016 世代を超えて


「――山本だって?」

「日本人がダナエ王国の辺境伯?」

 異世界の大貴族、辺境伯。見た目、名前ともに日本人のようだ。

 自衛隊幹部の何名かは戸惑いの色を浮かべ、少しだけざわつきを見せる。


「おい、どういう事だ? 福島1佐」

「す、すみません海将補。山本……辺境伯が自ら説明したいとの事でしたので」

 事前に山本から口止めされていたのだろう。いち早く現地で段取りを進めていた筈の福島達から、に関する報告は一切無かった。


『初めまして、ミスターヤマモト。私はケビン・マクドナルド、中将だ。この艦隊の司令官を務めている』

 ずいっと身を乗り出し、率先して身分を明らかにするマクドナルド。胸を張り、真っ直ぐと山本の目を見つめる。


『……やあ、どうもマクドナルド中将、歓迎するとも。さあ、皆で中へどうぞ』

 マクドナルドの挨拶を受け入れる山本。その仕草は紳士的で気品にあふれているが、そこにマクドナルドは懐疑的な視線を向ける。


『……ミスターヤマモト。あなたもフルネームを名乗って欲しい。あなたからは軍人特有の雰囲気を感じられる。年齢からすると元自衛官かね? 本来の所属と階級を教えてはくれないか』

 先導しようとする山本に着いて行かず、邸宅の入り口前で立ち止まって話を続けるマクドナルド。その様子を日米の幹部達が見つめる中、再び山本が口を開く。


『……ふむ、そうだね、マクドナルド中将。私もその気持ちはよく解るとも。立場は対等でなくてはいかんからね。……私は山本五十六、大日本帝国海軍大将。役職を述べるならば連合艦隊司令長官といった所かな』

 山本五十六……。その名前を知っている幹部達は自分の耳を疑い、見る見るうちに目を丸くして驚きを露にした。


「や、山本五十六ぅ!?」

「……あぁっ! 本当だ。少し老けちゃいるが、あ、あの顔は見覚えがあるぞ」

 どよめく自衛隊幹部達。その様子を見て、米海軍幹部達も次第にざわつき始める。


『なんだって? 海軍大将? マクドナルド司令よりも階級が上じゃないか――』

『そういや聞いたことがあるぞ、イソロクヤマモト……WWワールドウォー2時代の日本海軍のコマンダーだ!』

 日本語と英語が入り交じり、邸宅前のざわめきは一層激しさを増して行く。


「……ううむ、ヘルメスが言っていた”バラバラ”とはこういう事だったのか。とはいえ、まさか80年程前の歴史人物が目の前に現れるとは――」

 腕を組み、中空を眺めながら呟く三土。昼間ヘルメスが言っていた事を思い出した。

 話を聞いていた当初は全く理解出来なかったが、どうやら本当に言葉そのものの意味だったようである。

 改めて……いや、何度改まったか忘れる程に、この世界には摩訶不思議な事がまだまだ沢山あるのだろうと思うのだった。


『……フム。うん、うん……。失礼、しましたァ! 大将殿とは露知らず、大変なご無礼を、お許し下さい!』

 ビシィッ! とキレのある敬礼をし、山本へ大声で謝罪するマクドナルド。

 出身国籍や時代が違うとはいえ、これから共に活動する相手の階級が上ならば敬意を示す。軍人として当然の事だった。


『総員、気をつけ!』

 ギロリと周囲を見回し、ドスの効いた号令をかけるマクドナルド。その瞬間、場に居る幹部達は何かのスイッチが入ったように顔が引き締まり、ザッと基本姿勢をとる。

 再びマクドナルドが山本へ向けて敬礼し、連れるように幹部達もビシッと敬礼をした。


『……良いね。およそ80年経っても規律正しい部隊は健在なのだな。なんだか嬉しいね』

 統率の取れた動きに感心する山本。右手の人差し指と親指を顎に当て、舐め回すように幹部達を見つめる。やがて「うむ」と頷き、全員を邸宅の中へ案内し始めた。『さあ、入ってくれ。ゆっくりと話し合おうじゃないか――』




