47.正月は初詣に行ったり凧揚げをしたりするよね
「トシくん明けましておめでとうございます! えへへ」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね俊成」
「葵ちゃん、瞳子ちゃん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
葵ちゃんと瞳子ちゃんに新年のあいさつをする。そう、正月を迎えたのである。新しい年になって初めて彼女達に会ったのだ。ビシッとあいさつを決めた。
正月といえば初詣。初詣は毎年高木家と宮坂家と木之下家が集まっていっしょに行っている。なんかいつものことだな。
それぞれの車に乗って少し遠くの神社に行くのだ。大きな神社なので人が大勢来ていた。
「みんなー。はぐれないように気をつけるんだぞ」
一番背の高い葵ちゃんのお父さんがそう注意を促す。それを聞いた葵ちゃんと瞳子ちゃんが俺の手を握った。
「迷子にならないように手を繋ごうね」
「はぐれたら大変よ。あたしから離れないようにね」
俺の両側から葵ちゃんと瞳子ちゃんがそんなことを言ってくる。その愛らしさに応えるように手をぎゅっと握り返した。
屋台なんかも出ていて神社は大賑わいだ。葵ちゃんが足を止めようとするのでその度に手を引っ張った。
「それにしても寒いわね」
「そりゃ冬だからね」
瞳子ちゃんが身を寄せてくる。厚着をしているはずなのに彼女の体温を感じられる気がした。
「トシくん、私も寒いー」
「わっ!?」
瞳子ちゃんを見て対抗心を燃やしてしまったのか。葵ちゃんが俺に抱きついてきた。腕に抱きつくとかじゃなくて身体ごと密着してくる。頬と頬がくっついて暖かくなった。
「ちょっと葵! こんなところで迷惑でしょ!」
「トシくん……私って迷惑?」
「い、いや! そんなことないよ!」
「俊成も葵を甘やかさないの!」
結局ヒートアップしてしまい、葵ちゃんと瞳子ちゃんのケンカが始まってしまった。瞳子ちゃんの銀髪が目立つこともあってすぐに周囲から注目の的になってしまう。
「ふ、二人とも落ち着こうか。ね?」
「俊成はどっちの味方なのよ!」
「トシくんは私の味方だもんっ」
「う~! 俊成はあたしの味方になってくれるもんっ」
ダメだ止められない。間に挟まれているのに女の子の争いを止められない無力な俺がいた。ああ、こんなところを神様に見られていると思うと情けない。
「葵! いい加減にしないと俊成くんから離すわよ!」
「瞳子ー? トシナリとじゃなくてパパと手を繋ぎたいみたいデスネ?」
母親相手には娘は逆らえないようだ。二人揃って「ごめんなさい!」とあっさり謝った。瞳子ちゃんのお父さんが寂しそうな顔をしたのは気づかないことにしてあげた。
「はい俊成。これお賽銭の分な」
父さんが五円玉をくれた。安っ、とか思ってしまったけどお賽銭なんてそんなもんでいいか。もらっておいて文句は言うまい。
しかしもらったのはいいものの、お賽銭箱までは行列ができていた。しびれを切らしてか遠くから投げ込んでいる人もいるようだ。葵ちゃんのお父さんが頭にぶつけられていた。
「トシくんは何をお願いするの?」
「え? うーん、今年も葵ちゃんと瞳子ちゃんといっしょにいられますように、かな」
「そ、そっか……」
「そ、そう……」
葵ちゃんと瞳子ちゃんがそっぽを向いてしまった。耳が赤いのは寒さからだけじゃないだろう。咄嗟に聞かれたもんだから正直に答えちゃったな。
「葵ちゃんと瞳子ちゃんは? お願い事はもう決めてるの?」
尋ね返してみると二人は俺じゃなくて互いの顔を見合った。それから「ふふっ」と笑ってから答えてくれた。
「秘密」
葵ちゃんと瞳子ちゃんの声が重なる。女の子に秘密と言われてしまえばそれを暴くわけにはいかないだろう。
時間がかかったもののお賽銭箱の前に辿り着くことができた。行列は現在進行形で続いているのであまり時間をかけるわけにもいかない。
手早く五円玉をお賽銭箱に放り入れる。パンパンと手を叩いて願い事を心の中で呟いた。
(今年も葵ちゃんと瞳子ちゃんと仲良く過ごせますように……)
二人とはいつまでいっしょにいられるのだろう。いつまで仲良くできるのだろうか。きっとずっとこのまま同じなんてことはない。それがわかっているからこそ、今はまだこのままでいたかった。
横目で確認すると葵ちゃんと瞳子ちゃんはまだ目をつむって手を合わせていた。どちらも真剣な面持ちである。一生懸命さが伝わってきてそのかわいさから顔がにやけてしまう。
どんなことを真剣にお願いしているのだろうか? ちょっと気になったけど秘密と言われてしまった以上は詮索できない。二人が目を開けるまで静かに待った。
その後は甘酒を飲んで温まってからおみくじをした。
「やった! 見て見て大吉だよ」
「あたしも大吉よ。今年もいいことがありそうね」
おみくじの結果に二人はほくほく顔である。神様は葵ちゃんと瞳子ちゃんの両方に微笑んでいるようだ。
「トシくんはどうだった?」
「ねえねえ見せなさいよ」
俺のおみくじの結果なんてどうだっていいだろう。それよりも世界には大切なことがたくさんあるはずだ。だからほら、俺といっしょに未来を語り合おうじゃないか。だから、だから俺のおみくじを取らないでってば!
