シュート!
忍野木しか
シュート!
全国高校サッカー選手権、都大会予選。
後半戦、東山高校の右ハーフ、相澤純平はセンターラインを駆け上がった。司令塔の藤木秋斗は「純!」と声を上げ、絶妙なロングパスを送る。高校からサッカー部に入部した純平はトラップが苦手だった。だが、この時は自分でも驚くほどすんなりとボールが足に伝わった。体が軽い。前方にはもう敵はいなかった。
決めてやる! 純平は夢中で走った。奥手でサッカー経験の浅い純平は、他の部員のプレイに劣等感を持ち、いつもサポートに回っていた。
今日は違うぞ! 俺が決めるんだ! 純平は顔を上げてゴールを見据えた。すると、相手のキーパーがやけに背が高いことに気づく。ゴールの半分が隠れて見えない。そして敵の守備と味方のフォワードが入り乱れながら走ってくるのが見えた。
「純! 決めろ!」
秋斗は叫ぶ。だが純平は迷ってしまった。決めるか繋ぐか。確実なのはどっちだ?
中途半端に蹴られたボールはふわりと弧を描き、ゴールポストに当たった。それが試合における純平の最後の見せ場だった。その後、一点差で都立東山高校は敗退した。
「純平くん、おはよ」
荻野ゆいなは、透き通るような高い声で微笑んだ。夏服の袖からは小麦色の二の腕が見えた。
「お、おはよ」
純平はさっと目を伏せた。ゆいなは女友達と会話しながら学校へと入っていく。純平はその後ろ姿を目で追い、のそりと校門をくぐった。
グラウンドで額に汗を流していた秋斗は、純平に気がつくと走り寄った。
「純、朝練はどうした?」
「いや、勉強しててさ」
「もうすぐ試合だぞ? 去年の雪辱を晴らそうぜ!」
秋斗はにっと笑うと親指を立てた。純平は首筋がカッと熱くなる。
「いや、俺はいいや。どうせレギュラーじゃ無いし」
「まだ分からんだろ?」
「分かるよ。俺、活躍したことねーしさ、下手だし」
「別に下手なんかじゃないさ。純は足も一番早いし、もっと積極的になればチームの要にだってなれるぞ」
純平は苦笑した。秋斗は一年生の頃から、同じような事を純平に言い続けて来たのだった。
「いや、ごめん。やっぱ無理だ」
「おい、純!」
純平はそれ以上会話を続けたくなくて、そそくさと学校の中に入っていった。
昼休みになると、秋斗がまたやってきた。純平は友達と話すゆいなの横顔に見惚れており、秋斗に話しかけられて驚く。
「な、なんだよ?」
「どっちにするんだ?」
秋斗は前の席に座るとニヤニヤと笑った。
「どっちって?」
シュートかパスか。純平は忘れがたいあの時の記憶が頭に浮かんだ。
「試合に出るか、告白するかだ」
「はあ?」
純平は驚いて声を上げた。ゆいなは驚いて純平たちの方を振り向く。
「な、なんだよ、いきなり」
「お前は好きな人がいて、それで練習に集中できないんだろ?」
「違うわ」
「その人に告白するか、試合に出るかを選べ」
「だから違うってば」
「じゃあ俺が荻野さんに告るぞ」
「えっ?」
それは駄目だ。純平は焦った。秋斗が告白すれば成功するかもしれない。
「なあ、秋斗……」
「純! 決めろ!」
告白か試合か。確実なのはどっちだ?
「じゃ、じゃあ、練習するよ。試合に出れるか分からないけど」
「出れるさ。迷わず、がむしゃらにやれば必ず出れる!」
秋斗は笑った。純平も照れ臭そうに笑う。
「ああ、今度は迷わないようにするよ」
「頼むぜ、純!」
「おう」
「よし! じゃあ告白はその後だな」
秋斗は下手くそなウインクをした。純平は驚く。
「二つは無しだろ?」
「有りさ!」
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