「――随分と統一感の無い装飾ですね」

 会議室へ向かう途中、通路に並ぶ調度品を眺めながら1人の自衛隊幹部が呟く。

 動物をあしらったような石膏の置物、木製のシャンデリア、木板に描かれた子供の落書きのような絵……。完成度はまちまちだが、どこか温かみを感じられる。


「うん……そうだな。前任の辺境伯の置き土産でね。邸宅内の装飾品は全て領地民からの贈り物なのだそうだ。ほぼ全てが手作りだと聞いているな」

 辺りをキョロキョロと見回す幹部達に、山本が解説を交えて語る。


 前任の辺境伯――ヤニス・ザンビディス。王宮で会った時は食えない男だと思っていたが、義理人情に厚い部分もあった。

 頭も切れ、政治力がある。領地民からの支持は絶大で、ザンビディスの笑顔だけを目当てに身を粉にして働く者も居たと聞く。


「……フム、なかなかに人望の厚い領主だったのですね」

 まや型ミサイル護衛艦〈たるまえ〉副長の渡辺2佐。周囲の装飾を一瞥し、山本へ聞こえるように一言呟いた。


「そうだな。それ以上にしたたかな男でもあるんだがね……さあ、会議室だ。少し狭いだろうが、全員が座れるだろう」

 話途中で立ち止まった山本が振り返り、指を並べた右手を差し出して大会議室の入り口を示す。


「おぉ、中々に広い。しかしまあ、確かに40名程度なら少し手狭か」

 三土とマクドナルドを筆頭に幹部達が入室。

 室内には巨大な長テーブルが設置してあり、その周囲で椅子が2列になるようジグザグに配置されている。


「……失礼します」

『む、誰かいるな』

 奥側に立っている1人の男が目に入った。目が合うと、男は胸に手をあて、三土達へ向けて軽く一礼する。


「ようこそ、皆さん。高柳と申します。私も会議に参加させて頂きます。ささ、どうぞお掛けください」

 大日本帝国海軍少将、大和型戦艦”大和”艦長、高柳義八。現在は執事として邸宅の監理業務を執り行っている。

 謂わば家事の総責任者。……そう言うと地味に聞こえるが、実は多忙の極みとも言える役職の1つだ。

 掃除は勿論、食材監理や作業員の配置・勤怠監理なども行い、大和に乗っていた頃と同じく規律を重んた生活を営んでいる。

 領民達が帝国海軍らしさを失わないようにする為、5年経っても変わらずに、好き好んで堅苦しい毎日を送っているのだ。


「……高柳さん、英語で」

「おっと、失敬」

 山本の指摘が入り、高柳はコホンと咳払いをして再び口を開く。


『失礼しました。改めまして、私は高柳と申します。早速ではありますが、どうやら我々には時間があまり無いようです』

 早期警戒機E-2〈ホークアイ〉が確認した情報の大まかな概要は高柳達も含めて水平展開されており、ここに居る全員がナール連邦の動向を把握している。


『……と、その前に。これで少なくとも全艦艇の艦長は揃った感じですかな?』 

 全員の着席後、静まり返った会議室を舐め回すように眺める高柳。各艦艇の艦長が揃っており、副長や船務長を連れている者も居る。


『そうだな。これで全員……と言いたい所だが、ある1隻の原子力潜水艦は我々の権限が及ばない。こんな状況でも顔を出さず、近海に身を潜めているよ』


 原子力潜水艦〈〉は相変わらず単独行動を続けているが、互いに連絡を取り合う事は可能だ。しかし、何度か浮上を要請してはみたものの、応じる様子等は無かった。

 恐怖に慄く部下達を尻目にマクドナルドが怒鳴り散らしても、一切の聞く耳すら持とうとしなかったのだ。


 未だ身を隠している様は不穏さすら感じられるが、やがては補給のために浮上して来るだろう。その時こそ舌鋒鋭く攻撃してやろうと意気込むマクドナルドであった。


『原子力……潜水艦ですと? ナチスが開発を進めていると聞いておりましたが……』


 原子力潜水艦の登場は、アメリカ海軍が1954年に竣工させた〈ノーチラス〉が世界初だ。太平洋戦争中はディーゼルエンジンを動力とした潜水艦までしか存在していなかった為、高柳の反応は当然とも言える。


