第26話

「ごくり……」


 殺るしかない。

 呼び出した時点で戦いからは逃げられない。

 二人っきり、仲間は外に二人だけ、これ以上の好条件は二度と訪れない。

 手枷と足枷で身体が思うように動かせないのに、今、気づいてしまったけど、そんなの関係ねぇ!

 自棄っぱちではない! さあ、殺ってやるぞぉー!


 覚悟を決めると、手枷に嵌った両手の拳を強く握り締めた。

 そして、サリオスの顎下を狙って、下から上に向かって、一気に腕を振り上げた。

 ガァン! と両拳がサリオスの顎を激しく打ち抜いた。


「シャアアッ‼︎」

「がぁはっ⁉︎ くっ、何をする!」

「——〝叫べ、水の咆哮〟」


 体勢を立て直される前に、素早く右手手のひらに意識を集中させる。

 そして、殴られて怒っているサリオスの顔面に向かって、追加の水の咆哮を発射した。

 もうこれで後戻りは出来なくなった。


「ハッ! ぼぉへえぇぇっ⁉︎」

「うわぁっ!」


 バシャーン‼︎ 長さ二メートル、直径五十センチの水の塊が至近距離で弾け飛んだ。

 サリオスは特大ハンマーで殴られたような強い衝撃によって、弾き飛ばされ、後頭部を床に激しく強打した。

 僕も跳ね返った水で、全身が水浸しになってしまったけど、そんな細かい事を気にしている余裕はない。

 四メートル先の床に倒れているサリオスの身体が、ピクリと動いたからだ。


「うぐっ、うぅぅっ、き、貴様っ⁉︎ 何故、魔法が使える⁉︎ 神からは魔法が使えるとは聞いていないぞ」

「ちっ……気絶してくれればいいのに!」


 だとしたら、それは情報が古いだけだ。もう昨日の弱虫の僕はどこにもいない。

 起き上がろうとするサリオスに向かって、僕は容赦なくトドメの一撃を発射した。

 さようなら、僕の代わりに地獄を楽しんでね。

 

「〝叫べ、水の咆哮〟」

「うおおぉぉぉ~~~‼︎ ハァッ‼︎」

「なっ⁉︎」


 バシャーン‼︎ サリオスは起き上がる時間もないと判断すると、床を素早く横にゴロゴロ転がって、水の咆哮を回避——そして、全身に力を入れて、ダァンッと床に身体を打つけたと思ったら、トランポリンのように飛び跳ねて素早く立ち上がった。


「……あっ、ヤバイ」

「ハァ、ハァ……ぶっ殺してやる‼︎」


 お別れの挨拶はまだ早かったようだ。凄い目で僕を睨みつけてくる。

 それにこれだけ騒いだら、当然、来るよね。


「大丈夫ですか⁉︎ この野朗!」

「すぐに村人を集めて来ます!」


 仲間二人がドタバタと慌てて建物の中に入ってきた。

 やっぱり、水の咆哮が床に打つかった時の音が大き過ぎた。

 戦闘中に床バシャーンはないわぁ~。


「その必要はない‼︎ さっさとコイツを殺せ‼︎」

「「はい‼︎」」


 やっぱり自分では戦わないようだ。

 残りHPから一撃でも食らったら死ぬのは分かっているんだ。

 そして、神フォンは床に転がったままだ。

 回復する手段は神フォンを拾うか、回復アイテムを持っている人から貰うしかない。

 サリオスが考える手は、仲間二人を戦わせている間に神フォンを拾って脱出か、そのまま脱出のどちらかしかない。


 僕の腕力と知性は両方とも181だ。

 防具をつけていない顎下からの物理攻撃で、ダメージ543。

 口元を狙った魔法攻撃で、ダメージ543。

 サリオスの最大HPは1182だから、予想では残りHP は96になっているはずだ。

 剣を抜いて、ジリジリと接近してくるサリオスの仲間二人は気にしない。

 素早く腕を動かして、右手手のひらの照準を、サリオスの胴体に向けて発射した。


「〝叫べ、水の咆哮〟」

「フッ……」

「なっ⁉︎」


 バシャーン‼︎ けれども、水の咆哮が発射されると同時に、サリオスは真横に飛んで軽々と回避した。


「そんな子供騙しが何度も当たるか」

「くっ……」


 魔法が見切られている? 

 まあ、手のひらを向けて、呪文を唱えるんだ。

 口が動いた瞬間に動けばいいし、身体の僅かな動きで、何となく攻撃の気配が分かってしまう。

 でも、不満を言ったってしょうがない。これしか使えないんだから。


 それに、サリオスがいた魔物しかいない異世界でも、魔法が使える魔物はいたはずだ。

 武技の体術と剣術の二つが中級なんだから、倒した魔物の数は最低でも二千匹だ。

 僕程度が考える事は、腕を動かした瞬間には、次の動きまで分かるんだろう。

 サリオスを倒すのは後回しだ。

 まずは仲間二人を倒さないと……もう超ヤバイ!