「あー……」
俺のおみくじの結果を見た葵ちゃんと瞳子ちゃんが微妙な顔をする。そして悲しげに俺を見た。やめて! そういう反応が一番傷つくからっ!
「トシくん。私の大吉受け取って。私の幸せ分けてあげる!」
「あたしのもあげる。これで俊成は大丈夫よね? 不幸になんてならないわよね?」
二人の優しさが身に染みます。良い子過ぎるだろ。
え? 俺のおみくじの結果? 凶という一文字がありましたが何か? 大吉を二枚も持っている俺に死角はないね。不幸どころかこんなにも幸せな気持ちになったよ。
自分のおみくじは枝にくくり、二人からもらった大吉のおみくじは大事に持って帰らせてもらうことにした。これは俺の宝物になりそうだ。
※ ※ ※
冬休みの宿題に凧揚げの凧を作るというものがあった。俺と葵ちゃんと瞳子ちゃんはそれぞれ凧を作って公園に集合していた。
凧揚げなんてかなり久しぶりだ。それこそ前世でも小学生の時にやっただけだった。
「これお父さんが作っちゃったの」
葵ちゃんが見せてくれた凧はかなり凝った作りをしていた。デザインなんか小学生レベルじゃない。お父さんが気合を入れ過ぎて全部やっちゃったんだろうな。
「あたしはちゃんと一人で作ったんだから」
胸を張る瞳子ちゃんの凧の絵はトンボだった。その絵はどうなのだろうとは思ったけど瞳子ちゃんの絵が上手いから問題がないと判断。むしろかっこ良さすら感じる。
「俺も自信作だ」
バーン! と脳内で効果音をつけながら作った凧を見せた。俺の絵をみて微妙な顔をする二人だった。そこはスルーしてほしかった。
「これは何をつけてるの?」
瞳子ちゃんの疑問は俺の凧につけられている尻尾のことだ。そういえば葵ちゃんと瞳子ちゃんのにはついてなかったな。
「ただのビニールなんだけどね。こうやって凧に尻尾がある方が安定して飛ばせるんだよ」
「へー」と二人の感心した声が重なった。瞳子ちゃんはちゃんと感心したような声色だったけど、葵ちゃんはよくわかっていないようだった。付き合いが長いとニュアンスだけで違いがわかっちゃうな。
何はともあれ実際に上げた方が楽しいだろう。電線がないのを確認して凧を上げてみた。
風を浴びて手にしている糸が動くのでコントロールする。空を飛んでいる凧を見て葵ちゃんと瞳子ちゃんが「おぉー!」と声を上げた。その反応が心地よいね。
「あたしもやるわ!」
目を輝かせながら瞳子ちゃんが言った。凧を上げるのは問題なくできていたが、風を浴びる度に彼女の凧がくるくると回ってしまっていた。
「あれ? あれれー?」
実際にやってみると難しいようだ。まあ凧自体を改良すればちゃんと飛んでくれるだろう。
「な、なんでー? トシくーん、瞳子ちゃーん。私の飛んでくれないよー」
葵ちゃんは一生懸命走っているのはわかるのだが、せっかくの凧が上がらないどころか地面を引きずってしまっていた。
「葵ちゃん落ち着こうか。大丈夫、コツさえ掴めば難しくないからね」
「本当?」
「本当だよ。じゃあいっしょにやってみようか」
風を読む……なんて大層なことができなくても凧揚げはできる。こういうのは子供の遊びなんだからみんなが楽しめるものなのだ。
昔々には空を飛ぼうとしてでっかい凧を作ったなんて話があるんだから、けっこう夢のある遊びなのかもね。葵ちゃんの凧が空に上がったのを眺めながらそんなことを想ってみる。
「すごいすごい! ちゃんと飛んだよ!」
葵ちゃんが笑顔になった。お父さんが作ったというのもあってか安定した飛びっぷりだった。
「う~、あたしの凧どうにかならないの」
相変わらずくるくる回ってしまう凧に苦戦している瞳子ちゃんだった。凧に詳しいというほどでもないけど、少し改良を加えるだけでもなんとかなりそうに見えた。
「よかったら安定して飛ばせるように手を加えようか?」
「本当? 俊成できるの?」
「まあ任せてよ」
そんなわけで一度俺の家に集まって凧の改造が始まった。瞳子ちゃんのをやってると葵ちゃんが「私のもやって」と言うものだから結局二つとも手を加えることになってしまった。とはいえ葵ちゃんのはしっかりとお父さんが作ってくれていたので尻尾だけつけただけなのだが。
「わぁっ! 飛んだ! 見て俊成、ちゃんとあたしの凧が飛んでるわよ!」
瞳子ちゃんがリトライすると、今度はくるくる回ることなく安定して凧が空を飛んでくれた。ものすごく喜んでくれていてこっちも嬉しくなってくる。
凧揚げといえば正月と言えるほどには定番の遊びだったのにな。他にはカルタとか羽根つきとかね。もちろんそれらも葵ちゃんと瞳子ちゃんといっしょにやる予定だ。
前世では大人になるともう凧揚げをしている子供すら見なくなったからなぁ。今楽しめることは全力で楽しんでやるのだ。そうやって楽しい思い出が一つずつ増えてくれればいいと思う。伝統の遊びってのはそのための協力をちゃんとしてくれるのだから。
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