88 エピローグ:転生したのは悪役令嬢だけではないようです

 「おい。何勝手にルーシーを抱っこしてんだ。離れろ、クソ王子」

 「そうです! 姉様は僕の姉様です。勝手にムーンセイバーの王子が抱っこしてはなりません!」

 「そうだ。だから、ルーシーをおろせ」

 「別にいいじゃないか。僕ら、婚約者同士なんだし」


 …………。

 ライアンとステラ、ギルの3人が言い合う中、私、ルーシー・ラザフォードは黙っていた。

 黙って、ライアンにお姫様抱っこされていた。


 正直、下ろしてほしかった。


 みんなの視線が集まってるし、なんか恥ずかしいし。

 だけど、ライアンが下ろしてくれる気配はなく。

 かといって、言い合いに入れる雰囲気でもないので、そのまま私は黙ったまま。


 「はぁー? お前、さっきルーシーとの婚約を破棄するって言ったじゃないか」

 「言ったけど、ルーシーは別に承諾してないし。ね、ルーシー?」

 「え? はい?」


 急に話を振ってこられて、私は反射的に聞き返してしまう。


 「ほら、ルーシーも『はい』って言ってる」

 「ちょっ、ルーシー!? そこは否定するべきでしょ!」


 い、いや。

 ただ私は聞き返しただけなんだけどなぁ。


 「仕方ないな……」


 すると、ライアンは私を下ろして、胸ポケットをもぞもぞ。

 何してるんだろ?

 彼はメモを取り出して、それに何か書いて、破って、私に渡してきて……。


 「はい、ルーシー。紙に書いてる文章、声に出して読んでみて?」

 「え? あ、はい」


 受け取ったメモを読んでみる。


 「ライアン様、さきほどの婚約破棄の話ははなかったことにしましょ……?」

 「もちろんだよ、ルーシー!」

 「なにがもちろんだあぁ――!」


 ステラは激おこで、でも、ライアンは私を抱きしめてきて。

 カオス。これはカオス。


 「姉さんに何をしてるの!」

 「ルーシー様に抱きつくなんて! 私が先です!」

 「……おい。これはどういうことだ? ライアン?」

 「ちょっとライアン王子、ルーシーから離れて!」


 カイルたちもやってきて、私の周りの人口密度はぐっと上がる。

 カイルたちもステラと同じようにライアンに怒っているようだった。

 まぁ……1人は困惑しているようだけど。


 だが、ライアンは私の手を掴んだまま。放そうとはしてくれない。

 すると、食堂の入り口からドガ―ンと聞こえてきた。


 「おう! ルーシー! 我が迎えにきたぞ!」


 そこにいたのは幼女カーリー。

 仁王立ちで登場してきた。


 「カーリー様! ちょっと!」


 彼女の後ろには慌てるゾーイ先輩。

 カーリーとは違って、彼女はぜぇぜぇと息を切らしている。


 「ルーシー! 我とアストレアへの旅を楽しもうではないか!」

 「……カ、カーリー様! 何をしているんですか! 早く! 早く! 地下に戻ってください! 1週間ご飯抜きの刑を与えますよ!」

 「何を言っておる、ゾーイ! これはルーシーからの罰なのじゃよ!」

 「はぁ? 罰?」

 「そうじゃとも! な! ルーシー!」


 ……そうだった。


 私、罰と称して、カーリー様にアストレアに行く時についてきてもらえるように頼んでいたんだった。

 すっかり忘れていたわ。


 「あっはっは!」


 少し離れたところでは、アースが1人お腹抱えて笑ってる。

 そこまで笑うことないじゃん。泣くまで笑うことないじゃん。

 カオスだけどさ。


 「さ! ルーシー! お主は我と旅をするのじゃ!」

 「何言ってるの! カーリー様! 姉さんはどこにも行かないよ!」 

 「そうですとも! あなたがどなたか存じ上げませんが、ルーシー様はどこにも行きません! 私と一緒にいるんです!」


 「……え? カーリーってあのカーリーなのか?」

 「姉様はボクの実家に行きましょう!」

 「何言ってるの、ギルバート王子。ルーシーは僕らと一緒にいるんだよ? あなたの実家には……」


 「ルーシー! アストレアに行くぞー!」

 「カーリー様! 戻ってください! お願いですから! ご飯抜きの刑は二度としませんから!」

 「あっはっは! なにこれ! あっはっは!」

 