「死ねっ!」

「ひゃぁ! ——」


 ヒューン‼︎ 村人戦士の振り下ろされる剣を、軽やかなバックステップで僕は回避した。もちろん気分だけだ。

 両足がすでに鉛のように重い。いや、実際には鉄球だけど……って! 

 馬鹿な事を考えている時間はない。


「——〝叫べ、水の咆哮〟」

「ぐわぁっ⁉︎」


 回避と同時に胸に照準を合わせて発射する。

 バシャーン‼︎ 水の咆哮が胸に直撃すると、仰向けのまま、五メートルほど床の上をサァーッと滑っていく。

 至近距離での水の咆哮ならば、百戦錬磨の達人じゃないなら確実に当たる。


「ぐぅ、ぐっっ、油断しちまったぜぇ」


 けれども、一撃では倒しきれない。

 吹き飛ばされた男は痛みを堪えながら、床から素早く立ち上がった。

 鉄の足枷を外すのは無理だと分かっている。

 でも、せめて木の手枷を外せれば、攻撃範囲も攻撃手段も少しは増えるんだけど……。


「マルケス、口と手のひらだけに注意していれば大丈夫だ。前後から攻撃するぞ」

「分かった。殺すのは早いもん勝ちだからな」

「へっへへへ。そりゃ負けられねぇなぁー」

 

 マルケスか。やっと村人戦士全員の名前が分かった。

 茶髪で無精髭の男がマルケスならば、ボサボサの黒髪にバンダナを巻いているのがクレイグになる。

 まあ、男には興味ないし、倒さないといけない敵だ。さっさとモブキャラは倒して、さっさと忘れよう。


 クレイグとマルケスは手のひらを向ければ、警戒して動きを止める。

 けれども、手枷で拘束された腕だと、一方向しか狙えない。片方を狙うと、もう片方が接近して来る。

 前後を挟まれた状態でやる、『ダルマさんが転んだ』は新鮮だけど、相手が剣を持っていたら、楽しむ余裕はない。

 それに隙あらば、建物の外に逃げようとするサリオスを、常に注意して見てないといけない。


「三対一、なんて卑怯だぞ!」

「何が卑怯だ。卑怯なのは、お前だろうが!」

「そうだ、この嘘吐き野朗! 何が電話がかかって来るだ!」

「くっ……」


 前を見れば、後ろが近づく。後ろを振り返れば、前が近づく。三対一、こんなの集中力が持たない。

 極論、サリオス以外は倒さなくてもいい。でも、サリオスを倒すには、この二人が明らかに邪魔だ。

 そして、二人を倒していたら、サリオスに逃げられる。ほら、やっぱりどう考えても答えは決まっている。

 つまり、三人同時に倒さないと勝てないという事だ。


「出来るか、馬鹿野郎!」と戦う事を放棄してもいいけど、地獄行きは確定だ。

 三人を瞬殺する手段をイメージしなくてはいけない。

 多分、早い・美味い・安いのイメージで考えるのは危険だ。

 最短でゲームをクリアする基本的な方法は、力押ししかないと思う。

 この場合は敵の攻撃なんて気にせずに突撃すればいい。


 問題は誰に突撃するかだ。

 サリオスは駄目だ。僕が一撃KOされてしまう。

 やるなら、二人のどちらかしかない。

 だとしたら、水の咆哮で吹き飛ばして、HPが減っているマルケスではなくて、HP満タンのクレイグを狙った方がいい。

 一撃 KOのサリオスとマルケスよりも、HP満タンで二撃KOのクレイグの方が、精神的に余裕があるはずだ。


 足枷についている鉄球は重いけど、マルケスとクレイグのどちらかが鍵は持っている。

 神フォンは床に落ちている。

 二人を倒して、足枷を外して、手枷を壊して、神フォンでHP・MPを回復する。

 サリオスには逃げられるけど、それでもいいじゃないか。

 生き延びれば、倒すチャンスはある。


「よっしゃあ‼︎ 殺せるものなら、殺してみろ‼︎ うおおぉぉぉ~~‼︎」


 覚悟を決めて、マルケスに向かって突撃した。

 正直、何度目の覚悟かもう覚えていない。とにかく最後の覚悟で突撃だ。

 左右の鉄球がゴロゴロと床を転がって、僕の後ろをついて来る。

 目の前には剣を振り上げているマルケスの姿が映っている。

 そして、僕に向かって剣が振り下ろされた。


「うおおおおりゃっ‼︎」


 ここしかない! 腕を上げて、マルケスの剣の軌道上に手枷を構えた。


「来い! がぁああっっ⁉︎」


 ブン‼︎ 左右の手が嵌められている二つの穴の中間——手枷の中心に、マルケスの刀身が吸い込まれていく。

 渾身の力が込められた刀身は、バキィン‼︎ と手枷を真っ二つに両断した後も、勢いを殺さなかった。

 僕の左肩から右脇腹までの肉を切り裂いた。

 HPダメージ343。僕の残りHPは672/1015になった。

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