38.はじめてのおつかい

 今回の調理実習はグループのメンバーで話し合って献立を決めることになっている。

 つまり自由である。だが自由と言われるとかえって何をすればいいのかわからなくなってしまうものだ。

 小四だと女の子でも母親のお手伝いをしている子としていない子で分かれるだろう。その中で献立を考えるのはグループによっては難しい。

 そんなわけで献立選びは親に相談するところから始まる。それぞれ相談した内容の中から話し合いで何を作るかを決める。それを先生に提出してOKをもらえば献立が決まったこととなる。

 それからさらにその料理に必要な食材を自分達で買ってこなければならなかった。米や調味料は学校で用意してくれるとのことだが、子供にはそれでも大変なのかもしれなかった。

 親の苦労を体感する。自立力を鍛える。まあいろいろな要素があるのだろう。調理実習とか面倒だと思っていたけれど、社会人になると国語や算数よりも大切だったんじゃないかって思えてくる。生活力がないとまず生きていけないからな。



  ※ ※ ※



「高木、待った?」

「いいや、今来たところだよ」


 言っててデートの待ち合わせでの定番なやり取りではないかと思ってしまった。赤城さんはそんなつもりないだろうし、そもそもこれはデートではない。


「……高木、見つめ過ぎ」

「あ、ごめん」


 何気に赤城さんの私服を見るのは初めてだ。学校での彼女しか知らないものだから制服とか体操服くらいしか想像できていなかったことに気づかされる。

 赤城さんはパーカーにショートパンツという装いだった。そこに野球帽を被っているものだからぱっと見では男の子に間違えそうだ。まあ髪の長さが肩にかかるくらいはあるのでそうでもないのかな? 惜しげもなくさらされている素足なんかも綺麗だし、やっぱり男の子に間違えそうだなんて失礼か。


「じゃあ高木、行こうか」

「そうだな」

「ちょっと。何二人だけで話を進めているのよ!」


 声に振り向けば瞳子ちゃんがご立腹という態度で仁王立ちしていた。腕を組んでいる姿は様になっている。

 もちろん瞳子ちゃんも本日は私服である。黒のキャミソールの上に薄手のカーディガン。ふんわりとしたフレアスカートを合わせてちょっぴりの大人っぽさとかわいらしさが表現されていた。

 瞳子ちゃんの私服は見慣れているとはいえいつもながら似合っている。今回も高得点間違いなしである。


「そうだよ。私達もいるんだからねっ。ちゃんとわかってるよねトシくん?」

「も、もちろんわかってますです、はい」


 葵ちゃんがニコニコと威圧感を放ってくる。なんだその能力は!?

 ここまでくれば当たり前のように葵ちゃんだって私服である。彼女は可憐さを強調するような花柄のワンピースだ。ひらひらのレースがついていて清純な見た目の葵ちゃんにはぴったりである。

 日曜日の昼間。俺は女の子三人をつれて調理実習のためのおつかいにきていた。

 献立を決めたらその食材を揃えるためにおつかいをしなければならない。親に協力を要請してはいけないのだが、子供同士でいっしょに行ってはならないとは言われていない。そこに気づくとはさすが赤城さん。抜け目がない。

 そんなわけで俺達四人で買い物する予定を立てたのだった。ちなみに佐藤と本郷はそれぞれでおつかいを済ませるとのことだ。この二人とは家がちょっと離れていることもあって仕方のない部分でもある。

 子供の足で歩きで行ける範囲だからな。おのずと行く場所も限られる。俺達は赤城さんの案内で一つのスーパーへと向かった。


「ここ、あたしがよく行くスーパーだから」


 そんな赤城さん情報を聞いて店内へと入る。赤城さんは慣れた調子でカートに籠を乗せる。


「おつかいの証明のためにレシートがいるから。それぞれレジは別々で通そう」


 言いながら俺はカートに籠を乗せて葵ちゃんと瞳子ちゃんに渡していく。二人揃って「ありがとう」とお礼を言ってくれた。

 さて、買い物だ。こういうのは母さんに任せきりなものだからちょっと久しぶりの感覚だ。

 買う物はグループの六人それぞれで分担している。一人一人違うからといって負担額で不公平にならないように後でレシートの合計額で合わせるようにする。まあそんなに高い物を買うわけでもないので細かいことと言えばそうなのだが。

