第十八話 懺悔するヘドロ

 泥水お化け(というと本人は怒るが)が全面降伏したので、ペットボトルの方もバケツに移すと、気を失っている矢口とチサトちゃんをソファーに座らせた。

 ショウが二人のおでこに手を当ててうなずく。

「大丈夫だ。別段、身体に異常はない。少し休ませてやればよいだろう」


「すごーい。そんなことまで分かるの?」

 水希ちゃんが感心したように声を挙げた。ショウが、造作もないといった顔をする。

「人の体内にもいかづちと同じような流れがある。それを見ればわかる」

「神経伝達のことね」

 納得したように、一人でうんうん頷いてる。

「ねぇ、怪我や病気も治せたりするの?」

「命に係わるようなものでなければな」

 そう言ってショウは私の顔に手をかざすと、切れた口の中も元に戻してくれた。


 脇で見ていた水希ちゃんが、身を乗り出してくる。

「ねね、じゃ、もしかして……ダイエットとかも?」

 

「なんだ? それは」

「あー、えーと……つまり、体型を変化させることよ。本来は食事のコントロールでやるんだけど」

「体型を変化させる? 何かに変化へんげするのか」

「あー、いえ、そういうのとは違うんだけど」

「では、何のためだ?」

「え、いやぁ、へへへ」

 ……うちの従姉は、いったい何の話をしてるんでしょう?