 …………うーん。


 私、このままどっか行っても、バレないんじゃないだろうか。

 あ、ダメか。

 ライアンに手を繋がれているんだった。

 

 私は何もできず、言い合いを眺めていると、手が引っ張られた。


 「ルーシー、こっちに来て」


 ライアンにそう言われて、私は引っ張れるままに、歩き出す。

 気づけば、食堂を抜け出し、中庭に来ていた。

 カイルたちを置いてきたけど、いいのかな?


 ライアンは私と向き合って立つ。

  

 「その……さっきはあんな態度を取って本当にごめんなさい。国外追放にするなんて言っちゃったけど、あれは無効だから」

 「分かってます」


 「それで……君はさっき『好きかはどうか別』って言ってたけど、僕のことは好きじゃない?」

 「そうですね……ちょっと、まだ……」


 正直、今のライアンはよく分からないし。


 「すみません」

 「全然気にしないで。あんな態度とっておいて、急に僕を好きになるなんて無理なことだと思う。きっと僕でも無理だと思うから。だから、そうだね。まずは――」


 彼は右手を差し出す。


 「ルーシー、僕と友人となってくれませんか?」

 「え?」

 「婚約者っていう関係は以前と変わらないけど、僕らはちゃんと友人にすらなれていなかったと思うんだ。だから、まずは友人から始めようと思って……あ、嫌だった? 恋人からの方がいい?」

 「恋人はちょっと……友人からの方が……」

 「そうだよね」

 

 そう言って、優しく笑うライアン。


 これが本当のライアンなのだろう。

 友人から始めようとするなんて、なんて真面目な人なんだ。

 でも、婚約者っていう関係は変えてくれないのね。


 私は右手を出す。

 

 「よろしくお願いいたします」


 そして、彼の手を握った。


 「こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って、ライアンは微笑む。

 彼の微笑みはとても眩しかった。


 ああ……彼が私に微笑んでくれることなんてあっただろうか?

 黒月の魔女の件の時に、一度だけあったけど、それ以降なかったんじゃないのだろうか。


 ライアンとちゃんと会話できるなんて、いつ想像できただろうか。


 「え? ルーシー? どうしたの?」


 慌てるライアン。

 気づけば、私は涙を流していた。


 「すみません……なんか安心しちゃって」

 「安心?」

 「はい」


 さっきはステラの告白であの時は驚かされて、忘れていたけど。


 「これから、私は1人で生きていくと思っていました」


 本当であれば、今の私は1人になっていた。

 もちろんカーリー様が付いてきてくれるようにはしていたけど、それはアストレアに着くまでのこと。


 「みんなと別れて、1人で生きていくはずだった……でも、もう1人にならないと思うと、なんだか安心しちゃって」

 「そっか……」


 ライアンは私の手を両手でぎゅっと握る。

 その手は優しく温かみがあった。


 「大丈夫。僕がいるし、みんないる。君はもう絶対に1人にならないよ」

 「ありがとうございます」


 ライアンにそう言われたが、涙は止まらず、彼に背中をさすられていると。


 「おい! 何勝手にルーシーを連れだして、泣かしてるんだー! クソ王子!」


 そんな怒号が遠くから聞こえてきた。

 見ると、遠くの廊下から、ステラやカイルたちが走ってきていた。

  

 「ちょっと失礼」

 「え?」


 またお姫様抱っこをして、走り出した。

 

 「殿下!?」


 また抱っこされるなんて!?

 なぜ走り出すの!?


