55 カーリー・カーライル

 事件から数日後。 

 私はキーランとある場所にいた。

 そこはキーランが見つけたという、礼拝堂っぽい場所。

 

 図書館にある本を取った時に、彼が隠し扉が出現したそうだ。

 よくそんな場所を見つけたなぁ。

 ていうか、誰も見つけていなかったの?


 意外と簡単に見つけられそうなものだけど。

 もしかしたら、選ばれし者のみが導かれる場所とか!?

 1人興奮しながら、キーランについて階段を下りていくと、この美しい礼拝堂っぽい場所に着いたのだ。


 「最近の姉さんは本当に大人気だね」

 「……そうね。うざったいほどに」


 ここに来たのは、他でもない――彼らから逃げるためである。


 今日の昼休みもいつも通り、私は図書館へと足を運んでいた。

 だが、今日は引っ付き虫がいた。

 

 なんと、私となんとしてでも繋がりを作りたい子息さんたちは、図書館までやってきていたのだ。

 言葉を選ばないでいえば、ストーキングされていた。


 あんなデマが出ていたから、てっきり諦めたと思っていたのに。

 まだ、彼らは私が聖女であると信じているようである。

 

 ………………全く、ご苦労なこった。


 私は一時、どこぞの子息から逃げ回っていた。

 その途中、ちょっと面白そうな本を見つけ、誘惑に負けて夢中になって読んでいるところで、彼らに捕まった。


 先に彼らに気づいていれば、私はさっさと逃げていたと思う。


 「!」


 気づいたときには遅かった。

 彼らと目が合ってしまったのだ。


 「ルーシー様、ごきげんよう! こんなところでお会いするなんて偶然ですね!」

 「………」


 ―――――――うん、あれは私の失態。しくった。

 

 そうして、捕まってしまたった私は仕方なく、話を聞いてやった。

 「そうですか」「それはすごいですね」「まぁ」と適当に相槌を打ち、聞いた。

 

 一方、彼らは。

 自分の家は大昔に星の聖女がいたのでぜひとも交流したい、だの。

 もしかしたら、自分の妹は光魔法の才能があるかもしれないので、聖女となりうつ可能性のある妹と仲良くしてほしい、だの。


 面倒な話だった。

 まぁ、彼らも彼らで必死なのだろう。

 かといって、同情する気はさらさらなく、彼らの話は全然面白くないので、私は適当なところで切ろうかと思っていた。


 だから、タイミングを見て「では」と去ろうとする。

 しかし、彼らはしぶとく「もう少しだけ」と止められる。


 ………………うざったいな。

 と私がキレそうになりかけた時、そこにキーランがやってきてくれていた。


 キーランたちは生徒会の仕事があったのだが、自分の仕事を終わらせると一目散にここにやってきたらしい。

 まぁ、助かった。

 キーランが救ってくれた。私の手を取って、

 

 「ちょっと姉弟で大事な話があるので」

 

 と言って、助けてくれた。

 それでも彼らは空気を読まず、追いかけてきたので、撒くためにこの部屋にきていた。


 「ここ、本当に綺麗な場所ね……」

 

 上を見上げると、そこに広がっているのはガラスの天井。

 ドーム状となっている天井からは太陽光が差し込んでいた。


 だが、ガラスの上に直接空が広がっているわけではない。

 池があった。

 魚も泳いでいる。


 そう。

 キーランが見つけた綺麗な礼拝堂からは、池が下から見ることができた。

 まるで水族館の水中トンネルのよう。


 見えている池は、庭にあった池なのだろう。

 ということは自分たちがいる場所は池の下になる。


 ………………でも、なんでこんなところに、こんな部屋が?


