29 暴走の月

 目を開けると、目の前にはそれはそれは美しい顔があった。

 そう美少年の顔。

 きっと前世の女子は全員彼の顔に惚れ込むことだろう。


 その少年はスヤスヤと眠っていた。

 カイル…………よくこんな状況で眠れるわね。呑気だわ。

 地面が冷たくて硬くて、私は眠れないわよ…………。


 そう。

 私たちは誘拐されていた。

 今は見知らぬ部屋で寝かされている。

 そして、手足は拘束され、身動きが取れない状況。


 全く何でこんなことになったのやら。

 街にカイルに会って。彼から告白されて。

 ああ、そうだ。私たち、駆け落ちなんてしようとして。

 

 彼の気持ちは本物だと思ったけど、やっぱり駄目ね。

 シナリオを変えてくれることは許してくれない。

 まぁ、現時点で結構話は変わっているとは思うのだけど。


 私はカイルを起こそうと、なんとか声を出したが、はっきりした言葉は出せず、


 「うがっ!」


 彼のお腹をキックした。

 ……………………ごめんね、カイル。

 私、声が出せないのよ。ほんと、ごめんなさい。


 さすがにカイルは目覚めてくれた。


 「……………………あ、ルーシー。おはよう」

 

 おはよう。

 私は小さくうなずく。

 カイルは眠たそうな顔をしながらも、首を回して、周りを観察。


 「……………………僕ら、やっぱり誘拐されたんだね」

 

 どうやら、カイルも状況を察してくれたみたい。

 

 「これ、単なる拘束具じゃないみたい。魔法を封じてる」


 うそ?

 一見、どこにでもあるような普通のものに見えるロープ。

 だが、カイルはいくら発動させようとしても、魔法を使うことができないらしい。


 ローブには魔法制御が組み込まれている。

 それって、つまり攫った者はカイルのことはよく知っていて、そんなものを用意できる人あるいは組織、ってこと。

 

 すると、部屋に1つしかないドアが開いた。

 

 「ありゃりゃー、お嬢さんたちお目覚めかーい?」


 開かれた扉から現れたのは男たち。

 先頭にいた男はサングラスをかけており、いかにもチャラそうに見えた。

 

 「お前ら、バイタルチェック」


 チャラ男の背後にいた男たちが私の体に触れ始める。

 きも! どっかいけ! 


 「あ゛ぁ!!」


 体に触れるんじゃない! セクハラで訴えるぞ!

 私は必死に叫んだが、言葉を発することはできず。


 「あーあ、お嬢ちゃんたら、赤ちゃんみたいに暴れて。じっとしてくれよぉ。今、お嬢ちゃんの健康状態を調べてるんだからさぁ」


 そのチャラ男はこちらに近づき、そして、私の顎をグイっと掴んだ。

 なんなの、この男。

 気色悪いし、偉そうだし。何にも知らないくせに、話せない私を赤ちゃん扱して。


 ムカつくんですけど。

 しゃべることはできない私は、せめての思いでそいつを睨んだ。


 「なんだよ、嬢ちゃん。そんなに睨むなよ。この俺は今からいい場所に連れていってやろうと思っているのによ」


 なにがいい場所よ。

 どうせ私にとっては最悪の場所で————。


 「あの場所、嫌だったんじゃないのか、嬢ちゃん」


 へ?

 からかっているかと思っていたチャラ男は、サングラスの奥にどこか寂しいそうな目を浮かべていた。


 「あんたの両親やあの場所はあんたを縛り付けて、従っても、あんたはろくな最期しか迎えれなくて…………そのことを知っているあんたはあの場所からずっと逃げたかったんじゃないのか?」


 なんで、この人、知っているの?

 もしかして、この人も転生者? あのゲームを知ってるの?

 私を助けてくれるんじゃ————。


 『——の運命を変えることなんて無理なんだよ、ルーシー』


 いや、無理ね。

 誰も助けてくれない。

 もし、私を助けることができる人がいるのなら、それは私自身。

 

 だったら————。


 「あ゛あぁ————!!!!」


 私はちょっとしかない体力を振り絞って、頭を振った。

 そして、チャラ男に頭突きをかました。


 「いだ゛ぁっ——!! 嬢ちゃん、何すんだよ! 俺、お前を助けてやろうと思ったのによ!」


 つっ————!! 自分でしたんだけど、やっぱり頭突き痛っ————!!

 何が助けようとした、よ。

 私を誘拐したくせに! こんなふうに拘束したくせに!


 あ゛あ————————もう限界。ムカついてきた。

 私は前世でろくな男に出会わず、浮気されて、彼氏と浮気相手のケンカの末、川に落ちて死んで。


 転生したけど、その転生先は乙ゲーの悪役令嬢で。

 シナリオや運命に抗おうとしたけど、なんか軌道修正が加わってちゃって、邪魔されて。


 かといって、抗うのを諦めて、なんとなーく生きてたら、突然声が出せなくなってて。

 そんでももって、治そうとしたらしたで、こんなめに会って。


 なんなのよ! 私の人生!

