第29話

「ドゥドゥドゥ!」

『『ピィー! ピィー!』』


 手綱を力いっぱい引っ張って、興奮している牝鹿二匹を止まらせた。

 正義は必ず勝つ。手綱から手を離して牝鹿の背中から飛び降りて、地面にスタッと着地した。

 倒れているサリオスを念の為に四回蹴ったけど、反応はまったくなかった。

 女神様に言われた通りに悪い転生者は退治した。

 あとは報酬をタップリと、女神様の身体で払って貰うだけだ。


「さてと、どうせ女神様から連絡が来るんだろうな。へっ!」


 お決まりのパターンだ。

 いつも、いつもピンチ中には一切連絡して来ない。

 そして、僕が全てを終わらせた後に連絡してくる。

 もう騙されない。今日という今日はガァツンと言ってやる。


「チッ。おっせいなぁー!」


 もうサリオスを倒して五分は経過した。

 待っている間に、牝鹿二匹の首からパンティー手綱を回収したり、倒れているサリオスの横に寝て、神フォンで記念撮影したりとしたけど、女神からの連絡はまだ来ない。

 どうやら、俺様の怒りっぷりにビビっているようだ。軽く数えて四回だ。

 小石リンチ、村人戦士三人組リンチ、木の棒小母さんリンチと、ポモナ村のリンチ祭りに強制参加だ。

 

「あのあまぁー! 純白パンティーを脱がすだけで許されると思うなよ!」


 もう頭の中では、女神にめちゃくちゃエロ恥ずかしい格好をさせて、痛ぶっている。

 もしも、このまま連絡が来ないようならば、ポモナ村に戻って、村人リンチ祭りと奥さん凌辱りょうじょく祭りを始めてやるつもりだ。

 俺様をここまで怒らせた事を、タップリと後悔すればいいんだ。


『プルルルル♪ プルルルル♪ 女神様からの電話だよ♪』

「チッ。やっとかけて来やがったか。遅いんだよ!」


 ズボンの左ポケットに入れていた神フォンが震え出した。

 やっと怒られる覚悟が出来たようだ。

 神フォンの画面を見たら、いつもの非通知設定だった。

 そして、神フォンの画面には緑の『応答』はあるものの、赤の『拒否』がどこにも見当たらない。

 どうやら反省が足りないようだ。

 このまま無視して放置してもいいけど、俺様もそこまでガキじゃない。

 乱暴に画面の応答を人差し指でタッチした。


『あっ、トオル! 良かったぁ~♪ やっと電話が繋がったよ。全然連絡が取れないから心配してたんだよ。大丈夫だった?』

「……」

『トオル? どうしたの? 声が出せないの? 大丈夫?』


 ほぉー、そう来たか。電波が繋がらなかったから、助けられなかったという訳か……白々しい嘘だ。

 どうせ、さっきまでゲラゲラ笑っていて、必死に戦っている俺様の姿を馬鹿にしていたんだ。

 もう騙されない。心配したふりも、優しいふりも、俺様にはもう通用しない。


「うるせいなぁー! 聞こえてんだよ! なんで助けに来ないんだよ! 何回死にかけたのか分かってんのか!」

『えっ、えっ、どうしたのトオル⁉︎ 怒ってるの?』


 電話越しに女神様が、アタフタしている姿が目に浮かぶ。このまま続行だ。


「怒っている以外にどう見えるんだよぉー!」

『ちょっと、ちょっと、トオル⁉︎ 落ち着いて話をしようよ。ねぇ? それとも、また後で連絡した方がいいかな?』


 どうやら、かなりビビっているようだ。慌てて電話を切ろうとしているけど、させるはずがない。


「おい、逃げんじゃねぇよ! 分かってんだぞ。どうせ、ずっーと見てたんだろう? 面白かったか? 俺が殺されそうになるのが、そんなに面白かったか? 何が電波が繋がらないだ。巫山戯んじゃねぇよ! このロリババアがぁー!」

『……』


 イェーイ! 言ってやったぜぇー! ついに言ってしまったぜぇー!

 女神様、いや、ロリババアはショックのあまり何も言えずに撃沈している。


「おい、ロリババア! 何とか言えよ! それとも、また泣いて謝って、使えないスキルでもくれるのか? そんなんじゃ許さねぇからな!」


 もう、いじめられっ子の僕はどこにもいない。死んで生まれ変わったんだ。

 もう僕は弱くて意気地なしの男じゃない。言う時はハッキリと言える男だ。

 武器を持った凶悪な村人二人を、拳と魔法でぶっ倒せる強い男なんだ。

 可愛らしい女神の一人や二人怖くはない。なんなら俺様の女にしてやってもいいぐらいだぜ。


『……はぁ? テメェー、今何って言った? テメェー、ぶっ殺すぞ』

「えっ、えっ、女神様⁉︎」


 電話越しから、氷のような冷たい声が聞こえてきた。この冷たい声には聞き覚えがある。

 クラスの女子達が、北斗の拳式サンドバックを受けた直後の上半身裸の僕に、「汚い汚物を見せるな」と苦情を言いに来た時と一緒だ。

 あの時は精神的慰謝料を、十八万円請求されたけど、土下座で一時間粘って、なんとか許してもらえた。

 

