2 根本からずれてる
俺の中では天使と悪魔が戦っている。
「付き合っちゃえよ! 高校の入学式で告白されて彼女持ちとか、カッコよくね?」
悪魔はそう唆し、
「好きでもない相手と付き合うの? あり得ないだろ。そもそも向こうもこっちのことよく知らないんだぜ? お互いにとって不誠実!」
天使はそう諭してくる。
そして俺は、たっぷり1分ほど固まった後で日和った。
「えーっと。うーん……お試し、でいいなら。あまりにもお互いのこと知らないし、それですぐに別れたりすると、それはそれでダメージでかそうだから」
お試し彼氏・彼女という折衷案だ。
不誠実な気もする。でも、付き合って下さいと言われてるの俺の方だし。
鈴木さんがそれでいいというなら、いいんだけど。
俺のためらいがちな言葉にも関わらず、彼女はパッと顔を輝かせた。
とても、とても嬉しそうで、今まで眉に皺が寄るくらいガチのマジ顔だったのが、急に笑顔になって。
それを見て、俺は不覚にも「やばい、可愛い」と思ってしまったのだった。
「ありがとうございます!」
鈴木さんは深々と頭を下げる。そんなに喜んでもらえると思ってなくて、俺は慌てた。
だって、「昇降口で26番目に出会った人」レベルだろ?
俺自身に思い入れがあるんじゃないじゃん。
「……とりあえず、一緒に帰る?」
今は下校時。俺は昇降口で彼女に捕まって校舎の横まで引っ立てられていたけども、これから帰ろうとしていたところだった。
入学式だったけど、親は先に帰っていて、初日からガイダンスとかがいろいろあると言われていたので俺は自転車で学校へ来ていた。
「いいんですか!?」
彼氏彼女と言えば、まずは「一緒に帰る」だろう、くらいに思った俺の提案に、鈴木さんはそりゃもう喜んだ。
なんか引っかかるんだよな。占いで運命の人って言われたからって、こんなに喜べるのかな。
「初対面、だよね?」
「初対面です!」
俺が念押しすると、彼女はキリッと表情を引き締めて答えた。
……まあ、いいや。そこを追求するのはやめよう。俺が見覚えない以上、彼女に初対面と言い張られたら答えは出ない。
「じゃあ、自転車取りに行こう」
「あっ、私電車通学なんです」
「えーっ!?」
俺はすっごいビビってしまった。
俺たちの通う県立雪見台高校は自転車通学率99.8%と言われていて――要するに、物凄く電車・バス通学の便の悪いところに学校があるのだ。
あまりにも不便な場所にあるから、偏差値レベルがちょうど良くても、通学しにくい人間は別の高校に行く。自転車で通えると判断した人間だけが、偏差値より分厚い壁を突破して通う。
そんな高校。
「何駅使ってるの?」
しかも、ふたつの駅のちょうど中間にあるときた。
「
おっふ、俺の家と反対側じゃん……。
でも、徒歩なら尚更、送ってあげないと男がすたるだろ。
俺はそう気合いを入れて、自転車置き場から通学のために買ったばかりの黒い自転車を持ってきた。
鈴木さんは徒歩、俺は自転車を押して徒歩。少し冷たい風の中を、並んでゆっくり歩く。
困った、会話が続かない。
何を話したらいいんだ? ご趣味は? とかそういう奴? お見合いか!
「あの……」
「あのさ」
意を決して話しかけるとこれだよ! 俺たちタイミング悪い!? それともすっごい気が合ってるってこと!?
「あ、鳥井くん、どうぞ……」
「え、えっと、じゃあ俺から。えーっと、鈴木さんの趣味って何?」
結局頭を捻って出てきたのは、やっぱり「ご趣味は?」だった!
「趣味は、読書です。推理小説も、ファンタジーも何でも好きです。中学の時は1年間に100冊くらい図書室で借りてたくらい」
「へー、すっごい!」
俺が率直に褒めると、彼女はほろりと笑顔を見せた。
「鳥井くんの趣味はなんですか?」
こっちもご趣味は? だったよ。俺はうーんと頭を悩ませる。
「本はちょっとしか読まないけど、そうだなあ動画とか見たり、自分でも作ったりする、わりと好きかな」
本当は園芸が趣味だけど、さすがに地味すぎて言い難い。動画いじるのは本当のことだし。
「そうなんですか、凄い、動画作るの難しそうですね」
「それ」
「はい?」
ずっと感じていた俺の困惑のひとつ。
同級生なのに丁寧語!
きっとこれは早いうちに言わないとあかんやつ!
「あのさ、俺たち同級生だし、そ、その、一応だけど付き合ってるんだし、丁寧語やめない?」
「あっ、そうですね……そう、だね」
一度言ってから言い直してたけど、彼女はなんとかタメ口になってくれた。
そして、「一応付き合ってる」という俺の言葉で、お互い赤面して言葉を失ってしまった。
「と、鳥井くんは自転車って事は、家は近いの?」
「俺の家? 5キロくらいかな」
「えっ、遠い……」
「電車通学の鈴木さんの方が絶対遠いよ。どこの駅から通ってるの?」
「海老沢北から」
「遠っ!」
海老沢北駅って、川左駅から20分は掛かるぞ!?
「なんでそんなところから……熱井高校とか、もっと近くに行きやすいところあるじゃん」
「うん、そうなんだけど、近くの高校嫌だったから」
彼女の言葉が尻すぼみになったから、俺は本能的に「この先は聞いたらあかんやつ」と思って口をつぐんだ。
川左駅の前まであと500メートルくらい。学校からここまでは歩いて15分(学校公式サイトより)。
その間俺たちがお互いについてわかったことは、趣味と、お互いの感覚で言うと遠くから通学してるということだけだった。
別に俺は自分をコミュ障だと思ったことはないけど、とにかく会話が続かない。
こんなことでやっていけるのか、俺たち。
彼女がちょっと可愛いのは確かだけど、早いうちにお試し終了した方がいいんじゃないのか。
俺がそんなことを考えている間に、川左駅の前までついていた。
「じゃあ、ここで。ありがとう、鳥井くん。……優しいね」
「あっ? う、うん、気を付けて。また、明日」
「うん。また明日」
優しいねとか言われて、嬉しそうに「また明日」って返されて。
小さく手を振って彼女と別れた後、俺はチョロく浮かれてしまって、自転車をこぐ足にめちゃくちゃ力が入った。
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