特別編 百歳の誕生日

 本日、私のひいおじいちゃんが百歳の誕生日を迎える。

 よくは知らないんだけど、ひいおじいちゃんはとっても偉い人で、誕生日のお祝いをするだけでもかなりの人を集めてしまうらしい。

 らしい、というのには理由があって、私はひいおじいちゃんの誕生日でそこまで大きなパーティーを開いたところを一度も見たことがないのだ。なんか仕事関係の人とか来たりしてお祝いの言葉とかあるみたいだけど、誕生日会にまで参加しようとはしなかった。

 まあ結局親戚が集まったりしてそこそこ大きな誕生日会にはなるんだけどね。


「エリ、準備はできたの?」

「もうとっくにできてるよー」


 母親に呼ばれて私は声の方へと向かう。自室の姿見でチェックした私は通っている高校の制服を身に着けていた。

 誕生日会に制服というのは違う気がするのだけど、ひいおじいちゃんの母校である高校の制服姿を見せると喜んでくれるのでサービスだ。私ってば優しいね。

 私はひいおじいちゃんの奥さん、つまりひいおばあちゃんの若い頃に似ているらしい。

 らしい、と言っているのは私はひいおばあちゃんの顔を知らないからだったりする。今度写真を見せてもらおうって毎回思っているのに、私を構ってくれるひいおじいちゃんがこれでもかと笑顔になるもんだから忘れてしまうのだ。まったく、私に夢中なんだから。

 ひいおばあちゃんは私が物心つく前に亡くなってしまったのだ。ただ、ひいおじいちゃんは「ちゃんと看取れて良かった」と言っていたのでそこんとこは良かったんじゃないかって思っている。記憶はないけれど、赤ちゃんだった私をひいおばあちゃんは抱いてくれたらしいし。

 私がひいおばあちゃんに似ていることもあってか、ひいおじいちゃんは私を大層かわいがってくれるのだ。そうじゃなくても私ってば美少女だから仕方がないね。


「ほら、表情を引き締めなさい。せっかくのかわいい顔が残念なことになっているわよ」

「えっ、嘘!?」


 私は自分の顔に触れて確かめる。スベスベとした良い感触が返ってくるだけだった。

 そんな私を見た母親がため息をつく。父親は苦笑いを浮かべるだけだ。


「用意ができたなら車に乗って。出発するぞ」

「はーい」


 父親の運転で、私達家族はひいおじいちゃんの家へと向かった。


「相変わらず大きい家だなー」


 到着した家はなかなかの大きさだ。毎度のことながら私もここで暮らしたいなーって思わせるほど立派な家だ。

 ひいおじいちゃんは子宝に恵まれてたくさん子供がいたからこそ、こんなに大きな家を建てたのだとか。でも、子供たちは独立するために家を出て、ひいおばあちゃんも亡くなって、今はどんな気持ちでこんなに広い家に住んでいるのだろうと考えてしまう。


「……」


 よし! せっかくこの私が来てあげたんだからいっぱい構ってあげよう。私がいる時くらい寂しいだなんて思わせてあげないんだから!

 気合を入れて腕まくりをしていると、駐車場で同い年くらいの男の子と目が合った。ちょうど同じタイミングで到着したようだ。


「……何してんの?」


 腕まくりをしている私を目にした男の子が首をかしげて見つめてくる。私は興奮のまま彼に近づいた。


「ヒロちゃん? わあ、久しぶり! 大きくなったね」

「なんか親戚のおばちゃんみたいな反応だな」

「誰がおばちゃんか! 訂正を要求する!」


 私に失礼なことを言うのはヒロちゃんだった。彼は私と同じ歳の再従兄(はとこ)だ。

 やいのやいのとやり取りをする。こんなに気軽におしゃべりできるのも大勢の親戚の中でも唯一ヒロちゃんが私と歳が同じだからだろう。


「でなきゃヒロちゃんみたいな普通男子がこの私と気軽におしゃべりなんてできないよね」

「おい、声に出してんぞ」

「あ」

「あ、じゃねえだろ」


 まあまあ怒りなさんな。かわいい私に本気で怒ったりなんかできないくせに。

 ヒロちゃんは諦めたように息を吐いて脱力した。


「まったく、エリは変わらないな」

「変わらない美少女って言いたいの?」

「違う。……美少女は認めるけど」

「あはっ、今なんて言ったの? 私聞こえなかったなー。もう一回言ってよ」

「うるせー。嫌な奴だな」


 ヒロちゃんの腕を突っつきながら家の中を進む。廊下も広いからこんなことしてても邪魔になんかならないもんね。

 私よりも幾分か高い身長のヒロちゃんを見上げる。普通レベルの顔だけれど、見つめているとなんだか落ち着くような顔だ。

 ヒロちゃんの外見はひいおじいちゃんによく似ているらしかった。こんなに普通の顔なのに、ひいおじいちゃんは私のような美人のお嫁さんをもらったと思ったらよくやったなと誉めてあげたくなったものだ。


