第153話 後宮のBBQ 2
暫し、肉を食べながらお互いに喋る。
ある意味懇親の焼肉のようなものだ。こうやって喋りながら食べるというのも悪くはない。そして屋外での焼肉は、貴族のホームパーティなどで行われるものでもあるのだ。傍から見れば貴族のパーティに見えなくもないだろう。
もっとも、侯爵令嬢が肉を焼くことなどないが。
「やっぱりアンジェリカは、もっと射線を考えるべきですわ。投擲した向こうに味方がいる、という状況は避けるべきだと思います」
「そうですね……ですが、ヘレナ様を攻略するのに、正面から全員でかかるというのは……」
「瞬殺される未来しか見えませんの」
「現状だと、フランとアンジェリカ姫が数少ない遠距離攻撃要員ですから……。二人はなるべく別の位置から攻撃した方がいいと思いますね」
「ですけど、前回はマリーが当たりましたし、今日はわたくしに当たりましたの。アンジュの射線を考えないと、あの子は味方を巻き込みますの」
「あたくし達の後ろから攻撃をさせれば、背中に当たるかもしれませんわね……」
「背中に盾をつけるとか?」
「どうしてわたくしがいつも巻き込む前提なのよぉっ!」
もっとも、その会話はどこからどう聞いても令嬢のそれではない。
むしろ、マリエルとクラリッサなど木の枝で地面に絵を書きながら説明をしているのだ。味方の配置などを考えて。
どう見ても軍議とか、そういった類の会話である。
「ほら、焼けたぞ」
「わぁい! はぐはぐはぐはぐ!」
「こらっ! フラン一人で食べないのっ!」
「わたくしにも寄越しますのっ!」
「おいしぃぃぃぃ!」
「はぅ、とろけるぅ……」
そして、肉が焼けるとこうやって肉に集中するのだ。真面目に話をしていたと思えばこうなるので、困ったものだ。
そんな肉を咀嚼しながら、マリエルが不思議そうに首を傾げる。
「あら……お姉様、こちら、先程と同じ肉ですわよね?」
「ああ、牛肉だ」
「先程と少々味が違うように思えますわ。こちらの方が美味しいですけど」
「さすがだな、マリエル」
ちょっとだけ工夫をした肉を、そう言ってもらえることは素直に嬉しい。
下拵えは基本的にアレクシアたちに任せたが、一部はヘレナも行ったのだ。まさに、その肉である。
マリエルが不思議そうに味わいながら、どうやらヘレナの行った隠し味を探ろうとしているようだ。
「僅かな甘みに、ちょっとした辛味……何でしょうか、これは……」
「はぐはぐはぐはぐ!」
「フラン全部食べないでよぉっ!」
「甘味はまろやかで、しつこくないですわ。辛味もちょっとしたアクセントになっているくらいで、それほど……」
「アンジュ! その肉はわたくしのものですの!」
「いいじゃない! 早いもの勝ちよ!」
「あなたたち少し黙ってくださいません!?」
最早金網の上を舞台とした戦争にすら発展している。
ちなみにヘレナは不参加だ。ちゃんと自分で食べる分は取ってあるから。
ふふっ、と微笑みながら、正解を伝えてやる。
「甘味の正体は林檎で、辛味の正体は玉葱だ」
「なるほど! 混合していたのですね!」
「ああ。ちょっとした隠し味のつもりだったが、うまくいってくれたようだ」
「隠し味! さすがはヘレナ様です!」
「意外なものが合ったりするからな。林檎など、本来は肉につけるようなものではあるまい。風味付け程度にしてある」
隠し味は、その正体を誇示しないからこその隠し味なのだ
そんなヘレナの言葉に納得したかのように、もう一切れを口に入れてマリエルが味わう。
隠し味があることに気付いていたのはマリエルだけのようだ。まぁ、肉自体が一級品であるため、隠し味もほとんど必要ないだろうけれど。
「そら、次が焼けたぞ」
「わぁい!」
ひょいひょいっ、とそれぞれの皿へと配ってゆく。当然、自分の分を自分の皿に入れるのも忘れない。
そして、そんな肉を一口齧ったクラリッサが、僅かに首を傾げた。
「わ、これ、不思議な食感ですね」
「口に合わないか?」
「いえ、すごく美味しいです!」
「わたくしも食べたことがありませんの。鶏肉……?」
「はぐはぐはぐはぐ! 美味しいですっ!」
「あたくしも初めて食べる味ですわ……何でしょうか、これ」
不思議そうにはしていたが、それぞれ疑問には思っているものの咀嚼し、飲み込む。
その間に焼ける牛肉をそれぞれの皿に入れて、それから再び同じ肉をセットだ。
「ヘレナ様、先程の肉は鶏ですか?」
「いや、違う」
「鶏肉の割には、食感が良かったですの。かといって牛や豚のように溶けるわけでもありませんの……」
「あたくし色々食べてきましたが……先程の肉は初めて食べましたわ」
「まぁ、いいじゃない! 美味しいんだから!」
「でも、気になりますわ。お姉様、先程の肉は一体……?」
