第42話 繋がり
トーマとサシャだけが館の中に入り、護衛騎士たちは外で待機することになった。腕を組んだまま無表情で迎えの集団を見ていたマリオンに、アンジェラは安心させるよう微笑んで見せる。どうやら少し警戒をしているようだ。
「マリオン、あなたも入りましょう」
「うん」
リビングには二人の魔術師と、コンラッド、アンジェラ、エドガー、そしてマリオンが席につく。メロディは自室待機なので、ライラに一緒についていてもらった。シドニーも一通り飲み物などの準備をした後、ドアの外に出る。
エドガーは新たにタブレットを持っていくぐらいで、あとは特に荷物がない。元々持っていた荷物は騎士の一人が持ってきてくれた。
「勇者殿が無事見つかりましたし、あとは、この館と客人を送り返すだけなのですが」
少しだけ緊張しているような固い声のトーマに、コンラッドが微かに眉を上げる。
トーマとサシャの話によれば、召喚によって呼べるのは本来前勇者の血と、ある特殊な能力を引くものだけだという。
「本来ならそれはエドガー様と、アデル様だけでした」
むしろエドガーよりもアデルのほうが呼びやすいくらいだったということに、エドガーが「それは内緒だから」と渋い顔をする。それもそうだろう。アデルは剣も使えない、ごく普通の女の子なのだ。
「アンジェラ様にも、近いものが見えますね?」
さすが大魔導士だと言うトーマの横で、サシャがまじめな顔でじっとアンジェラを見つめた。彼女の目が潤んでいるように見え、アンジェラは内心首をかしげる。
「そちらのエルフは、一緒に送り返す一人ですか?」
名前以外紹介しなかったマリオンを指し、トーマが判断がつかないような表情になった。
「いや。ぼくはエドガーと一緒に行く。よろしくね、トーマ、サシャ」
マリオンの言葉に、エドガーが驚いたように彼女を見る。
サシャまで呼び捨てされたことにトーマが一瞬ピクリと眉を動かす。一方サシャはスッと立ち上がってソファの横で膝をつくと、胸に手を当てて首を垂れた。
「こちらこそ、願ったり叶ったりでございます。マリオン様、どうぞよろしくお願いします」
「サシャ様?」
「トーマ。マリオン様を見て分からない? 彼女は前勇者リンジーと縁が繋がっている方よ。おそらく、前魔王戦で行動を共にされた方。違いますか?」
膝をついたままで話すサシャに、マリオンは一瞬虚を突かれた顔をした後、微かに緊張を解いた。
「さあ。ぼくはヒトよりは長く生きているから、会ったことがあるかもね」
エルフのイタズラっぽい表情にサシャは何か得心したように深く頷くと、嬉しさをこらえきれないかのように微笑む。
次に彼女はアンジェラの側に来て補修してもらったばかりのドレスの裾を手にすると、そこに口づけた。
それは最大級の敬意の表れで、アンジェラは愕然とした。
「サシャ様、おやめください」
「いいえ。アンジェラ様。あなた様からあふれる波動は癒しの力。エドガー様の力を解放してくださってありがとう存じます。城に来ていただいてからそれを行うための準備を整えておりましたが、すでにアンジェラ様がしてくださったと伺っております」
そのために大掛かりな準備をしていたことを話すサシャの目は尊敬の色に輝いていて、アンジェラはさらに居心地悪くなる。だがサシャの次の言葉に、アンジェラはきょとんとした。
「このような大魔導士様にお目にかかることが出来て、本当に光栄ですわ。アンジェラ様、今後もどうか、あちらの世界からエドガー様をお守りくださいね」
「あちらの世界?」
「ええ。今回は引っ張ってしまいましたが、アンジェラ様がエドガー様の戻る地にいることで、安定した力を保つことが出来ます。そのように整えて下さったのですよね?」
(いえ、そんなこと全然考えてませんでしたわ)
「アンジェラ、何キョロキョロしてるのさ。気付いてなかったの?」
「マリオン、これ、どういう意味なの?」
「え? アンジェラとエドガーは、なんというか、同じ系統の魔力、師弟関係? まあ、そんなもので繋がってる。それはいい?」
呆れたようなマリオンに、アンジェラはこくこくと頷く。
「アンジェラの元々いるべき世界とここは、アンジェラの力によって繋がっている。それもいい?」