 相談の結果、今回の調理実習で作る料理は味噌汁と肉じゃが、あとは卵焼きといったものとなった。米は自分達で炊かなければならないが、これをわざわざ料理という必要もないだろう。

 最初の調理実習ということもあり無難なメニューとなった。簡単なものでもまずは成功体験を得ることが大切だ。そこからいろいろな料理にチャレンジしていけるだろうしね。

 米や調味料は学校が用意してくれている。卵も割れやすいためかそれも学校任せだ。そう考えると買う物自体はそんなに多くはない。

 これはおつかいだからな。何を買うかではなく、独りで買い物をすることに意味があるのだろう。俺達は四人で来てるんだけども。


「野菜はこっち」


 赤城さんの先導で店内を歩く。子供だけの集団だからか生温かい視線を感じる。

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎに長ネギ。豚肉や豆腐なんかは佐藤と本郷に任せている。六人で分けるとあんまり買う物がないな。出汁の素でさえも学校がなんとかしてくれる。さすがに出汁を取ったりはしたことがなかったので助かる。

 それぞれ担当の物を人数分籠に入れた。真っすぐレジへと向かう。


「あら美穂ちゃん。今日はお友達といっしょにお買い物に来たのね」

「うん」


 赤城さんはレジ係のおばちゃんに話しかけられていた。顔見知りになるくらいにはこのスーパーに通っているようだ。


「あなた達、美穂ちゃんと仲良くしてあげてね」

「あ、はい。もちろんです」


 このおばちゃんは赤城さんのお母さんか何かなのだろうか。もちろん違うだろうが言い方がね。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんはレジでお金を払う時にわたわたしてしまっていた。慣れてなさが出ている。小四ならある程度は仕方がないのかな。自分のはじめてのおつかいっていつだったかちゃんとは憶えてない。俺も前世の小さい頃はこんな感じだったのかもしれない。


「ちゃんとレシートはもらった? レシートは取っといておつかいノートに貼るんだよ」

「うん。わかってるよー」

「俊成ったら心配し過ぎなんだから」


 おっと、あまり口酸っぱく言うのは逆効果だろう。しっかり者の彼女達を信じよう。

 今回のおつかいはノートに記録して提出しなければならない。レシートがないと減点されちゃうからね。いつもの癖で捨ててしまいかねなかったので何度も注意していたのだ。結局は俺が忘れないためだな。

 商品をレジ袋に入れて店を出た。それほど重たい物もないので持って帰るのに問題はなさそうだ。

 これでおつかいは終わりだ。こんなにすんなりできるのならなんで赤城さんは俺を誘ったのだろうか。さっきの感じだと買い物自体には何の不安もないように見えた。というか明らかにこのスーパーの常連である。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんくらいに慌ててしまっていたのなら不安で誘ったのだろうと予想できるのだが。赤城さんはそういうタイプではない。そうなるとわざわざ俺を誘う理由があったのかと疑問に思ってしまう。


「ねえ赤城さん。今日はなんでわざわざ俺達を誘ったの?」


 考えてもわからないので本人に尋ねることにした。

 赤城さんはすまし顔のまま口を開く。


「共同作業だから」

「はい?」

「調理実習はみんなで作るから。だから買い物もいっしょにしたかっただけ。……それだけ」

「そっか」


 料理をいっしょに作るのがイコールでいっしょに買い物というのはよくわからなかったけど、赤城さんが満足しているようだからそれでいいことにした。どっちにしても葵ちゃんと瞳子ちゃんの買い物には付き合わないといけなかったろうし、手間を考えても何も変わっていなかっただろう。

