第44話 家族
「ああ、メロディ。大丈夫よ。むこうにはヴィクトリアがいて助けてくれるもの」
「でもそのあと、こんな大きな建物ごと、私たちを動かすんですよね?」
メロディは真剣な目をしてそう言うが、動かすという表現に、アンジェラが力ずくで建物を持ち上げようとする自分の姿が浮かび、少しだけ面白くなってくる。
「弓矢を召喚するのと変わらないわよ」
「でも最初の時は、弓矢でもお倒れになったわ! パパも何か言って! アン先生に無理しないでって。私はこの世界でも大丈夫だから。パパとアン先生と、シドニーとライラがいればいい。エドガー様だって、このままここにいたらいいんだわ!」
初めて会った時のように地団駄を踏みそうな勢いで話すメロディに、エドガーが「俺もかい?」と、面白そうに笑う。
「ええ、そう。エドガー様だって、もう家族みたいなものでしょう」
当たり前だと言うように頷くメロディに、自然と彼女以外の顔に笑みが浮かんだ。
「それもいいね。でも俺は、やることが終わったらイリスに帰るんだ。メロディが向こうで待っててくれたら会いに行こうと思ってたんだけど」
そうか、ここにいるのか、残念だ――などとうそぶくエドガーに、メロディが「そうなの?」と考えるそぶりになる。「アデル様も一緒?」
「それがお望みであれば、もちろん」
優雅に一礼した後ばちんとウインクをして了承するエドガーに、メロディは少し悩んだ後に渋々頷いた。
「あのね、アン先生」
まだアンジェラのドレスを握ったまま離すことが出来ないメロディは、じっと訴えるようにアンジェラを見上げた。
「アン先生は先生じゃなくなっても、私の近くにいてくれますか?」
まだ婚約のことを言っていない為、彼女の中ではアンジェラはまだ家庭教師代理なのだと気づき、「ええ、いるわ」と頷いた。
「本当? 私ね、アンジェラ様に会ったらお願いしたいことがあったの。今どうしても言いたいの」
「ええ、何でも言ってみて?」
アンジェラに聞けることなら、それでメロディが落ち着くなら。そう思ってしっかり頷いて見せると、メロディは少しの間自分の身に着けているものを見回した後、するっとリボンを解いてアンジェラに差し出した。
「ナタリー先生に話を聞いてから、アンジェラ様のことが大好きでした。実際に会って、もっともっと大好きになりました。アンジェラ様、私のママになってください」
瞬間、シドニーが一瞬むせるのを我慢したかのように小さく咳ばらいをした。
メロディのリボンは求婚の捧げ物の代わりなのだろう。目をしばたたかせるアンジェラに「あの。別にパパと結婚してとまでは言いませんわ」と、少しだけ困ったように言う。メロディの後ろでコンラッドがショックを受けたようなジェスチャーをするので、そのおどけた演技にアンジェラは少しだけ噴出しそうになった。
「ねえ、メロディ。わたくしがママになるってことは、ナタリーはあなたのお姉さんになるわよ? もうすぐ赤ちゃんが産まれるからメロディは叔母さんってことになってしまうけど、それでもいい?」
少しだけいたずらっぽくそう尋ねると、メロディは目を丸くした後、勢いよく頷いた。
「私の弟や妹が生まれるのでも嬉しいけれど、甥や姪でも大歓迎だわ」
キラキラ光るメロディの灰色の目が、興奮で微かに青みを帯びている。
「そう? でも、あなたのパパはどうかしら。メロディが私の娘になってしまったら、パパは寂しいんじゃないかしら」
こっそりとコンラッドに目をやると、二人のやり取りに笑いをにじませていた彼の目と合う。コンラッドの口元が一瞬大きく弧を描いたあと、彼は至極真面目な顔でアンジェラの側に跪いた。
「ああ、アンジェラ。でしたら私と結婚してください。花や捧げ物はイリスに戻ってからになりますが、どうかこの求婚を受けては下さいませんか?」
「――パパ、そこはちゃんと好きですって言って!」
こっそりとメロディに叱りつけられ、コンラッドは「アンジェラ。愛してます」と真面目な顔のまま付け加える。
