風雲忌憚 〜冴えないアラサーが英雄になるまで〜

山猫芸妓

序章

第一話 ブラックな日常からの脱却…?

「ぬわぁ…暑ぃ〜…」


 俺は"坂崎 陸汰"28歳彼女いない歴=年齢の大童貞ベテランだ。


 学生時代をただひたすら虚無に過ごし、何も得る事無く今こうしてブラック企業に首輪を繋がれ、こんな真夏の昼間に外でひたすら営業をやっている。こんな事なら学生時代をちゃんと過ごしておけばよかった…、って今更悔やんでもおせーな畜生…。


 とりあえず会社の車に乗り込み、涼もうとすると…。


「ちょっと、まだノルマ達成してないんだからとっとと行くわよノロマ」


 この神経質そうな女は俺の上司"舞野海まいの うみ"顔とスタイルはいいんだが見た目通りの性格でパワハラは当たり前、ガサツで他人にだけ厳しい超最悪上司だ。


「あ、了解っすー、次何処でしたっけー?」


「自分で調べる事も出来ないの?あ、そうだ何か冷たいもの買ってきて、暑くて死にそうよ」


「な…」


「ほら早く!貴方のせいでノルマ達成出来なかったら責任取れるの?行きなさーい!」


「は、はいただいま…!」


 畜生、なんだってんだ畜生!暑い暑い暑い暑いぃ!なんであんなやつと組まされなきゃならないんだよ!?


 様々な罵詈雑言を含んだ文句を彼女に聴こえない様に呟きながら、近場のコンビニに入り、適当なアイスと冷たい飲み物を買い戻った。


「た、ただいま戻りました…」


「あら、貴方にしてはセンス良いじゃない、ありがとね」


「ありがとね…では無くお金は…?」


「後輩が先輩に奢るのは当たり前でしょおおおお!」


「ヒェッ…」


「溶けるわよとっとと食いなさい、早く行かないと日が暮れるわ」


 こんな嫌な上司にこき使われて、彼女もいなければ金もない、昇進の見込みも無ければ人生への希望も持てない。


 …やり直したいな、こんな人生。


 上司の様々な文句を左の耳から右へと流しながら運転していると、明らかに様子のおかしいトラックが対向車線からやってきた。フロントから本来見える筈の運転手の姿が無く、代わりにフロントガラス一面にが満ちていた。


「坂崎?なんかあのトラック…」


「え、ええ…随分と強いスモークガラスを使ってますね?あれは違法なんじゃ…ってあれ」


 そのトラックとの距離が近づくにつれ、その"黒"の異質さにも気づいていった。


 ただの闇ではなく、何か霧の様な曇りがかった何かがトラック内に充満しているようだった。


 その闇の中から


 大量の"目"がこちらを覗き込んでいたのだ


「ヒッ…なんだよ…あれ」


「気味が悪いわ…もうちょっと出せないの?早くすれ違ってしまいたい…」


「そ、そうですね…スピードだして早めにすれ違いますか」


 その選択が大きな間違いだった事に気付くのに、時間は必要なかった。


 対向車線を走っていたトラックは大きく左に逸れ、こちらの車線に乗り出してくる。


「さ…坂崎!」


「は、はいぃ!」


 トラックを躱す為左の路地側に車を停めようとするが、ハンドルが効かない。


「ハンドルが効かない…?」


「はぁ…!?ちょっと貸して!」


 舞野が強引にハンドルを取り、力一杯切ろうとするが、やはり動かない。


「ほ、本当だ…」


「そうだ!ブレーキは!」


 後ろに車がいない事を確認し、急ブレーキを踏もうとするも、これも効かない。


「そ、そんな…」


「嫌、嫌よ私こんな所で!死にたくない!まだ結婚もしてないのにぃ…!それに…うぅ…」


 舞野は瞼を真っ赤に腫らしグチャグチャに泣きじゃくっている。


 俺だって嫌だ、まだ俺だって…。


 俺だって…


 真正面からトラックに衝突し、強い衝撃と痛みと共に意識が途切れた。






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