第44話 警備兵バースとピーク

「ピーク。行くぞ」

「はい、バース先輩」


 鳩魔族のバースが鷲魔族の後輩ピースにそう声をかける。

 魔王城と街をぐるりと取り囲む壁の見回りや警備、門から入って来る商人たちのチェックなどが二人のおもな仕事だ。そう彼らは街の警備兵。今日は今から街の見回りに出動だ。


「今日も、平和だな」

「いいことじゃないですか」


 バースがのどかな街並みに目を細める。ピースは見た目とは裏腹に怖がりなので、外回りより街の見回りの方が好きなようで、先ほどから機嫌が良い。

 でも機嫌がいいとわかるのは長年コンビを組んでいるバースだけで、たぶん他の魔族は、その鋭い目を向けられただけで震え上がってしまうに違いない。

 

「ちょっと警備兵さん、こっちきて!」


 おばさん魔族の呼びかけに走っていくと、そこには朝から顔を真っ赤にした、魔族が二匹争っていた。


「こんな朝から酔っ払いとは」


 バースが呆れながら首を振る。


「おい、やめないかみっともない」


 しかしすっかり目が据わっている二匹は、バースを見てもやめる気配はなかった。


「いいかげんに」


 バースが間に割って入る前に、急に二匹がビクリと体を強張らせる。そして「すみませんでした」と言って一目散に逃げだした。


 後ろを振る変えると、案の定ピークが今にも殺人でもしそうな鋭い目とくちばしでバースの後ろに立っていた。

 全く顔が怖いというのは得である、バース一人で喧嘩を止めるには、たぶん一発ぐらいは受けていただろう。


「さぁ、ひと段落ついたし戻るか」


 そんなことを考えていると、女の子の鳴き声が聞こえた。見るとピースがオロオロとした顔でバースに助けを求めるような顔を向けている。


「まったく」


 怖い顔はああいう連中には役立つが、こういったことには向いてないらしい。


「お嬢ちゃん迷子?」


 バースが話しかけるとその子はバッと抱きついてきた。よほど怖かったのだろう。ピークが明らかにしょんぼりした表情をして俯いている。

 本当はとてもやさしい性格なのに、これには毎回同情しなくもない。


「大丈夫だよ、このお兄さんは怖い顔してるけど、本当は優しい魔族だから」


 怖がらせないようにしゃがんで話す。それを見習ってピースも女の子と視線を合うところまでしゃがむ。

 ウルウルと瞳を潤ませながら少女は二羽の警備兵を交互に見た。

 ピースがニコリと微笑むと少女はビクリと体を強張らせたが、ポケットから出てきた飴玉を見ると、おずおずとそれを受け取った。

 その時少女の母親が駆け寄ってきて、迷子騒動は終わった。


「さぁ、戻るか」


 そう言って立ち上がろうとした時である。すさまじい魔力を感じてどっと背中に冷たい汗が噴き出た。

 ピークも感じたのか腰の武器に手を添え臨戦態勢をとったまま、鋭い目であたりを探っている。


「先輩あそこ!」


 ピークが差した方を見る。


「人型?」


 魔王都市にも人型はいる。でもそれはほぼオーガなど中位魔族か、ドワーフなど比較的穏やかな性格の、戦いにそれほど興味をもっていない種族に限られていた。それに、あのような見事なたてがみ(?)を生やしたオークなど見たことがない。


