第33話

『それじゃあ、そろそろ私は帰るから、最後にレベルの上限をアップするよ』

「お願いします」


 専用クエストの説明はほとんど無しだったけど、ゲームじゃないんだ。

 流石に無口なクエスト嬢も、直接聞けば答えてくれるはずだ。


「……」


 しばらく身体に変化が起きるのを待っていたけど、何も起きない。

 そして、目の前に立っている女神様をジッーと見ていると、突然、指をパチンと弾いて鳴らすと、『はい、終わったよ』と実に呆気ないレベルアップ終了が言い渡された。


【名前=トオル。種族=ダークエルフ。

 レベル=10(最大レベル30)。次のレベルまで経験値0/440。

 HP=1015/1015。MP=156/156。

 腕力=181。体力=149。知性=181。精神=160。

 重さ=軽い。移動速度=少し速い。

 魔法=初級水魔法『アクアロアー』。

 スキル=『魔物友達化(最大友達四人)』】


 ステータス画面を確認して見ると、一部おかしな部分があった。

 レベルアップに必要な経験値量が倍増しているのも、おかしいけど、もっとおかしな部分がある。

 最大レベルが20ではなく、30になっていた。


 ドジっ子天然女神ならば、間違えた可能性もあるけど、僕が素直に報告するのか試している可能性もある。

 素直に報告すれば、レベル30になって、黙っていたら、レベル20になるとか、そんな意地悪な罠かもしれない。

 ここは罠だと疑って、綺麗な心を証明しよう。


「あれ、女神様? レベルの上限が30になっていますよ。レベル20じゃなかったんですか?」

『チッチッチッ。甘いよ、ひでぶぅ。世の中は予定通りには進まないんだよ。予定では、レベル20だったんだけど、悪い神様がひでぶぅを狙っているなら、私が与えられる、最大の力を与えるに決まっているでしょう』

「女神様……」


 女神様の生チッチッチを目の前で見れたのは、素直に嬉しいけど、この女神様の限界がレベル30なのは、ちょっとショックだ。

 つまりはこれ以上は、僕は強くなれないという事だ。

 まあ、魔物の友達が四人いれば、四天王とか作れるから、ちょうどいいと思うしかないかな。


『分かっているとは思うけど、力を悪用したら駄目だよ。その力はひでぶぅの力じゃなくて、私が一時的に貸し与えているだけなんだから。私は自分が管理している転生者の悪事は、絶対に許さないからね』

「安心してください。僕一度も悪い事した事ないですから!」

『……』


 そう! 僕は一度も悪い事はしていない。ポモナ村での出来事は全て正当防衛だった。

 コルビー君の事も、リンゴを地面に置き忘れているのに、家に帰ろうとしていたから、投げて渡しただけなのだ。

 決して、投げて打つけた訳ではない。うん、うん、その通りだ。

 

『はぁー、ひでぶぅ……私は神様だよ。万引きで捕まった時に、『初めてです』って言えば、許してくれる玩具屋の優しい小父さんじゃないんだよ。嘘はバレバレなんだから。今度、魔物とエッチしてるのを見つけたら、去勢するからね』

「はいぃ? 魔物とエッチなんてしてませんよ」


 まったく身に覚えがない。

 エッチと言えば、あれだ。そう、あれだ。

 僕の身体は新品同様に綺麗なままだ。

 去勢なんてされるのは、見境無く雌犬と見れば、交尾しようとする馬鹿犬だけと決まっている。

 うん、うん、その通りだ。


『だから、バレバレだって言っているでしょう。海岸で人型魔物と裸で水遊びしていたのは、バレてんだからね! 次にやったら本気で去勢するからね!』

「いや、あれは、そのぉー、水浴びだし……じゃあ、人間だったらいいんですか?」


 言い訳しようと思ったけど、見られているから無駄だと気づいてしまった。

 チッ、この変態のぞき魔女神め。

 それにあそこの海岸は、ヌーディストビーチだった。服を着ている方が違法なんだ。

 キチンと調べたら、現地の住民魔物達は誰も服を着てなかったから、間違いない。


『そっちも駄目に決まってるでしょう。いい。ひでぶぅはエルフの年齢で考えれば、まだ一歳ぐらいなんだよ。駄目に決まっているでしょう。エッチするなら、三百六十歳になってからじゃないと駄目だよ』


 チッ。いちいち、うるせいなぁ。

 俺が誰と寝ようとお前には関係ないだろう!

 それとも、女神様がアクアの代わりに、俺様とピーーするのかよ!

 三百六十歳⁉︎ 巫山戯んじゃねぇよ! 十五歳でこっちはもう限界なんだよ!

 一度パンティー見てやっただけで、彼女面するんじゃねぇよ!

 ……なんて事は言いたくても、絶対に言えない。僕は黙って従うしかないのだ。


「……分かりました。我慢します」

『はぁー、全然納得している顔じゃないけど、まあ、信じる事にするよ。じゃあ、私は帰るよ。何かあった時は連絡するからね』


 本当に帰るようだ。女神様の身体が真っ白に発光していく。

 多分、十五秒ぐらいで消えてくれるはずだ。


「はぁーい。ご苦労様でした」


 よし、女神様が帰ったら自由時間だ。まずは何をしようか? 