『原子力機関であれば、我が艦、ニミッツ級航空母艦の〈アーノルド・モーガン〉もそうです。動力に限って申し上げれば、燃料の交換なしで23年間の連続航行が出来ます。まあ、乗員のケアや食料補給などがありますから、やはり定期的な寄港は必要ですがね。……申し遅れました。私は〈アーノルド・モーガン〉艦長のスティーブン・ノラン大佐であります』

 軽く右手を挙げながら発言をする初老の男、ノラン大佐。小柄で短髪、座った目つきからは威厳が感じられる。少し述べた後ノランはその場で起立し、高柳達へ名乗りながら軽くお辞儀をした。


『なんと……。やはり、原子力とは凄まじい力を秘めているようだ。しかし、本当にそれを制御出来るようになるとは……』

 高柳・山本は互いに顔を見合わせ、未来の艦隊が有する夢の技術へ目を丸くするばかりだ。


『……皆さん、個別の自己紹介はまたの機会にでも致しましょう。そろそろ本題に入れませんかな?』

 三土海将補が本題を切り出す。迫り来るナール連邦への対策について意見交換を行うのが本会合の目的なのだ。責任者として、早急に対策をまとめ上げておきたい所である。


『よし、ではホイットフィールド大尉、説明を頼む』

『ハッ! 私エイデン・ホイットフィールドより報告申し上げます。先程のレーダー観測に基づいて分析を行なった結果、当該艦隊の規模は70隻程。現在我々の居るクレタ港より南方およそ680マイル約1,100Kmの距離におり、4ノット時速約7Km程度のペースでこちらへ向け北上中です』

 マクドナルドの指名を受け、〈ホークアイ〉機長のホイットフィールド大尉がその場で起立して報告をする。


『現在、この海域は北風が強く吹いています。艦隊は一定間隔で方向転換を繰り返し、ジグザグの航路をとっている様子でした』

 帆船の中では鈍足として知られるガレオン船ですら、追い風ならば11ノット時速約20Km程度は出る。

 しかし、帆船は風上へ真っ直ぐ進む事は出来ないのだ。充分な推力を得る為には、風向きに対して45度程度の角度を維持し続けられるよう、方向転換を繰り返す必要がある。


『昼夜休まず航行したとしても到着まで1週間程かかるでしょう。実際には10日程度で、此処から目視可能になるかと』

『……ふうむ。相も変わらず帆船では、到達したとて満身創痍じゃないか? 余程の勝算が無ければこんな不利な海域を北上しないと思うのだがね』

 腕を組み、ぐるりと首を捻りながら喋る山本。5年前の戦闘において、ナール連邦の船も大した手応えは無かった。大和が現在航行不能状態――という情報を連中が入手しているとは考えにくい。何らかの秘策を用意している可能性も考慮しておくべきだろう。


『確かに大半は帆船のようですが、ジグザグに進む集団のやや後方に3隻の正体不明艦も観測しています。低速で追随している様子であり……これらは直進している様子』


『……なんとっ』

『風力以外でも船を動かせる技術を確立したという事か』


 ホークアイで得られたデータはレーダーの観測結果のみであり、実際の映像や写真は撮影できていない。詳細な外観は不明だ。


『それから、この3隻はとりわけ大きなレーダー反応がありました。偽装でなければ、その全長は約300メートルに達するはずです』


 ――300メートル。大和よりも大きな艦体だ。しかも3隻。

 全長60メートルにも満たない木造の帆船ばかり有していた国家が、僅か5年で300メートル級の軍艦を開発したというのだろうか。だとするならば、やはりナール連邦の工業力は侮り難いものがある。


『それは、にわかに信じ難いな。300メートル級のハリボテである可能性も……とはいえ、逆風を直進する動力源も不明だ。まさか船が動く程のボイラーやディーゼル機関をゼロから5年で開発するなど、到底あり得んだろう』