『何って言ったって聞いてんだよぉーーー‼︎ この白豚‼︎」

「ひぃぃ~~~‼︎ すみません、ごめんなさい、調子に乗りましたぁー‼︎」


 女神様の怒号に、僕のトラウマスイッチが素早く反応して、勝手にオンにされてしまった。

 条件反射の如く地面に平伏すと、ビヨーンビヨーンに伸び切ったパンティーを地面に敷いて、神フォンをその上に置いた。そして、高速三段土下座で、誠心誠意謝罪した。

 でも、見慣れた土下座にあまり効果はなかったようだ。

 晴天だった空をゴロゴロと雨雲が覆い尽くし、ザーザーと大雨が降り注いできた。

 

『チッ。白豚の癖に、女の神様だからって、舐めやがってよぉー……そんなに今すぐに死にてぇいなら、天国から女神のいかずち落として、その小麦色の肌を丸焦げにしてやろうか。ああっー?』

「すみませんでした! 戦闘直後でアドレナリンが溢れ過ぎていて、ラリっていたんです! 薬中の戯言だと思って許してください! お願いします!」

『嘘吐いてんじゃねぇよ! オメェーの本心なんだろうがぁ!』


 カァッ‼︎ ドォシャーーン‼︎ 空が光ったと思ったら、轟音と共に近くに立っていた木に落雷が直撃した。


「ぎゃああああああっ‼︎ ごめんなさい‼︎ ごめんなさい‼︎」


 落雷が直撃した木は黒焦げにはならず、爆発したようにバラバラに弾け飛んでいる。

 あんなの喰らったら、本当にひでぶぅになってしまう。

 ガタガタ、ブルブルと冷たい雨に打たれながら、女神様の機嫌が直るように祈り続けた。


『大体、簡単なクエストなのに、オメェーが失敗して、勝手にピンチになっただけだろうが。自分の失敗を人の所為にするんじゃねぇよ!』

「はい、おっしゃる通りです! 全ては僕の失敗が招いたピンチでした。お許しください!」

『それにパンティー盗んでいる暇があるなら、友達と三人掛かりで、パパッと倒せばいいんだよ』

「あっ、やっぱり見てた」

『——はぁ~~~? テメェー、なに勝手にあたま上げてんだよ‼︎ 黒焦げ和豚サーロインおデブステーキになりたいのか? だったら、落としちゃうよ。三、二、一、落としちゃうよ?』

「すみませんでした‼︎」


「やっぱり見てたんじゃないですか!」と頭を上げて言おうとしたら、それも許されなかった。

 雷が頭に落とされる前に、再び急いで土下座姿勢に戻った。

 

『はぁー、私もそんなに暇じゃないんだよ。パンティー盗んでいる姿をずっーと見ていたいと思う? 呆れて、他の仕事をやっていたら、なんだか捕まっているし、別の神様の妨害で助けられなかったんだからね』

「別の神様の妨害? あっ! もしかしたらサリオスの神様かもしれません! ヤーヌスとか言ってました!」


 ふぅ、ふぅ、ふぅ、助かった。怒り疲れて少し女神様も落ち着いてきたようだ。

 そうだ。僕が死にそうになった元々の原因はサリオスじゃない。

 僕が建物に隠れて、村から逃げ出そうとした瞬間に現れた神ヤーヌスが、村人全員に僕の侵入を教えたからだ。

 あれさえなければ、問題なく村から逃げ出せていたし、逃げた後に心変わりして村に戻って、サリオスを楽に倒せていたかもしれない。

 全てはあいつの所為だ。


『ヤーヌス? ……聞いた事がない名前だね。きっと下級の悪い神様だと思うよ。でも、そいつの手下を倒しちゃったのか……そういうのはしつこいから、ひでぶぅが死ぬまで狙ってくるだろうね。ひでぶぅ、どんまい♪』

「いやいや、そんな軽い感じで言われても困りますよ! どうにかならないんですか? 助けてくださいよぉー!」

『う~~~ん、私一人じゃ難しいから、ちょっと他の神様にも手伝ってもらわないといけないかな。とりあえず、一時的だけど避難場所を用意するから、そこで待っててよ。じゃあ、送るねぇ~♪』

「えっ?」


 僕の都合や意見はどうでもいいようだ。身体が光に包まれていく。

 きっと避難場所に転送させるつもりだ。

 レアンドロス海岸に行って、アクアマンドレイクを友達にするのは当分無理そうだ。

 それはそうと、転送できるなら、最初の街でもやってくれればいいのに……。

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