第31話

 気がついた時の第一声は、「ここ、どこだよ?」だった。

 今度は街の中ではなかったけど、どこかの森の中にワープさせられた事はすぐに分かった。

 雰囲気はクワイエットの森に似ているけど、生息する魔物の種類は違っているし、レベルが12と高い。

 見た事がない蜂型の魔物がブンブンと飛び回っているので、出来るだけ早く、女神様にはお迎えに来て欲しい。

 ここでは安心して避難できません。


「また三日ぐらいは放置されるかもしれないな。だとしたら、魔物を倒さないと食事代もないぞ」


 とりあえず、状況確認の為に神フォンのマップを開いた。

 まずは現在地を調べたい。


「なるほど。海を越えた先にある森の中にいるのか。確かに周辺に町も人もいないから、避難場所にはいいかもしれないけど……」


 現在地は、ラッシュ街道を南に進んで、海を越えた先にある森の中だった。

 数千キロメートルを一瞬で移動したのは分かったけど、まだレベルの上限が10のままだ。

 この辺の魔物はレベル12と、どうせ倒すならば、エルだけじゃなくて、経験値も欲しい。

 しばらくはゴロゴロしながら、神フォンで焼きそばか、ミートソーススパゲッティでも食べて、のんびりしようかな。


『プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪』

「えっ? 今度は早いよぉ~」


 一日振りに果物以外の食事が出来ると思ったのに、女神様から電話がかかってきた。

 タイミングが遅かったり、早かったりと、本当に空気の読めない女神様だ。

『面倒くさい女だなぁ~』と、心の中で彼氏面しながらも、神フォンの応答をタッチした。


「はい、もしもし?」

『ハァ、ハァ、ハァ‼︎ 私、ルミエル。今、あなたの後ろにいるの。ガチャン。ツゥツゥツゥ』

「……はぁ?」


 電話越しに、呼吸が荒い変態女神様の声が聞こえてきた。そして、すぐに切られた。

 悪戯電話なのは分かったけど、出来れば、すぐに後ろに来ないで、徐々に僕に近づいた方がいい。

 そうしないと怖くはないはずだ。


「何がしたいんだよ。まったく……」


 多分、いないと思いながらも、念の為に背後を振り返ろうとした。

 けれども、振り返る前に、背中にドスッと硬い物が押し当てられた。


『動くな。殺すぞ』

「ひぃっ⁉︎」

『黙れ。後ろを振り返らずに、手に持っている赤い物を渡せ。おかしな真似をしたら、身体中を蜂の巣にするぞ』


 殺し屋のような冷たい声で、男が僕の左耳に向かって囁いて来る。

 さっき見た神フォンのマップには、赤色魔物の点滅しか見えなかった。

 人間を示す桃色の点滅を、僕が見逃すはずはないと思う。


「うっっ……」


 もしかすると、人語を話せる賢い魔物かもしれない。

 下手に抵抗しなければ、友好関係を結べるかもしれない。

 女神様もそのつもりで、僕をここに送ったのかもしれない。

 全部がかもしれないという可能性だけど、これはピンチじゃない。チャンスだ。

 

「はい。どうぞです」

『良い子だ。死にたくなければ、そのままジッとしていろ』


 出来るだけ刺激しないように、左手に持っていた神フォンを腕を回して、背後の男に手渡した。

 神フォンを男が受け取ったので、ゆっくりと口を開いて、男が誰なのか聞こうとした。


「すみません」

『——黙れ』

「すみません!」

『黙れと言ったんだ。三度目だぞ。その長い耳は飾りなのか? 引き千切るぞ』

「す……」


 駄目だ。友好関係を結ぶ前に、話しすら聞いてくれない。

 こうなったら、実力行使で友好関係を結んだ方が早そうだ。

 魔物ならば、HPを十分の一まで減らせば、強制的に友達に出来る。

 あとは魔物の村か、町に案内させて、若くて可愛い女の子がいたら、友達チェンジすればいいんだ。


『……こんなところか。作業は終わった。そのまま目をつぶって、十数えていろ。俺がいいと言うまで、ジッとしていろ。分かったら、一回頷け』

「……」


 コクンと言われる通りに僕は頷いた。

 男が何をしたいのか分からないけど、見逃してくれるならば、逆らわない方が絶対にいい。

 

『よし、いい子だ』


 駄目だ!

