死神ミミミの初仕事

ビト

「これが君の初仕事になります」

「みー。私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」

「人数は百人、期限は現界基準で十年間」

「みー。十年間で百人、私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」

「罪の意識に囚われる哀れな魂を解放してあげなさい」

「みー。存在意義に従って、私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」



「あー、それと――――


 くれぐれも……人間に情など抱かぬように」



 みー。

 小動物の鳴き声のような返事を溢して、死神少女は底なし沼に身を投げた。







 インターホン。呼び鈴。鳴らす少女の表情はあどけない。

 腰まで伸びる銀髪を乱雑に掻き毟る。さっきからきっかり一時間ごとにインターホンを鳴らし続けるが、傷だらけの扉が開くことはない。やがて、ついに観念したか、少女は無遠慮にドアノブを握った。


「みー。開いてる……ラッキー」


 捻って、開ける。ギチギチとぎこちない感触。相当年季の入ったもので、ろくに整備もされていないのだろう。埃なのか油なのか判別しづらい汚れに少女は顔を顰めた。


「お邪魔します」

「な⋯⋯んだよ、ぉ?」


 少女はペコリと頭を下げる。まさにだった。

 痩せ細った髭面の男性が少年を組み伏せて顔を殴っていた。幼い裸体には無数の青痣が。口の端から血を垂らしながら少年は泣き叫んでいる。

 その口から溢れていたのは、謝罪の言葉だった。

 男は少年を乱雑に投げ捨て、闖入ちんにゅう者に目線を投げる。


「ぉ前! 不法侵入か、ぁあ!?」

「中川潤さんですか?」

「だったら! なんだぁあ!?」


 想定外の事態に、男の舌はもつれていた。見られてはいけないものを見られてしまったのだから当然だ。男の頭には、色んな対応策が浮かんでは否定されているに違いない。

 男は父親だった。

 目の前の少年の。

 銀髪少女は『リスト』に目を落とす。あった。殺すべき獲物だった。現代の死神に鎌なんて必要ない。親指の付け根まで覆う袖からカッターナイフを取り出す。傷つけたのは自分の肌。血の滲んだ指を男の口に突っ込む。


「んぐっ、て⋯⋯めぇ、何を!?」


 それが男の最期の言葉になった。全身の穴という穴から血液を噴出して生命活動を終える。少女は不快そうに眉を寄せた。


「みー。汚いなぁ⋯⋯⋯⋯ね、水道どこか知らない? 水道、知ってるよね?」

「あ、あっち⋯⋯⋯⋯」


 少年が指差した方に少女がすっ飛んでいく。男の唾液と歯糞を流すのに丸々五分もかけた。ボサボサの銀髪を振り乱しながら戻って来た死神少女に、少年は言った。


「ぁ、ありがとうございます!」

「みー? ぅん、どういたしまして⋯⋯?」


 お礼を言われた時にはこう言うのだ。マニュアルに従って少女はそう応えた。


「殺した人間の子供から感謝されるなんてね」

「き、きみ⋯⋯あな⋯⋯た、は名前はなんと」

「みー、みー⋯⋯みー⋯⋯⋯⋯」


 少女はマニュアルにない事態に困惑する。


「貴女の、名前は⋯⋯?」

「みー⋯⋯みー、みー?」


 死神に名前なんてない。だから少女はこの返答に大いに戸惑った。


「ミミミ? ミミミさん、ですね⋯⋯?」

「ミ!? さん、なんて⋯⋯ミミミって、呼んで⋯⋯⋯⋯⋯⋯呼び捨てで」


 テンパった上に訳の分からないことを言ってしまう。


「うん、ミミミ⋯⋯⋯⋯は、他の場所でも⋯⋯、するの?」

「みーー、うん。仕事だからねぇ⋯⋯」


 二人は血溜まりに沈む男を見下ろす。少年の目には興味の色が灯っていた。


「ぁ、あのさぁっ!!」


 声を張り上げる少年に嫌な予感を抱く。


「俺も一緒に連れってくんねぇ!? 面白そうなんだ!!」


 上擦った声に、少女は額を抑えて呻いた。ものすんごい面倒そうな顔をして、一言。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いいよ」


 どうして、一緒に連れて行こうとしたのだろうか。

 ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべる少年に何を見たのか。死神ミミミは分からない。まさか、初めて会話した男の子だからではあるまい。


「みー。待つの好きじゃないんだけど⋯⋯」


 男の亡骸の前に座り込む少年。血濡れの顔をペタペタと触っている。


「みー。汚いよ⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」


 トタトタ走り寄ってきた少年を一瞥。


「みー。手、洗って」

「うん」


 綺麗さっぱり。

 三回もダメ出しを食らって、ようやく死神におぶさる許可が出た。頭一つ分小さい温もりに少女は身震いする。


「どこいくの?」

「エジプト」

「ぇ」


 死神少女は垂直に三千メートル飛び上がった。

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