 険しい顔で見解を述べる山本。

 連中は5年前、確かに帆船だけで実戦に臨んでいた。それもせいぜい40門級のガレオン船までであり、蒸気船や装甲艦の片鱗どころか、戦列艦すら見られなかったのが正直な感想である。


 ――科学だけでは説明のしようが無い所業……まさか。


『……諸君、信じ難いだろうが、この世界には魔法が存在する。もしかすると、魔法技術を駆使して大和を模倣した可能性もあるかもしれん』

 船ならば風を動力にし、砲は1発ごとに手動で火薬と砲弾を詰めて使用する――というのが常識の世界。

 それが、大和をしてしまった事で彼らに新たな発想を与えてしまった可能性は否めない。

 魔法の存在する世界ならば、人類は魔力をコントロールして巨大なモノを加工したり、新型の動力源を開発したりする等、新たな技術を開発できてしまう可能性だってある。


『見様見真似……で戦艦を造る? ハハハ、まさに魔法ですな』

 山本の持論を冗談半分のように受け取るマクドナルド。山本は表情を変えず、立て続けに口を開く。


『……フム、マクドナルド中将。私と高柳少将はね、この国の言語を一瞬で習得したのだよ。魔法でね』

『そうそう、そうでした。何かこう、クリスタルのようなモノをポーンと投げられ、気づけば相手の言語を理解していた』

 5年前、アンドレウが使用した不思議なクリスタル――。それが弾けた瞬間、その場に居た山本と高柳、そして付近の数名の将校達はアンドレウの言葉を理解できるようになった。

 さらに、戸惑いながらも日本語で話し続けたところ、アンドレウにはしっかりと伝わっていたのだ。同時に、アンドレウも山本達が用いていた日本語・英語を瞬時に習得したのである。


『フム? どのような言語なのですかな? 我々も同じような手段で習得は可能でしょうか――おっと?』

 マクドナルドの言葉を遮るような形で、山本は胸ポケットから手帳のようなモノを取り出してそのまま手渡した。


『兵達に覚えさせなきゃいかんからね。ちゃんと教科書も作っておいたさ。彼らはコレを”ミュケシア語”と呼んでいるそうだ』

『ありがとうございます、サー。ふむ、確かに見慣れない言語だ。ギリシャ文字? いや、違うな』


 ミュケシア語――文法や発音の統一性が洗練されておらず、直感的な部分がかなりある。まるで古代文明のように難解な言語だ。もし、ゼロから解読して覚えようとするならば5年では足りないだろう。


『このは非常によく出来ている。手書きであるため簡易的ではあるが、ネイティブでないとこの完成度は出せないだろうな』

 マクドナルド達が納得するのにそう時間はかからなかった。少なくとも山本達がミュケシア語をマスターしているのは間違いなさそうだし、この世界ではそこら中に神が居る。ならば至る所に魔法が存在してもおかしくはないだろう。


『とはいえ、ならばその”クリスタル”とやらを配れば良いのでは? この言語の習得は中々に苦労しそうですが』

 三土が質問を投げかける。魔法で言語が習得できるならば、必要な者達全員に同じ事をすれば良いだけの事。率直な疑問が浮かんだ。


『ハハハ、我々もね、5年前にそう言ったよ。しかしそれは無理だった。先程話した”クリスタル”は、希少な〈神の遺物〉なのだそうだ。片手で数える程しか残っていないとの事で、贅沢する訳には行かんのだよ』

 その”クリスタル”は、ダナエ王国の王ペルセウスが所有している。神が彼の母親に与えたモノとされており、使用者同士の知力を一部同期させる事ができる代物だ。

 難解な言語の理解などに役立つ為、外交に頼り切っていたダナエ王国にとってその価値は計り知れない。


 そして5年前に訪れた王国の危機。クレタ港に立ち寄ったの乗組員と交渉する為、アンドレウがペルセウスより1つ授かっていたという訳だ。


『ふうむ、いくら”教科書”があっても流石に数日じゃ覚えられませんな。もしダナエ王国との交渉事があれば、通訳をお願いする事になりますがよろしいか?』

『よいとも。うちのは皆勤勉でね。ネイティブとは程遠いが、ほぼ全員が習得しているよ――』

『――よろしい。では参考にさせて頂きましょう。……ナール連邦への対処についてお話を戻させて頂きます』

 マクドナルドと山本達のやりとりが一段落したところで、矢継ぎ早に三土が口を開く。……80年以上も世代を超えた者同士だ。会話が弾むのは仕方がないだろうが、いい加減に話をまとめたい所であった。