 どんなに耳を澄ましても何も聞こえない。

 謎の男の気配も分からない。


 この後、僕はどうなるんだ? 

 気絶させられて、頭から袋を被せられて、手足をロープで縛られるのか?

 何も分からない。

 何が正解なのか分からない。

 抵抗したいけど、レベル差があり過ぎれば、下手に抵抗しない方がいい。

 言われる通りに十数えるしかなかった。

 そして、十数え終わった瞬間に、それは起きた。


『プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪』

「ひぃぃ~~‼︎ 助けてぇぇ~~~~‼︎」


 思わず、頭を抱えて座り込んで命乞いをしてしまった。

 ただ、電話が鳴っただけなのに……。


『プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪』

「へっ、えっ、ええっ? 誰もいない……」

 

 鳴り続ける電話に謎の男が何も反応しないので、恐る恐る目を開けて、背後を振り返った。

 そこには誰もいなかった。

 地面に置かれた神フォンを急いで拾うと、応答ボタンを急いでタッチした。

 緊急事態発生だ!


『もぉー、さっさと出てよ。かかって来た電話は、三秒以内に取るのが社会の常識だよ』

「そんなのどうでもいいんですよ! それよりも大変なんですよ! 知らない謎の男に襲われたんです! 女神様は、僕を襲った犯人を見てないんですか!」


 女神様ならば、僕を襲った犯人を見ているはずだ。

 声だけじゃ、どんな魔物だったのか全然見当もつかない。


『えっ、犯人? ああっ~、さっきの人は神フォンサポートセンターの人だよ。追加機能を付けないといけないから、アップデートして欲しいって、連絡したんだよ。私がそっち側に行けないのは知っているでしょう』

「えっ、サポートセンターの人? 何だ、あっはははは。何だ、サポートセンターの人か……笑えねぇよ‼︎ どう見ても、殺し屋センターの人だよ‼︎」


 スマホサポートセンターの人が、「殺すぞ」「蜂の巣にするぞ」「耳を引き千切るぞ」なんて言っているのを、一度も聞いた事がない。


『殺し屋って……まったく、ひでぶぅはビビリ過ぎなんだよ。その世界に行ってから、対人恐怖になったんじゃないの?』

「違いますよ。絶対に僕の幻聴じゃなくて、実際にあの男は殺すって言いましたよ!」

『はいはい、そうですね。でも、安心していいよ。その神フォンに新しい機能を追加したから、人っぽいのと話せるから』


 人っぽいと聞いた時点で、もう期待はしていないけど、追加機能はやっぱり嬉しい。

 まあ、大体予想は出来ている。おそらく『Siriシリ』だ。

 Siriはスマートフォンに搭載されている人工知能のようなもので、スマホに話しかけると、何でも答えてくれるという便利な機能だ。

 でも、神フォンからは嫌がらせで、野太い男の声が聞こえて来そうで、あまり使いたくはない。


「人っぽいって、何ですか? Siriですか?」

『あはは、Siriじゃないよ。もうちょっとリアルだよ。まあ、見た方が早いから、神フォンに追加された『ホーム』ボタンをタッチしてみてよ。ガチャン。ツゥツゥツゥ』

「あっ、また切った」


 とりあえず、Siriじゃないようだけど、ホーム機能か。

 スマホの時も使った事ないから分からない。

 まあ、見た方が早いのなら見るしかない。

 神フォンの画面に追加された、家の形をしたホームボタンをタッチしてみた。


「んっ、あれ? 身体が光っている。またワープするのか?」


 タッチしてもすぐには変化は起きなかった。

 でも、十秒ほどで身体が光に包まれ始めた。

 しばらく何が起こるのか待っていると、突然、目の前で激しい閃光が起こった。


「うわぁっ⁉︎」


 反射的に目をつぶって、両腕で目をガードする。

 しばらく待ってから、恐る恐る目を開けると、僕は森の中にはいなかった。


「あれ、ここは? もしかして……」


 実際に来た事はない。

 でも、この町は何度も画面越しに見た事がある町だった。

 確か町の名前は、『コルヌコピアイ』。神フォンの中のRPGゲームの町だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る