処刑者は天使と旅をする

フミンテウス

《0》

Chapter-1 巨塔の天使


巨塔の入り口に象られた,

数多の怪物達の彫像がある。

それらは塔主が来訪者に誇示する戦績か,

架空の彫像であるか。

回廊に理想郷じみた音節が響くかと

身構えたが,無音のままである。

楕円形のアーチが男を誘い上昇する。

咳払いと葉巻のセットを一擲。

其は乳白色で全景を固めた"塔"の内側,

長方形と楕円の世界である。

機構が上昇する...詩の才覚と精神性の透徹。


男は理解していた。

美しき格率を示さねば,

彼は即座に天使に焼かれるのだと。


恐ろしい。


人智を超えた美学に到達すれば,

もはや通常の死生観の理から外れる。

聖なる存在そのものとの対峙を前に,

鼓動は速くなり,冷や汗が出る。

上昇が止まる。男は歩き出し,光の当たらぬ暗部に無数に転がりし残骸...恐らく何かの屍だろうが...には一瞥すらせず,奥の扉を開けた。

天使が,人骨の脚立に腰掛けながら,

自らの藝術に手直しをしていた。

その藝術とは,絵画であった。

全長30mに及ぶ,さながら叙事詩の唄。

その絵画には,

血と人体が塗り固められていた。

肢体が蠢いている。

聖油で固定された裸婦,幼児,壮年の男達がアーチを形成している。

絵画の下層にはもはや,血の塗料に沈澱し尽くした肉体が発している,最後の息吹として観衆に伸ばした掌が,放射状に彩られ輝いていた。


"君も,僕の藝術に加わりに来たのかい?あと5人は入りそうだ。"


"いや,第3位階天族やらの美学の腕前を見物しようと思ってね。"


微細な埃を取り除き,天使は旅人に向き合う。好奇心に,燃ゆる両眼。


"この絵画の人柱はね,全員自ら志願して僕の藝術の一部になったんだ"


塗料に手足を呑まれ,胴体と顔のみが露出した,浅黒い老爺が呻く。


"ほら,彼を見て。まだ人間界の意識があるよ。声を聞いてごらん"


老爺が首を傾げ,天使は羽毛の先端より吸血しながら断末魔を"聞く"。


"天使様...おお...私の様な羊飼いは,貴方様と出会えて幸せでした..."


"アウラ,下賤の身に産まれた迷い子よ...次は夢想界で舞おうね"


天使に渡された美酒を飲み干し,羊飼いは安らかに永眠し,微笑した。

震える程に,匂いも悪意も莫く,

人間絵画は貴賤莫く,人柱を併呑する。

男はさほど興味も無さげに...葉巻を咥え,

燔祭を終えた天使は尋ねる。


"さて...客人よ,僕は美しいか。僕の藝術は怖いか。悍しいか。"


男は天使の眼光を見据え,激昂させぬ最適解の言霊を弾き出した。


"まあ,絵画に人柱を使うのならば,青年の比率を増やした方が良いな"


"あくまで細部の世界に徹するか。面白い。僕,君が好きみたいだ!"


天使は作業台から降り,

間髪入れずにその男に走り寄り,抱き締めた。


"ねえ,君の名前を教えて。君の歴程...どんな世界にいるのか知りたい"


声の主は愛想無く呟いた。"ノイルだ。お前を戦力に加えに来た。"


"君の思考の次元に追いついてみたいな。どんな光景なんだろう..."


エノク語を認識内に再現し,

人間地上界と意識界を《接続》してみる。

天使は,彼の藝術に人柱として用いられた霊に囲まれ,微笑っていた。

帝都設立より遡る事,

数百年前の出来事である。

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