「うむ」
ヘレナは鷹揚に頷き。
そして、全員がちゃんと全部食べたことを確認して。
「蛇の肉だ」
「……」
からん、とアンジェリカの手から、皿が落ちた。
シャルロッテが目を見開き、マリエルががたがたと震え、クラリッサがあんぐりと口を開き、フランソワだけは変わらずもっしゃもっしゃと食べている。
「………………あの、お姉様、今、何と」
「蛇の肉だ。美味しいだろう?」
ヘレナも一口、蛇の肉を口に運ぶ。
やはり美味い。捕まえてから一月ほど経ってはいるが、食感などは変わらぬものだ。
独特の臭みがあるために、香草と共に焼いてある。そのため、食感を楽しめる一品に仕上がってくれた。
「う、うえぇ……」
「へ、蛇……蛇いやですの……!」
「どうした、お前たち」
「どうして蛇を焼いておられるのですかお姉様!?」
「どうしてって、捌いたからだが」
「………………まさかと思いますが、あの蛇、ですか?」
「どの蛇かは分からんが、訓練のときにお前たちに捕まえろと言った蛇だ」
クラリッサが項垂れる。
シャルロッテが天を仰ぐ。
アンジェリカが膝をつく。
マリエルが目を閉じる。
それぞれがそれぞれの絶望を表現しながら、己の胃の中へと既に去っていった蛇の肉に思いを馳せた。
「はぐはぐ! 美味しいですヘレナ様! 蛇の肉って美味しいんですね!」
「ああ。以前も言ったが、いけるだろう」
「はい!」
「………………」
フランソワ以外の手が止まる。
新たに焼けた牛肉を皿に入れるも、それを口に運ぼうとしない。
どうやら、食欲が一気に減衰したらしい。
「さぁ、次が焼けるぞ」
「あの……お姉様、心の整理をする時間をいただきたいのですが……」
「う、ぅ……あの蛇さんを、食べちゃった……」
「うぇ、うぇぇ……」
吐きそうにしているアンジェリカの背中を、何故かフランソワが撫でる。
決して吐くような出来に仕上げたつもりはなかったのだが。
「うぅぅぅぅ! もう自棄ですの! 次のお肉を出しますのぉっ!」
「ろ、ロッテ……?」
「今更蛇を食べてしまったことに変わりはありませんの! それよりもわたくしは肉を食べますのぉっ!」
「そ、そうですね! シャルロッテさんの言う通りです!」
「ちょ、ちょっと!? あたくしも食べますわ!」
どうやら、何か覚悟を決めたようだ。
シャルロッテを筆頭としてクラリッサ、マリエルが食欲を取り戻し、皿に入れた牛肉を貪る。
まぁ、もういらない、と言われなくて良かった。まだもう少し、蛇の肉は残っているのだ。あと一人頭二切れずつくらいは。
「ああっ! 美味しいですのーっ!」
「美味しいっ! 美味しいっ!」
「わ、わたくしだってぇ! 食べるわよぉっ!」
「はぐはぐはぐはぐ!」
「美味しいですわ!」
もっしゃもっしゃと頬張る五人。
割と大きな金網なのだが、さすがにこれだけの人数がいるとなかなか数が回らないものだ。
「おやー。おいしそーな匂いがしますー」
と、そこで奇妙な影が、中庭の入口からふらふらとやってきた。
「やっぱり牛肉ですの! 牛肉が美味しいですの!」
「まぁ、ロッテには買えないくらいの高いお肉ですからね!」
「今食べとかないと! もう食べられないっ!」
「おいしぃぃぃぃっ!」
「はぐはぐはぐはぐ!」
「おいしいですー。焼肉が食べられるとは思いませんでしたー」
なんかいる。
クラリッサとフランソワの間で、何故か肉を頬張っている見たことのない令嬢。何故ここにいるのだろう。
フランソワよりはやや高いが、クラリッサには及ばない程度の背丈。後ろに流した金色の髪と、空色の瞳が印象的な少女だ。
恐らく年齢は十五歳くらいだろうか。
やや間延びした口調は落ち着きを感じさせるものであるが、全く見覚えのない少女である。
何故いるのだろう。
「……あー。君は誰だ?」
「あ、これははじめましてー。『陽天姫』さまー」
「なんかいる!?」
「お散歩をしておりましたらー、美味しそうな匂いがしたのでー。やってきた次第でしてー」
にこにこと微笑む姿は、まさに深窓の令嬢といったところだろうか。
嬉しそうに肉を頬張っている。食べていいとは一言も言っていないはずなのだが。
まぁ、一人くらいなら増えてもいいだろう。
「ええとー。わたしはー、九人の号で『雅人』をいただいておりましてー」
「ほう」
九人の一人ということは、それなりに高位の貴族家出身なのだろうか。
何故ここにいるのかはさっぱり分からないが。
「エカテリーナと申しますー」
「……」
思わぬ自己紹介に。
思わずヘレナは、今金網の上で焼かれている肉と見比べてしまった。
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