 礼拝堂は使われていないようだったが、綺麗だった。

 椅子に埃が積もっているということはなく、定期的に掃除がされているようだった。


 「ほんと、キーランはこういう場所見つけるの、得意よね」

 「まぁね」


 キーランは正面の方へ真っすぐ歩いていく。

 そこにはピアノが置かれてあった。

 前世でよく見た黒色のものではなく、白いグランドピアノ。

 さらに、細かいところまで見ると、金で装飾がされていた。お高そうだ。


 キーランは慣れた手つきで、鍵盤前にあった椅子に座り、弾き始める。


 彼が弾き始めたのは、ドビュッシーの「月の光」。

 その音色は、幻想的なこの空間を、さらに煌びやかにみせる。

 私は長椅子の端に座り、演奏するキーランを見ていた。


 楽しそうに弾いていた。

 時折、こちらを見て、ニコリと笑う。本当に楽しそう。

 かといって、手はおろそかにしておらず、彼は優雅に弾いていた。


 ………………うん、キーランは将来ピアニストになったらいいと思う。

 心の底からそう思った。


 キーランは実家でもよくピアノを弾いていたけど、上手かった。

 始めたのは養子に入ってからで、私より遅れて始めたけど、すぐに追い越された。

 きっとキーランにはピアノの才能があったと思う。

 

 それに、弾いている時はいつだって楽しそうだった。

 ピアノが上手いっていいよねぇ。

 まぁ、私も習ってはいたけど、こんなに上手く弾けない。

 

 美しい礼拝堂に、ピアノの音が響く。


 この世界にも、前世の曲がざらにあった。

 ショパン、ベートーヴェン、バッハ。

 有名どころはあった。しかし、彼らがどういった人物なのか、いつ生きていたのかは知られていない。


 ゲーム原作ならではの奇妙な不思議な世界である。


 好奇心が生じた私は、キーランのピアノを楽しみながら、礼拝堂の中を歩き回る。

 すると、あるものを見つけた。


 ――――――これは何?

 礼拝堂の一角に、ある彫刻があった。

 祈りをささげている、女性の彫刻。


 女性は頭に月桂冠をつけており、古代ギリシャの服を身に付けている。


 見る感じ、女神ティファニー様の像でもなさそう。

 ティファニー像は教会でよく見かけるし、なんだったら実物見たことあるし。


 なら、誰の像?

 女性の像の下に、文字と青い月のマークがあった。

 月のマークだけ、宝石でできているのか、キラキラと輝いている。


 文字も見てみたが、知らない言葉で書かれており、解読できなかった。


 「………………もしかして、これ月の聖女?」

 「姉さん、どうしたの?」

 「わっ!!」


 振り向くと、キーランが立っていた。

 いつのまにこっちにやってきていたのやら。

 

 「急に声を掛けないでよ」

 「ごめん、ごめん。ピアノを止めたから、気づくかなと思ってた」


 キーランも気になったのか、その彫刻を見つめる。


 「……この像、何? 女の人の彫刻っぽいけど……」

 「私にも分からない。けど、月のマークがあるから、月の聖女じゃないのかなと思ってたの」

 「月の聖女……姉さんが魔女に言われたってやつね」

 「そう、そう」


 キラキラと青い輝きを放つ、月の形をした石。

 ちょっと気になって、月のマークに触れてみる。

 すると。


 ゴォ――――。

 彫刻が動き、壁一体の石が動いていく。道を切り開くように動いていく。

 そして、一時すると目の前に階段が現れた。

 

 さらに下があるの?

 階段の奥を覗いてみると、下へと続いている。

 当然その先が気になった私は降りようとする。


 が、その瞬間、キーランに腕を掴まれた。

 

 「待って、姉さん」

 「なにー? キーラン」

 「何があるか分からないのに、行くの?」

 「………………行く」

 「えー」

 「だって、階段が私の前に現れたんだもの」


 これは行くしかないでしょ。

 よく分からないけど、あの月のマークに触れたら、階段が現れた。

 これは私に行けって言っているようなものでしょ。


 それにここは学園内。危険なものはない、はず!

 あと、さっきから階段の奥から声がするのだ。


 「―いぃ!! け――は―ておるぅぞぅ――!!」


 なんて、言ってるのか分からないけど、聞こえてくる人の声。


 「キーラン、何か聞こえない?」

 「え?」

 「ほら、人の声。耳を澄ませてみてよ」

 「……分かった」


 キーランは目を閉じ、耳を澄ます。


 「は――うぅ――かっ――!! ――いぃ!!」


 ほら。何語か分からないけど、聞こえてくるのよ。

 キーランも聞こえたのか、頷いていた。

 