『率直な質問ですが山本辺境伯、そちらにナール連邦への対処能力は残っておりますか?』

『無いね。燃料の劣化も含め、大和のあらゆる機関がガタついている。無理矢理動かしたとしてもボイラーの温度が足らないだろうし、蒸気漏れだって酷いだろう。マトモな航行は期待できないね』


 残っているのは僅かな陸上戦力のみ……。とてもナール連邦の侵攻に耐えられる状況では無い。


『ふうむ。迂闊に他国の戦争へ加担する訳には行かんのだが、我々の拠点は此処しか無いしな……』

『そもそも、その70隻は軍艦なのでしょうか? もしかすると、友好関係を結ぶための商船団という可能性もあるのでは?』

 攻撃を躊躇うマクドナルドに自衛隊幹部の1人が提言する。商船団の可能性というのは確かに否定できない。5年前の戦いの結果を踏まえれば、ナール連邦とて無用に争うよりも友好を結ぼうと考えるのではないだろうか。


『まずは写真を撮影してみては? その編成が明らかな侵略目的と判断出来るならば、我々の自衛手段として敵の射程外から殲滅する選択肢も出てくるかと』

『そうしましょう。今後、クレタ地方は極めて重要な拠点となる事は明白です。この会議をもって我々の庇護下に置く事も提言させて頂きます』

 続けて別の米軍幹部達も発言する。クレタ地方を守る事が重要なのは間違い無い。但し、証拠を得ていない段階で先制攻撃をする訳にも行かない為、更なる情報収集は必要だろう。


『では、我が艦のホーネットを飛ばしましょう。ヘリよりもずっと速い。万が一でも速やかに撤退できるかと』

 ニミッツ級空母〈アーノルド・モーガン〉艦載機、F/A-18E/F〈スーパーホーネット〉。機動性に優れ、多様な兵器を運用出来るマルチロールファイターとして有用な航空機だ。


 また、〈スーパーホーネット〉には偵察用兵装として昼夜全天候戦術偵察ポッド〈SHARP〉を搭載可能であり、複座型のF/A-18Fにおいては、兵装の操作に長けた兵装システム士官を搭乗させる事も出来る。

 あらゆる場面において優れた偵察能力を発揮可能となっており、今回の任務では重宝するだろう。


ハープーン空対艦ミサイルを搭載させた護衛機も準備させます』

『うむ、よろしい。ノラン大佐、すぐに出撃できるかね?』


『ノープロブレム、戻り次第、出撃可能です』

 スピーディに話を進めて行く幹部達。隊員達を休ませようとも思ったが、振り返ればここ数日で彼らは充分に休んでいる。遠慮は要らないだろう。


『撮影機1、護衛機2の3機編成で臨む事にしましょう――』

『――待て、もう夜だぞ。マトモに偵察できるのか? 此処の魔法照明では役に立たん。写真なぞ撮影出来ないじゃないか』

 待ったをかける山本。既に日も暮れており、肉眼では洋上で何も見る事が出来ないからだ。つまり写真も撮影できない。

 少なくとも自分が知る限りでは、撮影偵察は日中、あるいは隠密性を兼ねるならば早朝や夕暮れに行うべきだと認識している。


『……フム。ご心配には及びませんよ、山本辺境伯。高解像度の赤外線カメラもありますし、データストレージデータ共有システムでリアルタイムに解析も可能です』

『おぉ……。そ、そうか。うーん? よくわからんが大丈夫なのか。失礼したね……』

 世代を超えて共通の話題に参加しているが、技術的な話に関しては山本達にとって驚く事ばかりだ。未来の科学技術の進歩は想像を絶している。下手に口を挟むのは宜しく無いかもしれない。