エドガーとマリオン以外が息を飲んで二人を見つめる中、アンジェラは少しだけ考えるふりをしてからコンラッドの差し出した手を取った。
「はい、コンラッド。喜んでお受けします」
一瞬の静寂のあと、メロディとライラの悲鳴が上がり、なぜかシドニーと、少し離れていたところにいたサシャや彼女についていた女性騎士までが涙ぐむのが見える。
「アンジェラ様、本当にパパと結婚してくださるの?」
一通り悲鳴を上げたあと、「冗談ではないよね」とでも言うような顔をするメロディに、アンジェラは「ええ、結婚します」と笑った。
「コンラッド――あなたのパパはね、わたくしの初恋の人なの」
その真実に、メロディたちの悲鳴がまたもや上がり、シドニーが驚いたように「おおっ」と言うのが聞こえる。
だがそのあと、何かに気づいたように不安そうな顔をしたメロディをコンラッドと二人で抱きしめたアンジェラは、
「家族になりましょう、メロディ」
と、はっきり言った。
家族になりましょう。
コンラッドとメロディ、それからグレンやナタリー。血の繋がりはないけれど、愛だけはたくさんある。だから一緒に、大きな大きな家族になりましょう。
◆
お別れは祝福ムードの中で行われた。
転移のためにコンラッド、メロディ、シドニー、ライラ以外は館の外に出たのだが、サシャ達が近くで花を摘んではアンジェラの足下に置き、ドレスの裾に口づけをする。その、貴人への敬意をあらわす行為に一番面白がったのがマリオンで、
「そのままにっこり笑って受けときなよ」
と愉快そうに笑った。
大魔導士の慶事に立ち会えたことが、今後の吉兆を表していると喜んでいる人間たちの姿に、マリオンの中で溜飲が下がる思いらしい。
(ああ。偶然とはいえ、このことで、マリオンの中の思い出が浄化されているんだわ)
そう感じたアンジェラは気恥ずかしいのを精一杯我慢する。窓からメロディが楽しそうに見ているので、彼女を喜ばせるためにも微笑みを浮かべて祝福を受けた。
最後にエドガーまでが彼らの真似をしてドレスの裾に口づけたので苦笑したけれど、後ろからメロディが「エドガー様とは私が結婚してあげますわ」と叫ぶので、思わず笑ってしまった。
メロディに言わせると、失恋したエドガー(誰に?)には、自分がいるから元気を出してとのことらしい。
「私はアンジェラママの娘になるんですもの。きっと素敵な女性になりますわ」
と胸を張るメロディに、エドガーが面白そうに笑う。
「先生。そういうことらしいんで、アデルには、学園で俺の伴侶探しはしなくていいって言っておいて」
彼が明らかに笑うのを我慢しながらそんなことを言うので、アンジェラはコンラッドと目を合わせ、一度頷きあってから「そうね、エドガーもすでに家族ですものね」と意味深に、にっこりと笑っておいた。
「えっ?」
「ふふ、楽しみね」
「えええっ?――――って。うーん、まあ、いいや。十年後を楽しみにってことにしておこう」
(あら、本気?)
冗談とも本気ともつかない表情で、二人してにっこり笑い合う。
みんな今は面白がっての軽口でも、五年、六年先のことは分からない――そんな気がするから。
「アンジェラ様、時間です」
トーマが合図をする。使える時間は十分にも満たないため、アンジェラはコンラッド達に頷きエドガーに手を振ると、ヴィクトリアの力を頼りに、ためらうことなくイリスに戻った。
「おかえり、アンジェラ」
ヴィクトリアの呼びかけに頷くと、アンジェラは間髪を入れず館ごと包むイメージで一気に引き上げ、コンラッドたちを元の場所に戻す。
ウィング家にはヴィクトリア以外に、彼女の夫ジョナスや、グレンやナタリーたちが総出でその様子を見守っていたけれど、大きな稲妻が何度か光った以外、まるですべてが夢だったかのように元に戻った。
そして、それから約一か月後――。
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