 「ほんとだ。声が聞こえる」

 「じゃ、行きましょ。迷子になっている子がいるのかもしれない」

 「えー」


 キーランは乗り気ではなさそうだったが、ついて来てくれた。

 2人で階段を下りていく。すると、勝手に明かりがついてくれた。親切なこった。

 そして、階段を下りきると、真っすぐに廊下が続いていた。


 「これは牢屋?」

 「そう……っぽいね」


 廊下にそって区切られた部屋。廊下側には頑丈そうな柵が付けられていた。

 しかし、声の主の姿は見えない。誰1人としていないようだった。

 声は大きくなっていってるから、近づいてはいるんだろうけど。


 先ほどまで、なんて言っているのか聞き取れなかった声だが。


 「腹が減った――! じらすなぁ――!!」


 とはっきりと聞こえ始めている。

 どうやら声の主はお腹が空いているようだ。やっぱり迷子かな。


 さらに進んでいくと、突き当りとなったが、行き止まりというわけではなく。

 左へと道が続いている。

 そして、その先を歩いて行くと、右にまた下へと続く階段が現れた。

 

 「行くの?」

 「…………行く」


 そして、階段を下りると、牢屋が見えて、また階段があって。

 それを繰り返し、5階ほど下に降りると、ようやく声の主を見つけた。


 「ゾーイぃ! 我は待ちくたびれていたぞ! 全く!」


 声の主は幼女だった。

 

 「我は腹がペコペコじゃー! 今日のご飯は何かのぉ!?」


 黒いワンピースを着た、幼女だった。


 「…………って、お主ら誰じゃ」

 「「………………」」


 青色髪の幼女は訝しげにこちらを見ている。

 今、この子、ゾーイって言ってたよね? 


 「姉さん、この人誰?」

 「分からない……先生のお子さんかしら?」

 

 ゾーイ先輩と知り合いっぽいから、騎士団に所属する方のお子さん?

 もしかして、騎士団員の親と一緒に学園に来て迷いこんだ? 

 ゾーイ先輩がこの学園にいることは知っているから、ゾーイ先輩の名前を呼んでいた?


 ………………いや、でも、こんなところに迷い込む?

 てか、子どもをここに連れてくる?


 熟考していると、その幼女はこちらに向かって、指をさしてきた。 


 「お主、いつしかのイディナに似ておるのっ―!」

 「イディナ?」

 「お主ら、人間が『黒月の魔女』と呼んでるババアじゃ!」

 

 黒月の魔女の本名ってイディナなんだ……結構かわいい名前を持ってるじゃない。

 すると、幼女はこっちに近寄ってくる。

 そして、私をじっと不思議そうに見つめてきた。


 「……お主、いくつじゃ?」

 「15です」

 「……15!? あははっ――! 15かっ!? ゾーイの1つ下かっ――!

  あははっ――!」 


 いや、何がおかしいのかよく分からない。

 

 「よく見たらお主の肌はピッチピチじゃ―! 

  イディナはこんな若くなかったわ―! 

  あいつはしわしわババアじゃったわ―! 

  あっはは―! それにしても、お主若いの―! 

  新入りか―!?」


 幼女に若いとか言われた。訳が分からん。


 「新入りとかは、よく分からないんですが、あなたは……?」

 「なに?」

 

 幼女の雰囲気がガラリと変わる。一気に声のトーンが低くなった。


 「まさか……我を知らずにここに来たのか?」

 

 ………………あら? 


 失礼なことでも言ってしまっただろうか。

 もしかして、どっかのお偉いさん? 

 アストレア王国の王女様? 

 

 すると、幼女さんは体を反って、「あははっ―! そうじゃったか、そうじゃったかっ――!」と笑いだす。


 ………………心臓に悪いから、急に黙るのやめてよ。


 彼女は私の気も知らずに、両手に腰を当て、堂々と仁王立ち。

 そして、言った。

 

 「我は魔王軍幹部!」

 「え?」

 「殺戮の悪魔カーリー・カーライルじゃー!」

 

 地下には「じゃー!」という声だけが響いていた。 




 ●●●●あとがき●●●●

 ルーシーたちが聞いた最初の声ですが、あれはカーリーさんが「ゾーイ! 気配を感じておるぞ!」「早うせんかー! ゾーイ!」と言っていました。

 カーリーさん…………全然気配感じてない笑

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