王国自衛隊
矢島ユウキ
一章 MMORPG〈アースガルズ〉
001 キウ・ユト・モツマ
{攻城戦が終了しました。ダームペア城の新しい城主は”キウ・ユト・モツマ”です}
〈ビザンツサーバー〉全体に響き渡るシステムメッセージ。
「ううん、10年くらい振りだが俺もまだまだ捨てたモノじゃないな」
パソコン画面の前でポツリと独り言を呟く、細身で子綺麗な中年の男。
このたび、ビザンツサーバーの攻城戦で勝利したダークエルフのキャラクター、キウ・ユト・モツマの中の人だ。
「……あれだけの規模でも知り合いが1人もいなかった。復帰時に選んだサーバーは外れか」
ボソボソと独り言を続けながら、力の抜けた眼でパソコン画面を眺める。
彼の眼に映っているのは、新たな城主へ平伏しているNPC、そして玉座に腰掛けている自分のキャラクター。
この玉座の間では、つい先程まで〈ビザンツサーバー〉の最大勢力を交えた激しい
自分の知っている〈カエサルサーバー〉はもう無い――。
3DMMORPG〈アースガルズ〉。
北欧神話を土台とし、さまざまな古代文明の要素を織り交ぜた独自の世界観が特徴の老舗タイトルだ。
MMORPGそのものが珍しかった時代、他を圧倒する美しい3Dグラフィックスが大きな話題を呼び、リリースから瞬く間にオンラインゲーム業界を席巻していった。
かつてのオンラインゲーム黎明期を支え、MMORPGの礎を築いたと言っても過言では無い。
〈アースガルズ〉が対応しているプラットフォームはパソコンのみであり、最近流行りのスマートフォンやマルチプラットフォーム対応ゲームに比べると参加者の年齢層は高めだ。
そして2026年現在、そんな〈アースガルズ〉もリリースから25周年を迎えた。
プレイヤー人口は年々縮小しており、もともと32あったサーバーは2年前に統合されて全12サーバーとなっている。
ビザンツサーバーはそのうちの1つだ。
[:――おい、新しいダームペア城主、血盟じゃなくて個人だぞ]
[:キウ・ユト・モツマって誰だよ]
[:1人で城を獲得したのか? んなアホな……]
[:ちょっと、どれくらいの強さなのか確かめに行こうぜ――]
MMORPG〈アースガルズ〉は、いつでもどこでも
[:――見つけた。ゴルコンガーデン地下45階層]
[:よしきたっ]
[:へへ……レベル100になったし、俺も行っていい?]
豊富な経験値を得られるクエストによって容易に上限のレベル100へ到達できるし、職業特性を活かせる程度の基本的な装備も配布される。初心者のPVP参入ハードルが低いのも特徴のひとつだ。
[:――ぜ、全滅]
[:……うそやん]
かつて、オンラインゲームにおいて圧倒的な強さを誇るプレイヤーといえば、私生活を犠牲にした〈廃人〉である事が多かった。
しかし、早々と課金要素を拡充してきた〈アースガルズ〉においてはその限りでは無い。
時間よりもカネを多く注いだほうがマシな装備を入手できるし、スキル強化だってやりやすい。むしろ社会的に成功しているプレイヤーのほうが有利にゲームを進めやすいのだ。
そして、今回のビザンツサーバー攻城戦を制した”キウ・ユト・モツマ”もまた、東京の高級マンションで悠々自適に暮らす社会的強者――ただの成金クソ野郎なのであった。
「――はいもしもし。ああ社長、先日はどうも。いえいえ、御社の尽力あってこその成果ですよ――はい、はい。ええ、また機会があればお願いいたしますね。失礼します」
手掛けるコンサルティング業や飲食事業が成功しており、資金的な余力は充分。その資金力はちょっとした上場企業にも匹敵する程だ。
――
「――アースガルズって知ってます? 私、ド嵌まりしてるんですよ。えへへ」
15年ほど前。下請けの美人営業に勧められて下心と共に始めた〈アースガルズ〉。
「んっふふ。ゲーム内デートからのリアルデートも悪くない……」
気持ち悪い表情を浮かべながらゲームをインストールし、手探りながらにログインを実行する。
それが彼にとって初めてのオンラインゲームであった。
キャラクターメイキングではまだ要領を得なかったため、たまたまマウスポインタが重なっていたダークエルフを選択。名前も適当に入力する。
「面倒臭いな。適当に進めりゃ内容も解ってくるだろ……」
所属サーバーは完全ランダムであり、この時に割り当てられたのが〈カエサルサーバー〉だった。
美人営業と一緒に遊べないのは残念であったが、共通の話題を持てたので良しとしよう。
「……なるほど。悪くないな」
ゲーム自体も中々面白い。
受けられるクエストの種類が豊富で、それぞれのストーリーも良く作り込まれている。1人でも充分楽しめる内容だ。
更に一定のレベル毎に訪れる職業選択クエストでは、分岐する度にキャラクターの強さが目に見えて変化するのも楽しかった。
彼はゲームをサクサク進める為、攻撃力の高い〈
程なくして攻撃力特化の最上級職〈ファントム・アーチャー〉となり、”ガチャ”などの課金要素にも手を出し始めるようになった。
「ふはは! 逃がさんっ」
そうして得られた上位の装備や強化したスキルの性能を試す場を求めるうち、狩り場で他プレイヤーを殺し回る
通常、PKを繰り返せばキャラクターの評価値がマイナスへ推移し、様々なペナルティが加算されて行くのだが、これも有り余った課金アイテムで相殺し続けるうちに感覚が麻痺してしまった。
程なくして上位プレイヤー達を打ち負かせる程の戦闘力を有するようになり、それでもなお強化に強化を重ねて徹底的に高みを目指し続けて行く。
そして――。
「ううん、もう負けねえな」
やりすぎた。
スキル・装備・ステータス向上など考えうる限りの戦闘力強化を試し尽くし、そのほとんどの数値が仕様の上限に達する。
もはや運営者ですら想定していない水準となり、どんな相手が来ても張り合いが無くなってしまったのだ。
[:うわっユトだ――]
[:逃げろ!]
