! わたしとアンジェリカさんがいることを!」


「いや、だから……え……」


 そこで、ようやくアンジェリカも気付いたらしい。

 それは何度となくやってきた、二人一組での模擬戦。ヘレナを相手に、マリエルやシャルロッテ、クラリッサと組んで二体一で何度となく戦ってきた。当然ながら、一度も勝利したことはない。

 あのとき、ヘレナは――常に、後衛であるフランソワから潰しにかかったのだ。


――覚えておけ、フランソワ。


 ヘレナに言われた、言葉が脳裏を蘇る。

 何度となく接近され、矢を放つ暇もなく失神させられた日々。


――戦場において、後ろに兵がいることは前衛の安心にも繋がる。無傷の敵が後ろに控えていることは、それだけで軍勢の崩壊を招く。だからこそ、後ろをとるということは大切だ。軍の戦いというのは『どちらが後ろをとるか』で大きく決まるものだ。


 そう。

 後ろをとることが何よりも大切――!


「ヘレナ様が最初に狙ってくるのはっ! わたしたちです!」


「その通りだ」


 フランソワがそう言った瞬間に。

 すぱーん、と真後ろから、ヘレナのハリセンがフランソワの頭を打った。

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