 とりあえず、服を修理に出して、風呂に入ってから食事にしよう。

 しばらく戦うのは遠慮したい。

 色々とやりたい事を考えていると、パァッと女神様の身体が一際強く輝いた。

 そして、目を開けた次の瞬間には、目の前から消えていてくれた。


「ふぅー、さてと、今日はのんびりするぞ」


 邪魔者は消えたので、あとは僕の好きに出来る。

 まずは、ゆっくりと町の中で過ごして、神フォンのショップレベルを30まで上げよう。

 この町の中でも、神フォンは使えるようだから、その方が安全で効率も良いはずだ。

 低レベル装備で戦うよりも、安心安全の高レベル装備だ。


「それじゃあ、まずは服の修理だけど……誰に頼めばいいんだ?」


 普通に考えれば、服は防具に含まれる。

 だとしたら、鍛冶屋にいる赤髪ロングの女親方に渡せばいいだけだ。

 でも、腹筋バキバキの二十五歳の、鍛治屋の女親方に服を渡していいのだろうか?

 破られるんじゃないのか?

 いや、破られるよりも、薪代わりに、灼熱の炉の中に、放り込まれる可能性の方が高い。


「まあ、破れているし、試しに修理を頼んでみるか。駄目でも、どうせ買い替えるのは決まっているし」


 広場の建物は左から、『鍛治屋』『アクセサリー屋』『冒険者ギルド』『アイテム屋』『食堂』『マイホーム』と並んでいる。

 建物の中に入る事は出来ないので、何かを頼む時は、建物の外からカウンター越しに、店の人に話しかけないといけない。

 でも、それはゲームの設定だ。建物の中に入る事は、やろうと思えば出来るはずだ。


「すみません。服の修理をお願いしたいんですけど……」


 へそと同じぐらいの高さのカウンター越しに、建物の奥に見えた赤髪の女性に声をかけた。

 ちょうど、休憩中なのだろうか、両刃直剣の輝く刀身をジィーと眺めていた。

 本当は名前を呼びたいけど、この町の住民の名前は、ゲーム中に一度も出て来なかった。

 流石に知らない名前は呼べない。


「んっ、何だ? 見た事がない顔だけど、他所者か?」

「はい、今日、町に引っ越して来た者です。よろしくお願いします」


 赤髪の女性は剣を棚に置くと、スタスタとカウンターに向かって歩いて来る。

 ゲームでは声は出なかったけど、堂々と物怖ものおじしない、ハキハキした口調で話しかけてくる。

 でも、僕としては気になるのは、そこではなかった……。

 

「ほぉ~、引っ越しの挨拶か。私はレクシー。見ての通り、鍛治屋をやっている。よろしくな」

「えっーと、トオルです。よろしくお願いします」

「ああ、トオルか。それで仕事は何をするんだ? 私と同じ仕事は、出来れば避けて欲しいんだけどね」


 仕事? いや、そんな事よりも、赤いチャイナドレスの、太もものスリット切れ目からチラチラ見える、ピチピチの太ももちゃんが気になって、会話に集中できない。

 ゲームでもそうだったけど、口調は男っぽいのに、着ている服が、何故かセクシーなチャイナドレスなんだよな。

 神フォンの視点が固定式だったから、ゲームでは見えなかったけど、今なら下着の色が見えそうな気がする。


「お……おい、聞いているのか?」

「えっ、はい。聞いてます!」

「まったく、私の足に何か付いているのか?」

「いえ、何も付いていません。仕事ですよね……冒険者をやろうかと思っています」


 グッグググッと身体を斜めに倒して、なんとかチャイナドレスの太ももの隙間を見る事に成功した。

 なのに……くぅ~~~! 黒スパッツ着用だった。俺様の心を弄びやがって。


「おっ! おおおっ! 冒険者! 何だ、冒険者になるのか! だったら、私が実力を見てやる。私に勝ったら、店の商品をどれでも好きに持って行っていいぞ!」


 でも、なんとなく答えた僕の答えに、鍛治屋のレクシーは身体をプルプルと震わせて、興奮している。

 どうやら、黒スパッツを見た事は怒っていないようだけど、元冒険者にボコられるのは遠慮したい。


「えっ、いや、服の修理を頼みたい」

「——いやぁ~、助かったよ。鍛治ばかりだと、身体が鈍って鈍って、なっ!」

「うわっ! あっ、ちょっと⁉︎ やるとは⁉︎」


 服の修理を頼みたいだけだと言おうとしたけど、無駄だった。全然話を聞いていない。

 レクシーはさっき見ていた剣を手に取ると、カウンターをヒョイッと飛び越えて、店の外の広場に着地した。

 引っ越しの挨拶に来ただけなのに、決闘になってしまった。

 鋭い剣先をグイグイと突きつけられて、もう逃げられそうにない。

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