第3章 胸騒ぎの青嵐

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 俊達が住む県東から県都までは鉄道でローカル線で一時間ほど。新幹線も並走しているが、よほどのことがなければこの距離では利用しない。一方、車でも高速道路を使えば一時間かからないため、運転手と頭数があればこちらの方がリーズナブルである。


 県都なだけあってバス路線も充実しているため、駅から主要な観光施設に赴くにはそれほど苦労しないが、リニューアルした歴史博物館が市街地からかなり外れた場所にあり、慣れないと行き来に少し苦労する。実は高速道路のインターチェンジのすぐ近くにあるため、断然車の方が利便性が良い。

 もともと観光バスやマイカーでの利用がしやすいよう大型駐車場も完備されている。なのでナビに頼ることもなく、案内板だけで簡単にたどり着くことができた。


「ひゃあ、きれいな建物! あ、あれ、プラネタリムかな?」

 リニューアルオープンしたばかりの真新しい白い建物に向かって、真美がやや興奮気味に歩を進める。


「ね、プラネタリウムは上映時間決まってるから、それを基準に時間決めましょう? 基本は二番組編成で、今の時期は『春夏の星座物語』と『日食・月食の仕組み』ですって! あ、学生証持ってきたよね? 休日は大学生まで含めて入場料金格安なんだから!」

「……下調べすごいね。ちゃんと持ってきたけど」

 あまりの勢いに、和矢がやや引き気味に答える。


「次の上映開始は一時間後ね。うん、それまで自由に回って、時間になったらプラネタに集合しましょ。あ、別にそろわなくてもいいけど。で、十二時くらいにまたここに集合でいい?」

「それでいいよ。健太、僕らはどうする?」

「ちょっと英人さん! 勝手に健太を連れて行かないで!」

「君も一緒に来ればいいだろう? 加奈もいるし」


 ここまでの道程で一緒にいられなかったのが悔しいのか、英人は勝手に健太と廻ることを決めてしまう。


「分かったわよ。加奈もそれでいい?」

「……ごめんね」

「いいわよ。ずっとライバル達に占領されていて悔しかったんでしょ? 安全運転のために譲歩するわよ。まあ、加奈と廻るの自体は楽しいし」


 どうも今日はEightの主張が強い様子である。健太自身も先週まで仕事で上京していて、今週はずっと試運転という名のドライブデートで真実と一緒だったから、たまには譲ってあげないといけないだろう。一緒に行動するくらい、どうってことはない。


「高天君達は二人で行ってね? 誰かついて行ったりしないでよ?」

「あ、うん」

 俊は素直に答え、美矢もうなづくが。


「そんな無粋なことしないよ、ねえ和矢?」

「そうだね。でもたまたま同じコースかもしれないけど」

 案の定、斎と和矢が本気とも冗談ともつかない茶々を入れる。

 和矢はここ数ヶ月で、かなり性格が悪くなった気がする。美矢に言わせると元々らしいけど。

 でも、絶対斎の影響が大きいと思う。


「ダメ! 反対から廻りなさいよ! 巽君達連れてっちゃってよ!」

「え! 無理です! この二人が僕の言うこと聞くわけないじゃないですか?!」

「無理無理。巽は僕にも和矢にも絶対服従だから。あ、そっちに混ぜてくれるなら、それでもいいよ?」

「こっちもダメ! 絶対来ないで!」

「えー、森本さんにぜひ、古墳時代の出土品について話したいのにな」

「いらないわ! 和矢君に聞かせなさいよ!」


 すったもんだありながらも、巽・珠美ペアに斎・和矢ペアの見張りを押し付けて、分かれて見学を始めた。

 俊と美矢は最初にVR体験に行くらしい。


「VRか、それも面白そうね。後で行く?」

 健太にそう言うと。

「真実、ちょっと」

 少し不機嫌な顔をして、健太は真実を建物の陰に連れていく。

 

 どうしたんだろう? 色々勝手に決めちゃって、まずかった?