[:殺せ!]
いつの間にか”ユト”の呼び名が定着。いざ一般の狩り場に繰り出すと、まるでパニック映画のような騒乱を巻き起こす――。
そんなユトの活躍はカエサルサーバーにおいて絶大な猛威を振るい、およそ5年のプレイ期間の果てには〈カエサルの理不尽〉などと2つ名まで付くほど
そのあまりの被害の多さに、ユトの排除を目的とする自警団のようなコミュニティの形成も活発化。サーバー内屈指の上級者プレイヤーも参戦し、至る所で追い回される……。
常識的に考えてそんなプレイ環境はとんでもなく過酷なモノとなるはずだが、それでもユトにとって特段と不自由を感じるような事は無かった。
もはや、どんな大連合でさえ脅威とはなり得なかったのである。
「ふうん、またか」
ログインする度、淡々と向かって来る敵プレイヤーを斃して行くだけ。ゲームに面白味を感じる事すらない。
他の楽しみ方は無いか――。
多くのプレイヤーがやっているように、別キャラクターを育成して遊ぶなんて事も考えてはみた。
しかしどんなプレイスタイルであれ、一度手掛けたキャラクターは満足の行く水準まで育て上げなければ気が済まない。
そのためには資金はともかく、再び膨大な作業時間がかかる。
流石にそれは面倒だし、そもそも娯楽としての価値を見出すのが難しくなっていた。
――ゲームはもういいかな。
「……仕事しとくか」
やがて”キウ・ユト・モツマ”としてカエサルサーバーへ出没する機会も減り、そのまま蒸発するように引退状態となった。
常にスケジュールを気にする日々、全力で生きている自分を実感出来る――。
――
――10年経った。
「現状、このような古いシステムでは御社のサービスは品質の維持が難しい。オペレーターの研修内容を見直しても限界があります」
とある法人向けコンシェル企業の会議室。役員が寄り集まり重苦しい空気が流れている。
「……簡単に言ってくれるがね、そんな事は我々だって百も承知して――」
「現在の問題に対し、具体的解決策を含めた運用内容を構築して来ました。先程送付しておいたファイルをご覧下さい」
「ふうむ、悪く無いんだが、システム開発も含めるとかなりの費用が掛かりそうだぞ……我が社の財務状況はご存知でしょう」
「はい。そこで弊社が無利息で全額融資いたします。万が一、効果が無ければ返済を求めません。この議事録が証拠となるでしょう」
「……ふむ。確かにバックアップはしっかりとしているし、失敗しても業務に支障が出る可能性は低いな。我が社はほぼノーリスクという訳か」
「これが、あの”金貸しコンサルタント”のやり方……」
「こりゃ、上手く行ったら成功報酬を弾まなきゃいかんでしょうね。それと、今年の忘年会は御社の居酒屋で開催させて頂く事になるかもしれませんなハッハッハ」
「お褒めに預かり光栄です、社長。今後とも良き関係を築かせて頂ければと思います――」
40代半ば、働き盛り。仕事こそが自分の存在意義。
しかし、娯楽に対しても理解のある柔軟な経営者としてあり続けたい。
20・30代の頃はそう考えていた気がする。
そして、ふと思う。今の自分は”仕事しか無い人間”に染まっているのではないか。
当然、自分の利益のために働いている。しかし、まるで自分が自分のための奴隷になっているような……そんな感じがしてやまない。
少しだけ、この仕事漬けの日々から抜け出してみても良いのではないかと考えるようになっていた。
「――そういや、一生懸命やってたゲームがあったっけ」
クライアント企業が手配した送迎車の後部座席。ふと、昔〈アースガルズ〉というゲームをやっていた事を思い出す。
なかなかの金額を注ぎ込んでいたはずだが、人間の記憶とは脆いモノである。正直、ゲームの事などすっかり忘れていた。
――色々やっていたな、そういえば。
腕を組み、思いを巡らせる。
「……どうかされましたか?」
真剣な表情で考え事をしているように見えたのだろう。運転手が心配そうにバックミラー越しで様子を伺っている。
「いや、何でもないですよ……」
狩場や街道、湖畔など至る所で敵対プレイヤー達と
さまざまな狩り場に赴き、仲良く楽しそうにしているパーティを手当たり次第に壊滅させた事。
結果、害虫扱いされて常に追い回されていた事。
次第に、
――なんだ、楽しいじゃん?