「二人とも、今のままで充分に魅力的だよ」

 ハクがとびっきりの笑顔で言う。話が変な方に行きそうで気になってきた。


「フム。治癒や回復はできるが、体型を変えるというのはやったことがないな。試してみるか」

 よせばいいのに、ショウもまじめに返してくる。


「ちょっと! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「え、でも興味あるじゃない。やっぱ」

「だから! そんなこと今はいいんだってば。ショウもバカ正直に付き合わないでよ!」

「ば……バカ正直」

 ショウが、思ってもみなかった顔つきで私を見た。

 え? もしかして傷ついたの。妖怪ってこんなことで傷つくの。


「こいつは昔っからこうだよ。融通が利かない。つまりダサいんだ」

「なんだと!」

「やめなさいっ!」

 ダサいなんて言葉、いつ覚えたんだ? あ、そか。こっちのイメージに合った言葉で聞こえてるのか。

 いがみ合っているショウとハクを、少し離れた場所からジンが冷ややか~に見つめてる。二人というより、私たちも含めて四人全員って気もするけど。


「っあ……あのぉ~」

 声のしたほうをみんなが見た。ジンのそばに置かれた青いバケツの中から、あの泥水が頭を持ち上げていた。

「っぼ、ぼぼ、ぼくの件は、いい、いかがなさるんで、しし、しょうかぁ?」


 全員が無言。と思ったら、

「黙れ」

 ドン! と、ジンの左手が泥水の頭に思いっきり落ちた。

「へぶっ!」

 水なのに、ジンのグーパンチが利いてブクブクッとバケツの中に消える。妖怪の身体ってやっぱり人間と違うんだぁ。


「む、まぁこの二人はしばらく眠らせておく。その間にことを済ませよう」

 ショウが矢口とチサトちゃんの頭に手を置くと、二人の身体がかくっと脱力した。みんながほぅっと落ち着いて、ここから改めて関係者会議。


「まず、三人に訊きたいことからだけど」

 私が切り出した。

「さっき言ってた、固め契りというのはなに? 正式に契約がなされたってことなの?」

「そういうことだ。これでアオイは我々を使役しえきすることができる」

 ショウが答える。

「使役って、そんな上から目線、私イヤだよ……」


「まぁまぁ、つまりは霊玉から出してもらった時よりも僕らの結びつきが強くなった、ってことだよ」 

 ハクが、またもやあの笑顔を向けてきた。結びつきが強くなった、って、意味深でなんだか心がぞわぞわする。

「アオイの指示には何でも従うってこと?」

 水希ちゃんのその質問には、ちょっとビミョーな空気が流れた。


「そんなことはしない」

 後ろから、ジンがため息をつくような声で言う。

「なんでもお前たちの思い通りに動くわけではない。お前には我らの力を使うことができる。それだけだ」

 相変わらずぶっきらぼうだな。もう。

「それだけじゃ分からないよ! 何ができて何ができないのか、ちゃんと教えて」

 と叫んだあと、ぼそっと付け足した。

「だって……私がアルジなんでしょ」


「ええと、とりあえずアオイや私の身の安全は図ってもらえるってことでいい?」

 場をとりなすように水希ちゃんが訊いた。

「それは請け合うよ。なにしろご主人様だからね。僕たちの」

 ハクはニコニコしてるけど、いやいやこの笑顔には騙されないぞ。

「あー良かった。これで妖怪に襲われても安心ね」

「水希ちゃん。また縁起でもないこと言わないでよ」

 私がブーたれる。

「とにかく、早くこの二人をお家に帰してあげてよ。向こうでも心配しているよ」


「ところで、この者たちの住処すみかは知っているのか?」

「え?」

 ショウに訊かれて改めて気づいた。そう言えば私、矢口の家なんか知らないな。

「知らないのか。仕方がないな。目覚めるまで待つか、起こすか」

「だ、だめだめ! この状況を見られて、どう説明するのよ?」

「だが住処が分からねば帰せないぞ」

「あなたたちの力で、その……何とかならない?」

「それは無理だ」

 うー困った。どうしよう?


「ねえ、そいつなら知ってるんじゃないの?」

 ハクがバケツに向かって顎をしゃくる。


 ジンがいきなりバケツに腕を突っ込んだ。さっきグーパンチで黙らせた相手を鷲づかみにして引っ張り上げると、今にも噛みつきそうなほど顔を寄せて言う。

「おい、あの二人の住処を知っているな」

 返事をするよりジンの迫力で声が出せない泥水。

「どーなんだ!」

「……っえ、えぇ、はは、はい。し、知ってまますぅ」

 泥水がおののきながら答える。


「でも、どうやって案内させるの? その人に」

 水希ちゃんが訊いた。ハクがソファーから立ち上がると二人に近づく。

「簡単だよ」

 ニンマリ笑うと、ジンに捕まえられた泥水に向き直る。

「ねぇ、僕の中に入ってくれるかなぁ?」

「っえ? えっ、ええ、、ああ、あなた、さまの、なな中に、でですかぁ?」

「そう。ちょっとだけ入ってくれればいいから。すぐ済むから」

 ハクがアーンと口を開ける

「っでっでで、ででもぉ」

「いいから、早く。さぁ」

 だけど泥水は躊躇してる、というより、ハクの中に入ることを怖がってるように見えた。

「大丈夫だよ。ほら」

「っはは、はぁ」

 ジンが、ゆっくりと顔を近づけて、ぼそっと言った。

「はやくしろ。焼き尽くすぞ」

 途端に泥水がハクの口の中にスルーっと飛び込む。涙を流してたように見えたのは、私の気のせい……だと思いたい。


 どうなることかと見ている私たちの前で、ハクはちょっと目を閉じて、何かを探るような顔つきになったと思ったら、またすぐに口を開けた。

 途端に泥水がドザーッと流れ出てくる。


「っはっはっ、はわぁ! はわわぁぁっ!」

 すごい勢いでバケツに戻る。あまりの勢いに、バケツがガタガタ震え出す。


「っご、ごごっ、ごごごめんなさぃぃっ! みみ、身の程知らずでしたぁ! ゆゆ、ゆるして、くくださぃぃぃっ! ひぃっ」


「なに! どうしたの?」

「こいつの中身に触れたからだ。己との格の違いを見せつけられたんだろう」

 ジンが、フンと鼻を鳴らす。

 ハクはといえば、全くお構いなしで私たちに笑顔を見せた。

「うん、わかったよ」 

 でも、バケツは中身の水の気持ちを代弁するように、ずっとガタガタブルブルと震えてる。

「……トラウマになりそうね」

 水希ちゃんが言った。

 お化けがトラウマを怖がるって、あるのかな?


「場所はわかったから、それじゃ出かけようか」

「近いの? どうやって行くの」

「僕らにお任せを。ご主人様♡」

 ハクが微笑むと、ジンとショウを見た。

「二人とも、“チカラ”は戻ってるよね?」

「ああ」

「固め契りがなされたからか。いずれにせよありがたい」


「じゃ、三人で合わせるか。荷物は四人。それにそこの泥水も」

「……っどど、どろみずじゃ~、ななっないですぅ~」

 バケツから、泣くような声がした。しぶとい、あいつ。


「そうそう、みんなの履き物を取ってきてよ」

「え? 玄関で履けばいいんじゃ……」

 私の問いには答えずに、ハクが意味ありげに笑う。

 何だかわからないけど、とりあえず言われたとおりに靴を持ってくると、矢口とチサトちゃんに履かせた。


「ん、じゃ行こうか」

 妖神の三人が、目を見合わせる。

 途端に、パーっと周りが明るくなって、いろんなものが透けていくような感じ。と思ったら、フワッと身体が軽くなる。


 ――次の瞬間、私たちは空を飛んでた。

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