 いっそのこと、死んでやろうかしら!!


 その瞬間、感じた。

 体の奥からあふれ出す魔力を。

 こんな量の魔力、今まで感じたことがなかった。


 キラキラと輝きを放つ星と月。

 地面には夜空が広がっていた。


 ————————なにこれ?


 そこからはよく覚えてない。

 意識はあったのだけれど、遠くで現実の自分を見つめていたような気がする。


 ただ、認識していることもあった。

 私を呼ぶ声————ずっと誰かが私の名前を呼んでいた。



 

 ★★★★★★★★




 ゲームでルーシーはこんなことになったのだろうか?

 もしかして、前世で続編とかスピンオフとかでたのだろうか?

 

 というぐらい僕は驚いていた。

 目の前にいるルーシーはまるで別人で…………いや、人間と言えるか怪しい状態で。

 ともかくいつものルーシーではなかった。


 床には夜空が広がり、大風が吹いている。

 夜空は今まで見た中で一番綺麗なもの。

 ……………………これ、もしかして前に見たルーシーが作り出した夜空?

 

 「マズい! 暴走し始めた!」

 「リアム兄さん、どうしますか!」

 

 リアムと呼ばれたサングラス男。そいつはルーシーの顔を勝手に掴んで、助けてやるとか戯言を言った男だった。

 チャラそうに見えたけど、部下から信頼されている…………リーダーか何かなのか?


 リアムは外見に会わず、真剣そうな表情を浮かべている。


 「転移魔法だ」

 「転移魔法ですか!? この状況で?」

 「ああ、この嬢ちゃんはアース様から頼まれたもんだ。いくら暴走を起こしたとはいえ、ちゃんと送り届けなければな」


 転移魔法? 

 まさかルーシーを転移させるのか?

 

 どこへ?

 アース様って言ってたから、その人の所に転移させるって言うのか?

 ていうか、アース様って誰だ?


 次々と疑問が浮かんでいく。

 だけど、僕は勝手に動き始めていた。


 「ルーシー! 僕だよ、カイルだよ!」


 しかし、ルーシーは元に戻らない。

 暴走したルーシーの瞳は、いつもの紫色ではなく青く光り、白目の部分は黒く、より一層不気味に思えた。 


 風が巻き起こる中、僕は何とか立ち上がる。

 クソっ。このロープ、邪魔だな。


 「かせっ!」


 僕は近くにいた男どもからナイフを奪い、拘束を解いた。

 

 「ルーシー!!」

 「あ゛あぁ————————!!!!」


 何度叫んでも、僕の声は届かない。

 気づけば、部屋はめちゃくちゃになっていた。

 仰げば、半壊の天井から空が見える。

 本物の空…………あっちも夜空だから、もう夜なのか。

 

 暴走ルーシーは叫びながらも、リアムたちに攻撃をしていた。

 星々から光線を飛ばし、星屑で物理的攻撃。

 見たこともない魔法を、彼女は使っていた。


 だが、ルーシーの魔法が未熟なせいか、リアムたちは避けていた。なぜか、僕のとこには攻撃は来ない。

 僕を認識して、避けている? 意識はあるのか?


 その瞬間、ルーシーは両手を天に上げ、

 

 「え?」


 光線を放った。

 それもとてつもなく大量の光線を。

 彼女、僕の推しだし、何よりも好きな人だし、こんなこと言っちゃだめだと思っていたけど、


 「ば、化け物だ」

 

 気づいたら、言っていた。

 それは他の人たちも思っていたようで。

 

 「兄さん、この子化け物じゃないですか!? 本当にアース様、こんな子が欲しいって言ったんですか!? どうします!? この状況で転生魔法使えます!?」

 「やっぱ無理だ。こうなったら、仕方ない退散だ! 退散!」

 「なっ」


 退散!?

 僕らを誘拐して、ルーシーをこんなふうにして?

 まぁ、敵がどっか行ってくれるのなら、いい。転送されずに済む。

 

 でも、どうやったら、ルーシーを止めることができるんだ?

 逃げようとしていたリアムたち。

 しかし、彼らはなぜか足を止めていた。


 「なんで、あんたがここに————」


 ドアから現れたのは1人の人間。僕らと同じくらいの身長のその人は白いローブをまとっていた。

 

 「お前ら、さっさと逃げな。ここは僕がなんとかしておくから」


 とその人が言うと、リアムたちは丁寧に一礼。そして、逃げていった。

 コイツもリアムたちの仲間か? 声からするに男? というより少年っぽいか。

 警戒し、僕はルーシーの前に立ちふさがる。


 「あんた、誰だ?」

 「…………お前、ルーシーを助けたいんだろ?」

 「え?」


 なんでルーシーの名前を知っているんだ?


 「だから、どいてくれ」

 

 と少年は僕は退ける。

 強い風や飛んでくる光線をものともせず、彼はルーシーへと近づいていく。

 そして————。


 「大丈夫だよ、ルーシー。僕がいるから」


 少年はルーシーを抱きしめていた。

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