 すると、ライアンは笑みをこぼす。


 「殿下はやめてよ、ルーシー。ライアンって呼んで」


 無邪気に笑うライアン。

 今まで信じられない光景。

 私を邪険に扱う冷酷な人だと思っていた。


 だけど、私はライアンのループを知った。

 彼は彼で苦しんでいることがあった。

 本当のライアンは違った。


 この人は本当はいい人のなのかもしれないと思った。


 そう考えると、ステラのこともちゃんと知らない。

 彼女(?)は自分のことを男だって言ってたし。


 …………ああ、そうだ。


 知らないのなら、これから知っていけばいいのか。

 彼らがどんな人か。何を考えているのか。


 だって、私は彼らとともに生きていくのだから。


 気づけば、涙は消え、笑っていた。

 私の中に、今までになかった希望が生まれていた。


 王子にお姫様抱っこされて、なぜか星の聖女様に追いかけられる、そんな状況でも。

 私は心の底から嬉しかった。




 ☽☀★☽☀★☽☀★




 平日の昼下がり。

 空は快晴で、心地の良い風が吹いている。

 今日は午前授業だけなので、私はサロンへお茶をしに来ていた。


 「ちょっとクソ王子。そこは僕の席なんだけど」

 「何言ってるのさ。ルーシーの隣はフィアンセって決まってるでしょ? ね、ルーシー」

 「ライアン、どいて。姉様の隣は僕の席だから」


 「カイル、なぜあなたがそこに座っているのです? そこは私の席ですよ。どいてください」

 「違うよ、リリー。そこは弟である僕の席だよ」

 「…………俺が座る」

 「先に座ってたんだから、ここは僕の席だよ。ねぇ、ルーシー?」


 なぜか私に聞いてくるイケメンたち。

 ライアンやカイルたちは私について来ていた。

 そんでもって、彼らはなぜか席の取り合いを始めていた。

  

 いい席はいっぱいあるのに、なぜか私の隣がいいらしい。

 不思議なものだ。


 私は静かにお茶を飲む。


 ああ、前世のお父さん、お母さん。


 どうか聞いてくださいませ。

 この世界で、転生したのは悪役令嬢だけではないようですよ。

 なんと転生したのは乙ゲーのキャラのほぼ全員が転生してましたよ。


 でも、私、幸せです。


 婚約破棄をされた時はもう希望なんてないと思っていたけど、今は違います。


 今のライアンは怖いぐらいに優しいし、ステラはとてもフレンドリーだし、ギルバートは可愛いし、なによりみんなと一緒にいれるし。

 今まであんなにも心配していた将来がウソのように明るいです。


 希望が持てそうです。


 そんなことを思いながら、私が静かにお菓子を食べていると、正面に座るアースが微笑んでいることに気づいた。


 「アース、なんだか楽しそうね」

 「えー? そう見えるかーい?」

 「ええ。幸せそうにも見えるわ」


 すると、アースはうーんと唸る。


 「そう言われると、僕は幸せかもねー。このカオスな状況はとっても面白いし」

 「……あなたは全くぶれないわね」

 「ありがとー」

 「別に褒めてないわよ」


 ま、幸せなのならいいのだけど。


 「そういう君はー? ルーシーは幸せかーい?」


 アースはニマニマしながら、そう問うてきた。

 …………この人、私の答えなんて分かってるくせに、わざわざ聞いてくるなんて。

 ま。でも、答えてあげよ。


 今の私は国外追放されていなくて、1人じゃなくて、みんな優しくて、(言い合いはしているけど)みんなの仲はよくて。

 私は平穏な生活を送れている。 


 これ以上の望みはないし、一番の望みが叶った。

 だから、アースに対する答えは決まっている。


 「もちろん、私も幸せよ」


 私は笑ってそう答えていた。




                おわり




 ★★★★★★★

     


   

 この拙い話を最後まで読んでいただきありがとうございました。


 88話が最終話となっておりますが、アースやスピカ兄妹、リアムなどの視点のサイドストーリーをちょくちょく更新はしていきたいなと考えております。

 また、この後に設定資料も投稿したいと思います。


 次回作は「アズレリアの宝物庫」というコメディです。よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る