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その日、
昼休み後の五時間目に体育があるとはいえ、更衣室は教室のすぐ隣にあるのだが。
クラスメートに絡まれて、何となく居づらかったせいもある。女性比率が多い美術部に入部したことを揶揄した男子生徒と口論になってしまったのだ。別に、入部したこと自体は恥ずかしくもなんとも思ってないが、敬愛する先輩への暴言が許せず、応酬してしまった。
そもそもの発端が、その男子生徒の嫉妬であることは分かっていた。政宗自身は何とも思っていないが、その男子生徒の憧れの対象である先輩に恋人がいることを匂わせてしまったりと、反撃の手段選択には政宗自身もちょっと後悔している。相手も悪いが、自分の対応もマズかった。反省している。
なので、昼休みも一人で過ごしたいと教室を出て、せっかくなら、入部を機に使用を許可された部室を使ってみよう、と思い至った、が。
……先客がいた。もちろん、共有の部屋であるので、それは予想してしかるべきことで。
まだ四月とはいえ、今日は日差しもあり、ぽかぽかを通り越して汗ばむ暑さだ。空調のないプレハブの建物の内部も暑いのだろう。換気のため、ドアは全開になっていた。なので、遠慮せず入っていけばよかったのだが。
「……と付き合い始めて半年だろ、そろそろ」
耳に飛び込んできた、言葉。
聞き覚えのない声。それに続く数人の話し声は、先輩方のものだったから、部員以外の友人も誘って昼食を摂っているのかもしれない。話の内容からすると、どうも高天俊先輩の恋愛が話題になっているようだ。
このまま聞いていてもいいものだろうか? ドアを解放してあるのだから、秘密、というわけでもないのだろうし。しかし、同じ部員同士とはいえ、まだ日が浅く、そこまでプライベートな話題に混ざるほど、関係性はできていない。
すぐ上の学年の唐沢巽は、その人好きする性格も手伝ってすぐ打ち解けたが。
同じ先輩でも、三年生は……少し敷居が高い。中でも高天先輩とは、未だ一対一で話したこともない。というか、入部して二週間弱、本当に最低限の言葉しか聞いていない。
三年生同士だと、こんな風に話すんだ。しかも、恋バナ。その意外性に、何だか親近感が高まった、が。
「……和矢、俊達とは別に、僕らも行かないか?」
これは! 唐沢斎先輩! え?
敬愛する、美術部副部長の唐沢斎の声に政宗は反応する。いや、部屋にいるのは分かっていたが、その内容が!
「俺は絶対行かないからな! 練習あるし! 斎の講釈聴いてたら日が暮れる!」
僕は行きたい! 聴きたい! いえ、拝聴したい!
聞き覚えのない先輩(多分)の言葉に、政宗は反意を示す。
あー! 悩んでないで部室に入ればよかった! そうしたら、僕も誘ってもらえたのかもしれないのに! タイミングを逃してしまい、今更話題に交ざるのは難しい。
でも、情報は入手した。五月三日、県立博物館。
正宗は心のスケジュール帳にしっかり予定を書きこみ。
「……あ、カギ開いてる……失礼しまーす」
会話が途切れたタイミングを見計らって、さも今到着したみたいに、装って。
部室に入った政宗を迎えてくれる高天先輩(真顔だが目礼)と遠野先輩(満面の笑み)、あと、「チッイッス」と笑顔で挨拶してくれる見知らぬ先輩。
斎先輩だけが、チラッと見て、あとは無表情で手元の雑誌に視線を戻す。
ううっ、斎先輩! 僕にも関心を向けてください!
塩対応も、それはそれで、ゾクゾクするが。
毒舌でもいいから、何か言葉をプリーズ!
……そんな心の声は一切表には出さず。
俊並みに感情の分かりづらい大人しい一年生、という印象の美術部新人唯一の男子生徒、木次政宗の本心には、まだ誰も気付いていない、と、政宗は思っていた。
(あ、これは立ち聞きしていたな。俊を見る目が妙に生温かい。というか、この、一年生、斎にスルーされて、めちゃめちゃ落ち込んでいるんだけど。斎の毒舌に耐えて入部した鉄メンタル、って聞いたけど、これは、逆だな。斎の毒舌にハマって入部したんだな、きっと。なんでか、一部にすごい人気らしいからな)
その斎に鍛えられて、ますます人心察知能力が磨かれている正彦は、俊よりよっぽど分かりやすい一年生男子の様子に、こちらはしっかり表には出さず、心の内でため息をつく。
何で、俊の周りには、こんなのばっかり集まるかな? まさか、一部女子の間で妄想されているようなBなラブ、ってわけじゃないだろうけど。単なる後輩としての敬慕かもしれないが、斎に執着している時点で、常軌に逸しそうな気配が漂っている。
ていうか、こいつ、話聞いていたんなら、もしかして、憑いてくるか? 俊のデートに。
憑いてくる、という不思議な脳内漢字変換が誤変換に感じない。
さらに追加された不安要素に、藁にも縋る思いで、正彦は祈った。
せめて、和矢、お前が何とかしてくれよ!
……祈る相手を間違えているような気がするが、あえて無視した。
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