たった1人の自分が大勢の怒り狂ったプレイヤー達に囲まれる場面。そんな四面楚歌が堪らなく好きだった。
そんな事を思い出しながら自宅へ戻り、こだわりのワインを開けてから快適なベッドで眠りに就く。
俺にもあんな時代があったよな――。
「――ふぁ、ちょっと寝過ぎたかな」
翌朝、ふと〈アースガルズ〉の夢を見た。”キウ・ユト・モツマ”として参加した事が無いはずのレイドボス討伐を楽しんでいる夢だ。
思い返せば大勢のプレイヤーとの共同作業をした事が無いので、新鮮味があった。
――こんな楽しみ方もあったのかな。
そんな事を考えながら程よく忙しい日常を過ごし、夜になればいつものように床に就く。
「――またか」
同じような夢。
日毎に夢の内容を覚えている頻度が高くなる。
おかげで、納期の迫っている企画書の構成に悩むなど多忙な日々を過ごしている期間であっても〈アースガルズ〉を思い出すようになってしまった。
殺し合い奪い合いの酷い人間関係しかなかった〈アースガルズ〉だが、もう一度くらい復帰してみるのも悪くは無いと思い始める。
――アイツら、まだやってんのかな……?
「ふうっ、一件落着っと」
ある日、納期前に仕事を終えて結構な期間の休暇ができた。
新たな仕事を受注しようかとも思ったが、せっかくなので懐かしの〈アースガルズ〉をプレイしてみようと思い立つ。
まずは
オプションもどうせなら全て最上位だ。ケチっては面白くない。あれもこれも……と付け加えるうち、実に80万円のハイスペックパソコンが完成した。
そのままオーダーし、後日到着したパソコンに〈アースガルズ〉をインストールして起動する。
ゲームの題材でもある北欧神話。そこに登場する世界樹”ユグドラシル”の神々しい姿が映った。懐かしのログイン画面だ。
「なんだ? キャラがいるのにサーバーを選べってか」
現在の〈アースガルズ〉では、サーバー統合後の初回ログインプレイヤーに限り、所属サーバーを任意で選択できる権利が付与されている。
しかし、いちいち調べるのも面倒なので、”おすすめ”として表示された〈ビザンツサーバー〉をそのまま選択した。
「……ようやく動かせるぞ」
ログイン後、意気揚々と人の多そうなエリアへ出張ってみる。
しかし10年も経過しているのだ。当然といえば当然、かつて狩り場を争い合っていた顔見知りのプレイヤー達は見当たらなかった。
「それでも数人くらいは残っているだろう……サーバー統合時に散り散りになったか?」
今思えば多少は調べれば良かったが、もう遅い。
後戻りはできないので〈ビザンツサーバー〉の住人として過ごす事にした。
それに、過去に自分が使いこなしていた装備特性やスキルショートカット等、基本的な操作を思い出すのに小1時間掛かりそうだ。
1つずつ試しながら、昔よく争いが勃発していたエリアへ繰り出す。
「ううん、10年以上前に揃えた装備だが、未だに匹敵する奴は少ないようだな」
周囲を見渡す限り、ユトを唸らせるような装備を纏っているプレイヤーも見当たらない。
「うーん……」
狩場を巡って争った。
日頃の恨みを込めて殺し合った。
なんとなく通りかかったので殺戮した。
そんな〈アースガルズ〉の思い出に浸りながら、ぷらぷらとフィールドを駆け巡る。
「なんか、やっぱり慣れねえな」
10年ぶりの”キウ・ユト・モツマ”。自分が作成したはずのスキルショートカットすらマトモに扱えない。
「リハビリが必要だな。かといっていきなりPKに興じるのも気が引けるというか……」
早々に〈ビザンツサーバー〉全体を敵に回す訳にも行かない。それでは10年前と同じだ。すぐに飽きてしまうだろう。
しかし、モンスターを相手にしていても単調な操作が続くだけだ。やはり対人戦がしたい……。
――そうだ、丁度良いのがあるじゃないか。
「よしっ。ちょうど今週末だし、やってみるか」
MMORPG〈アースガルズ〉最大の対人イベント”攻城戦”ならば心置きなく暴れ回れるだろう。
毎月1回、週末に開催されているが、次回は2日後の土曜日だ。タイミングも悪くは無い。
この10年で他プレイヤー達の水準がどの程度に達しているかも興味深いモノがあるし、単調な狩りよりは楽しめる展開が待っているはずだ。
「ふふっ、待ち遠しいな。よろしく、ビザンツの皆さん」
覇者、降臨……ってね――。
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