「悪魔族?」


 しかし今悪魔族がこの魔王都市に訪れているという報告は聞いていない。


「先輩どうします?」


 さっき一瞬感じた殺気の含んだ凶悪な魔力は今はもう感じない。人型の周りには一般魔族もたくさんいるが、あの凶悪な魔力を感じたようにはとても思えなかった。


「すると、狙いは俺たちだけってことか?」


 それならそれで都合が良い、だがここで戦闘を起こしたら、それなりに周りにも被害が出てしまう。


「とりあえず応援を呼べ。俺は奴を見張ってる」


 そうピークに指示をだす。しかし──


「ピーク?」


 返事がない、振り返ると、ピークの顔を覆う柔らかな羽毛が静電気でも当てられたかのようにブワっと膨れている、その目は青年を見据えたまま見開かれている。


「これが今の警備兵か」


 体中の毛が総毛立った。振り返ることができない。でもはっきりとわかる。あの赤い毛の人型の魔族がいつの間にか自分のすぐ後ろにいることが。


「どうした、俺に何か用があったんじゃないのか?」


 まるであざ笑うかのように青年は動けない僕らにそう問いかけた。


「────つ!」


 ”死”そんな単語が浮かんだ。


「ピーク、行け!」


 せめてピークだけでも逃がしてこの事態を知らせなくては。全魔力をピークに向けて放出する。これでピークの呪縛が解けるかどうかはわからなかったが、何もやらずに死ぬよりマシだ。


「先輩!」


 ピークも察したのだろう。呪縛が解けると同時に、すごい速さで飛び立つ。ピークは速さに特化したハヤブサ部隊では隊長の次に早い。普通の魔族では追いつけない、はずだった。


「おっと。面倒ごとは困るんだよ」


 何が起こったのかわからなかった。さっきまで背中に感じていた気配が消えたかと思った瞬間、ピークをその腕に抱き込んだ青年が目の前に立っていた。

 

「くそっ」


 ピークを逃すのに全魔力を放出してしまったため、もう立っているのすらきつい状態だった。


「安心しろ。いま楽にしてやる」


 そう言うと青年はニヤリと笑った。


「ここまでか……」


 その瞬間体がふわりと温かいもので包まれた気がした。


「?」

「バース先輩」


 次の瞬間、ガバリとピースに抱きつかれる。


「これを見ろ」


 青年が、王家の紋章の入った金のプレートを見せる。


「それは」

「俺は怪しい奴じゃない。れっきとした客人だ。ただちょっと訳ありで、連絡が遅れてしまったようで悪かったな」


 そういって目の前の魔族が敵意のない笑顔を向ける。

 さきほどの凶悪な魔力を放ったと思わる魔族と、同一人物ととは思えない屈託のない笑顔だった。


「まぁ、俺もちょっと試すような真似してすまなかったな」

 

 ポリポリと頬を掻く。

 今の警備兵がどれほどのものなのか、ちょっと殺気を込めた魔力をはなったら、まさか応援を呼びにいかれそうになって、あせったらしい。


(いや、あれのどこがちょっとなんだ)


 バースは思わずツッコみそうになった。


「ラエン様~」


 青年が声の方に振り替える。


「勝手にどこかに行かないでくださいよ。宰相様に怒られるのはあっしなんですよ」


 そう言って今流行りのスイーツ店の紙袋を手にした牛魔族の男が、プンプンと怒りながら近づいてくる。


「お前が遅いから、ちょっと街の様子を一人で見て回っていただけだ」

「あっ、警備兵の皆さんお疲れ様です」


 そこで牛魔族が初めてバースとピークの存在に気が付く。


「なんか、迷惑かけたんじゃないでしょうね」


 牛魔族がラエンと睨みつけて問いただす。


「挨拶しただけだ。そうだろ?」

「…………」

「…………」


 疑わし気な視線を送るも、牛魔族もそれ以上は追求せずペコリとバースとピースに頭を垂れる。


「もう勝手に離れないでくださいよ」


 子供をあやすようにそう言って、ラエンを連れその場から立ち去ろうとする。

 

「あの」


 おもわず声をかけてしまった。

 真っ赤な瞳が振り返る。それだけで思わずビクリと体が硬直してしまいそうだ。


「悪魔族の方々は皆あなたのように強いのですか?」


 ニヤリとラエンと呼ばれた青年が顔を崩す。


「まぁ俺ほどでもないけど、お前たちはもう少し鍛えた方がいいだろうな」


 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。


「精進しろよ」


 そう言い残し牛魔族を従え立ち去った。


「先輩……」

「どうやら、俺たちはだいぶ平和ボケしていたようだな──」


 隊長に強化訓練の必要性を進言しなくては。

 バースはゾクゾクした寒気にも似た震えととともに、何かを期待する子供ような胸の高鳴りを覚えたのだった。

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