「健太?」


 完全に物陰に入ると、健太は突然、真実を抱きしめた。


「え? 健太?!」

「ゴメン。でも、ちょっとガマンできなくて」

 ぎゅっと抱きしめられて、真実の顔が健太の胸に密着する。何とか顔を上に向けるが……顔が近過ぎて思わず目を逸らしてしまう。


 ここ数日二人きりの時間は山のようにあったのだ。けれど、健太はずっと紳士的に対応してきた。真実が許さないから、実はまだ腕を組む以上のことは、していない。

 なのに、なぜ突然?


「あいつらと……あいつと、いつもあんな感じなのか?」

「あいつ?」

「斎」

「何で、斎君?」


 そういえば、さっきはやけに絡んできてたけど。でもあれに近いやり取りは、美術部でも結構するし。


「……ゴメン、分かっているんだ。真実が世話焼きで、そこに斎がわざと絡むから、ああいう対応になっちゃうんだって。真実にとっては、聞き分けのない子供をあやすようなものなんだって。でも」

「そうだよ? ああでも言わないと、聞かないんだもん。単なるお説教だよ?」

「うん、分かってる。でも、不安なんだよ。斎はクラスメートで、同じ部活で、一日のほとんどを一緒に過ごしていて……」


 それを言ったら、和矢や俊だって、同じ部員だけど。まあ、クラスも文理選択も違うし、斎にはテスト対策でお世話にはなっているから、あのメンツの中では確かに接近回数は多いが。


「斎君は、単なる友達だよ? 健太が心配するような関係じゃないから。安心して」

「……うん。分かってる」

 本当はちっとも納得していないのがまるわかりの答えだった。


 どちらかというと健太に振り回されがちな関係で始まった二人だが、最近は真実の方が健太にべったりなところがある。英人への対抗心も大きいと思うが。


 高校生の真実に対して、冗談で構うことはあっても、実際、健太から深い関係を求めてはこない。腕を組んだのだって、真実が自分から行動したことだ。

 真実の周囲にいる男子からそういう話を聞かないし、あの英人でさえやっとキスをした、という程度なので、自分達が特別プラトニックでもストイックでもない、という意識でいたのだが。


「健太、何が不安なの? 斎君、て下の名前で呼ぶから? でも、それは巽君も和矢君も同じだし。そうだよ、あの二人と変わんないよ?」

「変わるよ。だって、斎は……。いや、これはいい。フェアじゃないし。とにかく、俺のわがままだから。今、こうして真実を抱きしめていて、気は済んだから」


「私が済まない! 手、放して!」


 真実がきつい口調で言い放つと、健太はおずおずと手を放す。悲し気にうなだれて。


「ゴメン……」

「バカ!」


 そう言うと、真実は健太の首に両手を回してしがみつく。


 驚く健太に顔を近付けて、真実は唇を合わせる。軽く触れて、すっと離れて。


「……本当は、健太からしてもらいたかったのに、もう!」

「やり直し! 今の! やり直して! 一瞬過ぎて記憶できなかった!」


「ダメ! 今度はちゃんとした場所でないと嫌! ……プロポーズ、してくれるんでしょう?」

「もしかして、聞いてた?」

「聞こえるわよ。あんなところで宣言しちゃって。美矢ちゃんにも聞かれて、恥ずかしいったら……でも、嬉しかった」


 この間からやたら誕生石にこだわるな、と思っていたら、そういう意図があったのか、と納得できた。付き合い始めて初のバースデー記念に指輪を買ってくれると言うので単純に浮かれていたけど。出会った時から変わらず、本当に行動選択がいきなりすぎて。


「真実……」

 再び、真実を抱きしめる健太。


「キスは我慢するから、ハグするのは、いいよね?」

「まあ、もう、しちゃったし。人前でなければ」

「じゃあ、キスもよくない? もう、しちゃったし」

「記憶にないんでしょ? ノーカン!」

「そこを何とか!」

「ダーメ! ほら、加奈達、待ってるよ。行こ?」

 

 グズグズ言う健太を引っ張って、加奈と英人のもとへ戻ると。

 二人の様子が、どことなくソワソワしている。加奈に至っては、頬が赤らんでいる。


 ……これは、見られた? 聞かれた?


 知らんぷりして合流しながら、何となく照れくさくて。

 プラネタリウムまでの時間、全然集中できなくて。


 健太に手を引かれるまま、何を見たのかちっとも覚えていられなかった。

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