死神ミミミの初仕事
ビト
起
「これが君の初仕事になります」
「みー。私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」
「人数は百人、期限は現界基準で十年間」
「みー。十年間で百人、私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」
「罪の意識に囚われる哀れな魂を解放してあげなさい」
「みー。存在意義に従って、私は『リスト』にある名前の人間を間引きます」
「あー、それと――――
くれぐれも……人間に情など抱かぬように」
みー。
小動物の鳴き声のような返事を溢して、死神少女は底なし沼に身を投げた。
◆
インターホン。呼び鈴。鳴らす少女の表情はあどけない。
腰まで伸びる銀髪を乱雑に掻き毟る。さっきからきっかり一時間ごとにインターホンを鳴らし続けるが、傷だらけの扉が開くことはない。やがて、ついに観念したか、少女は無遠慮にドアノブを握った。
「みー。開いてる……ラッキー」
捻って、開ける。ギチギチとぎこちない感触。相当年季の入ったもので、ろくに整備もされていないのだろう。埃なのか油なのか判別しづらい汚れに少女は顔を顰めた。
「お邪魔します」
「な⋯⋯んだよ、ぉ?」
少女はペコリと頭を下げる。まさにお取り込み中だった。
痩せ細った髭面の男性が少年を組み伏せて顔を殴っていた。幼い裸体には無数の青痣が。口の端から血を垂らしながら少年は泣き叫んでいる。
その口から溢れていたのは、謝罪の言葉だった。
男は少年を乱雑に投げ捨て、
「ぉ前! 不法侵入か、ぁあ!?」
「中川潤さんですか?」
「だったら! なんだぁあ!?」
想定外の事態に、男の舌はもつれていた。見られてはいけないものを見られてしまったのだから当然だ。男の頭には、色んな対応策が浮かんでは否定されているに違いない。
男は父親だった。
目の前の少年の。
銀髪少女は『リスト』に目を落とす。あった。殺すべき獲物だった。現代の死神に鎌なんて必要ない。親指の付け根まで覆う袖からカッターナイフを取り出す。傷つけたのは自分の肌。血の滲んだ指を男の口に突っ込む。
「んぐっ、て⋯⋯めぇ、何を!?」
それが男の最期の言葉になった。全身の穴という穴から血液を噴出して生命活動を終える。少女は不快そうに眉を寄せた。
「みー。汚いなぁ⋯⋯⋯⋯ね、水道どこか知らない? 水道、知ってるよね?」
「あ、あっち⋯⋯⋯⋯」
少年が指差した方に少女がすっ飛んでいく。男の唾液と歯糞を流すのに丸々五分もかけた。ボサボサの銀髪を振り乱しながら戻って来た死神少女に、少年は言った。
「ぁ、ありがとうございます!」
「みー? ぅん、どういたしまして⋯⋯?」
お礼を言われた時にはこう言うのだ。マニュアルに従って少女はそう応えた。
「殺した人間の子供から感謝されるなんてね」
「き、きみ⋯⋯あな⋯⋯た、は名前はなんと」
「みー、みー⋯⋯みー⋯⋯⋯⋯」
少女はマニュアルにない事態に困惑する。
「貴女の、名前は⋯⋯?」
「みー⋯⋯みー、みー?」
死神に名前なんてない。だから少女はこの返答に大いに戸惑った。
「ミミミ? ミミミさん、ですね⋯⋯?」
「ミ!? さん、なんて⋯⋯ミミミって、呼んで⋯⋯⋯⋯⋯⋯呼び捨てで」
テンパった上に訳の分からないことを言ってしまう。
「うん、ミミミ⋯⋯⋯⋯は、他の場所でも⋯⋯こういうこと、するの?」
「みーー、うん。仕事だからねぇ⋯⋯」
二人は血溜まりに沈む男を見下ろす。少年の目には興味の色が灯っていた。
「ぁ、あのさぁっ!!」
声を張り上げる少年に嫌な予感を抱く。
「俺も一緒に連れってくんねぇ!? 面白そうなんだ!!」
上擦った声に、少女は額を抑えて呻いた。ものすんごい面倒そうな顔をして、一言。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いいよ」
どうして、一緒に連れて行こうとしたのだろうか。
ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべる少年に何を見たのか。死神ミミミは分からない。まさか、初めて会話した男の子だからではあるまい。
「みー。待つの好きじゃないんだけど⋯⋯」
男の亡骸の前に座り込む少年。血濡れの顔をペタペタと触っている。
「みー。汚いよ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」
トタトタ走り寄ってきた少年を一瞥。
「みー。手、洗って」
「うん」
綺麗さっぱり。
三回もダメ出しを食らって、ようやく死神におぶさる許可が出た。頭一つ分小さい温もりに少女は身震いする。
「どこいくの?」
「エジプト」
「ぇ」
死神少女は垂直に三千メートル飛び上がった。
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