「ヒロちゃんにも甲斐性があればねー」

「いきなりなんだよ」

「ひいおじいちゃんみたいになればヒロちゃんにだってとっても美人な奥さんができるかもよ?」

「わかってるよ。俺だって俊成さんにいろいろ教わったりしてんだから」

「ほう?」


 ヒロちゃんはひいおじいちゃんを「俊成さん」と呼んで慕っていた。外見が似ているだけじゃなくて、生き方そのものを尊敬しているって言ってたかな。

 ひいおじいちゃんも自分の若い頃の姿に似ているヒロちゃんを気にかけているようだった。だからこそお節介をかけたくもなるのだろう。


「俺だって好きな人に気持ちを伝えられる立派な男になるんだ……」

「ヒロちゃん? 何か言った?」

「……なんでもない」


 変なヒロちゃん。いきなり私と目を合わせようとしなくなるし。たまにこんなのだったかな。


「そんなことよりも早くひいおじいちゃんに会いに行こうよ。私ここに来るのも久しぶりなんだよね」

「……そうか」


 ん? これまた反応の悪いヒロちゃんだなー。女の子の前でそんな態度だとモテないぞ。

 私とヒロちゃんは並んでひいおじいちゃんがいるであろう部屋へと入る。

 誕生日会というのもあり、広い部屋に飾りつけがされていた。飾りつけは子供のお誕生日会とはレベルが違っており、センスの良さが際立つように綺麗だった。

 実はこういうところにもけっこうお金を使っているよね。それでも抑えているのだからひいおじいちゃんはどこまで稼いだのやら。

 私が部屋の飾りつけ一つ一つに唸っていると、しわがれた声が聞こえた。

 それはひいおじいちゃんの声だった。でも、私には聞き慣れない名前を呼んでいた。


「エリ。こっちに来て」

「え、でも……」

「いいから」


 いつもとは違う母親の真剣な表情に私は二の句が継げなかった。

 いつもとは違う雰囲気をかもし出しているのは母だけじゃない。親戚のおじさんやおばさん、ヒロちゃんまでもが滅多に見られないような真剣な表情をしていた。


「やあ、久しぶりだね」


 そう言ってひいおじいちゃんは優しい笑顔を私に向けてくれた。

 そして、続けて呼ばれた名前に私は目を見開いてしまう。

 なぜならその名前は私のものではなく、亡くなったひいおばあちゃんのものだったからだ。

 もしかして、もう私のことがわかっていないのだろうか?

 少し前までは元気だったのに……。歳を感じさせないほどに活動的で、ずっとこのままなんじゃないかって思っていたほどだ。

 それが今では私を見ているようで見ていないような目をしている。椅子に座ったまま立とうともしないし、足だって弱ってしまったのかもしれない。

 そんな姿を見ていると、なんだか胸がぎゅうっと掴まれたみたいに痛くなった。

 頭の片隅ではひいおじいちゃんはいつまでも元気でいるのだと思っていたのかもしれない。そんなこと、あるはずがないのに……。

 どんなにすごい人だって最後には寿命がくる。頭ではわかっていたつもりだったのに、実際に弱っている姿を視界に入れるまではまったく現実味のある情報として処理していなかった。


「エリ……」


 母親が耳元で呟くような声で教えてくれたのは、ひいおじいちゃんがもう長くないだろうとお医者さんに宣告されたということだった。

 私が小さい頃に会った時と何も変わらない。ひいおじいちゃんの優しい顔はなんにも変わっていなかった。

 でも、私が知らなかっただけで変化はあったのだ。

 たぶん、これが最後の誕生日会となるのだろう。そう確信めいたものが心にすとんと落ちた。

 その瞬間、私の中で何かが入り込んだような感覚がした。意識もせずに私は口を開いていた。


「俊成さん、お誕生日おめでとうございます」


 ヒロちゃんみたいな呼び方。けれど自分でも不思議になるくらいにそのニュアンスは違っていたと思う。

 思う、だなんて他人事のようだけれど、私だって信じられないくらい勝手に口が動くのだ。

 だけど、ひいおばあちゃんに似ている私にしかできないと思ったから。だからこそ、私は俊成さんにひいおばあちゃんが伝えたかったであろう言葉を紡ぐ。


「最後まで幸せにしてくれてありがとう。俊成さんも幸せでいてください。それが私の幸せですから」


 ひいおじいちゃん……いや、俊成さんが目を見開く。私の言葉を聞いて、みるみるとしわだらけの顔に生気が宿る。

 俊成さんがどんな夫婦関係を築いてきたかは知らない。でも、きっと幸せだったのだろうと思う。だってこんなにも嬉しそうに笑っているのだから。

 それにそう……、俊成さんが美人な奥さんをもらってくれたからこそ私のような美少女が生まれたわけで。私とうり二つというくらいだからかなり濃い遺伝が出たのだろう。

 だからその……、これはちょっとした孝行みたいなものだ。


「ありがとう……。その気遣いが嬉しいよ」


 俊成さんに頭を撫でられる。

 弱々しいけれど、とても優しい手つきだ。指は細くなってしまったのだろうけど、大きな掌が安心させてくれた。

 とっても嬉しそうな顔。こんな幸福感が滲み出るような顔にさせるだなんて一体どんな奥さんだったのやら。


 誕生日会は盛り上がった。俊成さんも喜んでくれたのがわかって心が温かくなった。

 せっかく結婚するんだったら、自分の旦那になるであろう人にあんな幸せそうな顔をさせたいな。私はちょっとだけ俊成さんのお嫁さんがどんな人だったのかと気になったのであった。


「次に来た時こそ写真を見せてもらおう」


 それまでは生きていてほしい。私の大好きなひいおじいちゃんの口から、ひいおばあちゃんのことをたくさん教えてほしいから。


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