『よし、これより作戦本部を〈アーノルド・モーガン〉へ移行する。休暇はおあずけだ。全員、各艦艇へ戻りデータリンクに備えて欲しい。辺境伯と高柳少将は私に同行して頂こう――』






『――んっねぇ! タクトッ!』

「うおっと!? あ、アビー?」

 列に並んでいる坂元の肩へ飛びかかるように声を掛けるアビー。完全に気の抜けていた坂元は不意を突かれ、裏声混じりの日本語で驚きを露わにする。


『もうチケット貰いに行くの? 私は明日にするわ。だって列がすごく長いんだもの』

『ハハハ、きっとその方が賢いね。でも僕はこういう事は先に済ましておきたいんだ』

 明日から3日間の休暇だという周知が流れ、隊員達はお気楽ムードで過ごしている。何事も急ぐ必要は無いのだが、坂元はあらゆる仕事をさっさと片付けておきたいタイプなのだ。


『そう? タクトは真面目なのね。ちょっと〈ブーベ〉についてお話ししたいと思ったの。終わるまで近くで待ってるね』


 一部の幹部達が会合へ向け出発した後、居住する家屋を割り当てる為にチケットが配布される事となった。

 広場には複数のデスクが設置されており、そこへ大勢の隊員達が列をなしている。仲の良い者同士は2列で並び、ペアで同じ家屋への居住が可能だ。

 対して坂元は自由にのびのび過ごしたいと思っていた為、1人で列に並んでいた。


 ――すごいな、この子、この人混みから俺を見つけたのか……。

 きっと〈ブーべ〉はただの口実だろう。日本人の友達が出来て嬉しくてしょうがないのが手に取るようにわかる。早歩きで坂元の事を探し回っていたのか、アビーの額には薄っすらと汗が滲んでいた。


『……うん、わかったよアビー。ハハハ、君は本当に〈ブーべ〉が好きだね――』

『――お前達はペアだな。チケットだホラ受け取れ、予備は無いから失くすなよ。休暇はナシだ。これより緊急の偵察任務を実施する事になった。仕事だ。解ったら持ち場に戻るんだ』


『『えっ??』』

 数十名の日米幹部が駆け足でチケットを配り、緊急任務の内容を伝達している。坂元とアビーは同じ番号のチケットを受け取る事となった。つまり同じ家屋が割り当てられてしまったのだ。


『え、あの、これ……』

『失礼ですがサー。これは勘違なの――』


『何だ貴様等、同じ事を二度も言わせるな。所属の艦へ戻るんだ!』

 語気強めに命令を繰り返す米軍幹部。その気迫に押され、アビーと坂元は戸惑いながら、そして僅かに頬を赤らめながら互いを見つめるのだった――。






『――辺境伯、こちらのモニターで画像を確認できます』

『……明るいな。蛍光灯か?』

 〈アーノルド・モーガン〉内部の群司令部指揮所。本来、ニミッツ級空母は空母打撃群の旗艦として作戦術レベルの指揮・統制中枢を行う艦でもある事から、充実した司令部設備を備えている。


『これはLEDです。蛍光灯よりも圧倒的に省電力で高輝度な照明ですよ』

『『ふうぅ〜む』』

 どんな細かい部分でも自分の想像を超えた科学技術が見え隠れする。山本と高柳は、ただただ唸りながら感心するしかなかった。


『さて、ホーネットの準備を進めています。どうせなら発艦の様子もご覧頂きましょう。ブリッジ艦橋へご案内致します』

『任せたぞ、ノラン大佐』

 ノラン大佐が率先して山本達を案内し、座ったままモニターを眺めているマクドナルドがノラン大佐達を見送る。

 マクドナルド自身はそのまま指揮所に残り、計器の確認や艦隊への指令など、司令官としての役割に取り掛かった。


『イエッサー。……さあ、辺境伯、高柳少将。こちらへどうぞ――』

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