 スーパーから一番近いこともあり、赤城さんの家に寄った。

 赤城さんの家は平屋の一軒家だった。木造で小さな家だ。


「荷物置いたらみんなで遊ぼうよ」

「わかった」


 というやり取りの後、赤城さんは買った食材を冷蔵庫に入れに行った。俺達は外で待たせてもらうことにした。


「赤城さんの家には二階がないのね」


 瞳子ちゃんが家を眺めながら呟く。一軒家で平屋というのがかえって珍しく感じてしまったのだろう。俺達三人の家は全部二階建だもんね。


「屋根に登れそうで楽しそうだね」


 葵ちゃんのポジティブ発言。でも君が一人で登ろうとすると落っこちる未来しか見えないよ。俺の目の届かないところでそんな危ないことしないでね。


「お待たせ」


 玄関のドアが開いて赤城さんともう一人。六十代くらいの女性がいっしょにいた。


「こんにちは、美穂のお友達ね。いつも美穂と仲良くしてくれてありがとうね」


 柔和な雰囲気の人だ。笑顔でしわがくっきりしてさらに優しげに映る。


「あたしのおばあちゃん。みんなにあいさつしたいんだって」


 淡々と言う赤城さん。彼女のおばあちゃんに会うのは初めてだった。

 赤城さんの口から唯一上がる「おばあちゃん」という家族の名称。両親の名前が出ないところから少しは察しているつもりだった。


「初めましてですよね。高木俊成です。こちらこそ赤城さんには仲良くしてもらってます」

「え、えっと……、私は宮坂葵です」

「き、木之下瞳子です。よろしくお願いしますっ」


 それぞれ赤城さんのおばあちゃんにあいさつをした。いきなりの大人の登場に葵ちゃんと瞳子ちゃんは緊張していた風だったけども。俺達のあいさつを聞いておばあちゃんは嬉しそうに笑う。


「美穂から聞いてるよ。これからも孫をよろしくね」

「おばあちゃん。そういうのはいいから」

「はいはいごめんね。よかったら飴玉あげるからね。好きなのを取っておいき」

「ありがとうございます」


 ここは遠慮せずに厚意に甘える方がいいだろう。赤城さんのおばあちゃんは持っていた何かのお菓子の缶の蓋を開けて俺たちに差し出してきた。中を覗けば様々な種類の飴玉があった。

 俺はその中から一つを取ると「ありがとうございます」と行って頭を下げる。俺の行動を見てから葵ちゃんと瞳子ちゃんも飴玉を選び出した。


「君は男の子なのに礼儀を知っているんだねぇ」


 赤城さんのおばあちゃんが目を細める。小学生の男子なんてやんちゃなのが多いから礼儀正しいのが新鮮なのかもしれなかった。

 でもこれくらいなら常識内での礼儀だからそう不思議なものでもないだろう。あまりやり過ぎるのも肩が凝るし、何より逆にとっつきにくいと思われかねない。今くらいなら大丈夫のはず。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんも飴玉を取ってお礼を言った。俺なんかよりも百倍は愛嬌がある。愛嬌ってセンスだよね、とか思ってしまう俺がいた。

 赤城さんのおばあちゃんと別れてそれぞれの家へと向かう。荷物を置いたら遊ぶとは言ったものの、休日に赤城さんを含めて遊ぶのは初めてだな。


「赤城さんはおばあちゃんと暮らしてるんだね。お父さんとお母さんはどうしてるの?」


 葵ちゃんがズバッと切り込んだ。天然さんは怖いものなしである。


「お父さんとお母さんはいない……」

「え? それってどういう――もがっ」


 俺は咄嗟に葵ちゃんの口を塞いでいた。うん、これ以上は蛇しか出てこなさそうなんだもの。

 両親がいるのは普通のことだと思っていた。それが当たり前で育ってきたのだから。でも、中にはそうじゃない家庭だってある。

 それを知ったのは学生を終えた後のことだった。しかし、赤城さんみたいに小学生ですでに両親がいないことだってあるのだ。

 そういう人がいる。それを知っていたとしてもどう接するのが正解なのかはわからないままだ。とにかく余計なことを言わないようにと考えていた。


「赤城さんのおばあさんってとてもあなたのことが好きなのね。すごくいいおばあさんじゃない」

「……うん。あたしもそう思う」


 俺が葵ちゃんの口を塞いでいる間に瞳子ちゃんはにこやかに赤城さんに向かって言葉を投げかける。赤城さんも照れを感じさせながらも頷いた。

 ……なんか俺って考え過ぎだったかな。どうして両親がいないのかはわからないけど、赤城さんにはおばあちゃんがいる。あのにこやかな顔を思い出すと親心にも負けないようなものがあるように感じた。

 赤城さんには確かな愛情を注いでくれる人がいる。それを外からどうこう考えるのは何か違う気がしたのだ。

 俺は葵ちゃんから手を離してみんなの前に出た。


「よしっ。さっさと荷物置いて遊ぼうぜ!」

「わっ!? トシくんいきなりどうしたの?」


 急にテンションを上げた俺に葵ちゃんが首をかしげる。俺は笑顔で答えた。


「みんなでいっぱい遊びたいからだよ」


 友達なら友達にしかできないことをしよう。そう思っただけだ。



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