散歩(2)

 結局本屋に行っても特に買いたいものもなかったから、ある程度時間をつぶしてモールから出てきた。面白そうな本はあったけど、全部買っているとお小遣いが持たない。

 ふと、スマホを取り出して時間を確認する。家を出てから一回も確認してなかったから、どれぐらい時間がたったのかはわからない。

 まだ家に帰るには早いから、もう一度近くを散策。慣れた道の思わぬ発見を探そう。

 そういうものはほとんどないのはわかっていたから、10分無駄に過ごした結果になっても特に何も思わなかった。

 散策を始めたモールの入り口前に戻ってから次に何をするかを考える。

 いつだったか、今週の平日に思い出した小学校の総合学習を思い出す。

 ここから高校までは整備された道、ここから駅までは整備されていない町。今も無意識のうちに整備されたほうばかり通っていた。

 折角だし、駅のほうへと足を向ける。

 ここから先の元漁師町は、誰の手も入らず勝手に発展していたため、普通の寂れた街という様態だ。

 駅はなぜかかなり奥に作られたため、大通りから駅まではそれなりにきれいで広い道が通っている。でもその道は運搬用の車両とか業務優先で造られたため、綺麗とはいえ歩くには適していない。

 それでも歩けないほどではないし、大通りと比べるとかなり狭いものの歩道もあるから一路駅へと歩む。

 とりあえず駅までついた。この駅はもともとの運行量やダイヤの関係で基本的に電車が途切れない。

 ただしあまり大きな音を鳴らし続けないようにいろいろ工夫しているらしい。ショッピングモールのところまで行くと、ほとんど聞こえない。

 駅まで来たところで、何かすることを見つけたわけではない。回れ右して帰ろうか。

 今度こそ本当に磯の香りがした。

 そういえば海というものを私は見たことがあっただろうか。

 あるはずだと思っていたけど、よく考えるとないかもしれない。

 私の人生は街のほうの香貝町に9割9分を占められている。そこからだと、ショッピングモールやビルに遮られて、駅あたりは少しも見えない。

 おじいちゃんおばあちゃんの家も海と逆方向の山を越えたとこにあるし、町の外に出かけるときももっぱら山のほうへ行く。

 電車なんて滅多に使わないから、駅まで来たことすら数えられる程度かもしれない。


 思わなければ思わないもの。久しぶりに実感した。狭い世界の中で生きる自分に。

 今のように斜に構えた見方をするようになったのも、そういえばこういう経験があったからだ。あまりにも狭かった自分の視野に辟易し、せめて人並みに大きな規模の人生を送りたいと思い、戒めるようにつぶやいた。

 ‘‘思わなければ思わないものだ。’’ ‘‘慣れれば考えないものだ。’’

 いつからか私の中にいたこの言葉のルーツを思い出した。尤も、元となった経験は今となっては思い出せない。もはや私の中では常識となったか、あるいは忘れてしまったか。思い出せないのはなんとなく嫌で真剣に考えていた。結局思い出せない。


 くだらないことを考えていたら、それまで何を考えていたか忘れてしまった。

 何か結構重要なことだった気がするから、もやもやする。

 いつの間にか動いていた私の足は、来た道そのまま、モールのほうへと向かっていた。そろそろ家に帰ってもいい時間だろう。

 ここら辺はろくに開発されてないとはいえ、腐っても大規模な駅の前。それなりの数のビルがあるし、店も多い。脇道にそれたら、そんなものなくなるけど。

 もやもやを抱えながら、ただ歩く。

 なんだかんだ今日一日は歩きっぱなしだったから、少し疲れた。それでも部活よりはましだと自分をごまかしながら、

歩く私は、

何の気なしに、

上を見上げて、

腑に落ちたような違和感を感じた。

 何が腑に落ちた?

  思い出した。

 何の違和感?

  目の前にあるビル。

 何を思い出した?

  さっきまで考えてたこと。海のこと。

 なぜ違和感?

  ビルがおかしい。

 何がおかしい?

不意に感じた違和感に自問自答を繰り返しても、うまく言語化できなかった。

 私の目の前にあるビル。駅からだいぶ離れたけど、ショッピングモールにはまだ遠い。特別古くはないけど、新しいわけでもないから、この町の開発と一緒に建てられたんだろうけど。このあたりにまでは開発の手が伸びないことを知らない人が建てたのだろうか。高層ビルとは違う、五、六階程度の陳腐な建物。おしゃれな感じはなく、ただのコンクリ。それでも周りの家々とは大きさが違う。一つぽつんと、不自然に高い。

 そんなビルの壁一面。

 私の視界に入る。

 私の意識を奪う。

 なぜか食い入るように見てしまう。

 なぜか違和感を感じる。

 ただの壁だ。不思議なところはない。のっぺりと、でこぼこして、少し汚れて、ただの壁。一面の壁。壁でしかない。壁だけ。

 かべだけ。だけ。壁だけ。かべだけ。

 ようやくわかった。壁だけなことに違和感を感じた。窓がない。

  一つだけ高い建物。私の高校よろしく、景観はそれなりのはず。窓が一つもないのは流石におかしい。

 いや、一つもないわけではない。回り込んで壁の違う面を見ると、普通に窓があった。

 なら普通か。いや違う。

 私はただ駅のほうからまっすぐ歩いていたわけだから、さっき見た壁は駅側の壁だ。窓があるはずの位置だろう。

 ここから駅まで、一度も曲がっていない。大きめの一本道を歩いてきた。

 駅のほうの様子を見たり、駅近くの商店を確認したり、海を眺めたり。駅側の壁にこそ窓が必要だろう。

 そこまで考えて、私は静かに首を振った。こじつけにすぎない。そういうこともあるだろう。第一、このビルの中の様子も知らないのに、何を言っているのか。

 改めてこのビルを見たら、そこまで不思議に思うようなことでもないような気がした。

 デジャヴとか、そんなものの一種だったかもしれない。急に今見ている景色に疑問を持つ。よくあることだ。

 何か新しい発見を求めている、私の場合は特に。

 気づけば、私も町も赤く染まっていた。夕焼けだ。

 思っていたよりも遅い時間になってしまったかも。

 止まっていた足を、今度は気持ち早めに動かす。

 遅くなりすぎると、何か言われるかもしれない。

 足をどれだけ動かしても、頭は自由だからたまに上を見上げた。

 ぱっと確認した限り、窓はかなり少なかった。曲がってからは増えた。

 脳はそんなに自由じゃないから、疑問のような違うような、種のようなものがもやもやと転がるままだった。

 ようやくショッピングモールの姿が見えてきたとき、疑問の種は発芽した。

 のっぺりと、でこぼこして、少し汚れて、ただの壁。一面の壁。壁でしかない。


 

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