「えっ?」
驚いて思わず大きな声を出したアンジェラは、同じように驚いているコンラッドと、「そんなことだろうと思った」というエドガーを交互に見る。
「わたくしのせいで、エドガーは召喚を受けることになってしまったの?」
「わたくしのせいというか、おかげかな。アンジェラがいなかったら、リンの時のように突貫工事で
「はい、その通りです。エドガー様の力の解放の後で門を作る予定でしたが、不測の事態により、川の水が海に流れるようにアンジェラ様達を引き込んでしまったのです。わたくしどもの考えが甘かったがために、本当に申し訳ないことをいたしました」
頭を下げるサシャの前で、アンジェラの全身から力が抜ける。
「もしかしてわたくしは、イリスにいたほうがエドガーの役に立つの?」
その呟きに、エドガーが驚いたように目を見開いた。
「先生、まさか俺と一緒に来てくれるつもりでしたか? いや、もちろん歓迎だけど。それはそれですごく嬉しいし、絶対守るし、なんなら嫁にっ――――いや、でも俺、閣下に殺されるか」
身を乗り出すようにして軽口を連発したエドガーは、コンラッドの小さな咳払いに冷静になったのか、きちんと座りなおして苦笑した。それにつられてアンジェラも小さく微笑む。
この子の笑顔と心を守るためそばにいるつもりだったのに、離れたほうがいいと言われたことに正直複雑に心が乱れた。
「でも、この館ごとイリスに戻すのは大変でしょう」
「はい。一度には難しいです」
サシャ達こちらの魔術師とヴィクトリアで色々な方法を模索した結果、押し上げるよりも引き上げるほうが確実で、かつ負担が少ないだろうという結論に落ち着いたという。
「ただ、こちらから送り返せるのはエドガー様だけです。でもそれでは二度と来ていただくことが出来ません」
エドガーの召喚の道は一往復だけのようだ。
アンジェラとしてはそれでも構わないと思ったけれど、エドガーは首を振る。
「でもアンジェラ様でしたら、ヴィクトリア様と協力をしてあちらに送ることが出来ます。そこからこちらの方々とこの建物をアンジェラ様が引き上げて下さい。ご負担をおかけすることになりますが、確実に戻すにはほかに方法がないのです」
サシャ達の話を聞いて黙り込んだアンジェラを、コンラッドが気づかわしげに見て、ぎゅっと手を握ってくれる。その暖かさを感じながらも、アンジェラの中に色々な思いと不安が渦巻いていた。
(この体を二つに分けられたらいいのに)
「先生、ちょっといい?」
突然エドガーがそう言うと、アンジェラの答えも待たずにアンジェラを肩に担いだ。
「え、エドガー?」
「姫さん達、俺、先生と話があるから少し待ってて。閣下も来て。あ、マリオンも」
そのまま外に出ようか悩んだらしいエドガーが少し逡巡すると、気を取りなおしたようにリビングの反対側のコーナーへ移動し、パーテーションで空間を区切った。
「閣下、あれお願い」
口の動きでコンラッドに音を遮る魔法を頼むと、ようやくエドガーは呆然としているアンジェラを下ろした。
マリオンが少し面白そうに、「アンジェラ、だいじょうぶ?」と顔をのぞき込む。
「だいじょうぶ。び、びっくりしただけ」
荷物のように担がれたのは、今世では初めてだ。片腕で簡単に抱き上げられたことに、まだ理解が追い付かない気がした。
(エドガーは前世持ちではないわよね? マリオンも何も言ってないし)
セシルだった頃初めてリンに会ったとき、同じように担いで歩かれたことを思い出した。エドガーはまだリンより背も低いし肩幅だって狭いのに、同じことをするのは、もしや血なのだろうか。
「さて先生。ちょっと話をしようか」
「話? ええ、いいわよ。なに?」
まるでいっぱしの大人の男のようなエドガーの目に、(前世持ちじゃなくて、もしや人生二周目?)などと考えていたアンジェラは、エドガーから呆れたように睨め付けられた。
「これは俺の予想だけど、先生、まさかこの館をイリスに戻したら、今度は一人でこっちに戻ってこようとか思ってるわけじゃないよね?」
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