第26話 話が終わって

「えーと、そういうわけでして、その、矢を射った直後にアールが来てそのまま逃げて、そこでシスターに会って今に至ります……」


 説明を終えたエルは、アールと揃ってこの世の終わりのような表情で項垂れ俯いている。


「大体予想通りか。いや、名前まで交換したのは予想していなかったが。それでこれから名前はどうするんだ? 元に戻すのか」

「あ、いえ、このままで行こうかと。何だかエルで兄の方がしっくりする感じがするので」

「僕も同じです。ここまでピッタリな感じがすると、生まれた時から既に間違えられていたと思う程です」

「そうか。じゃあ話は以上だ、解散」


 ヒラヒラと手を振るクラウスにエルとアールは顔を上げ、ポカンと口を開けた。


「え、あの僕達今まで通りここにいていいんですか? 人を殺しているのですが」

「僕に至っては実の親だけど……」

「問題ない。この街で殺人は罪にならんしここでは俺がないと言えばないんだ。密偵でないのが分かれば十分、分かったらさっさと仕事に戻れ」


 クラウスの言葉の意味を理解すると、エルとアールの顔は一気にパアッと輝いた。


「ありがとうございます! 僕これからも一生懸命働きます!」

「僕も! ボスと神父様の為に働きます!!」


 部屋を出る時にもう一度深くお辞儀をして双子は部屋を出て行くのを見送ってから、クライスはシスターに話しかけた。


「お前ももう行っていいぞ」

「え?」

「ん?」

「私がいる意味あった?」

「ああ、今までのやり取りを見ていても分からなかったか」


 そう言ってクライスはニコリと笑いかける。


「ここにいればどれだけ人を殺していても何の罪にも問われない、追われていてもだ。ここなら安心して生きていける」


 シスターは驚きで一瞬目を見開くと、警戒するように後ずさるのをクライスは宥めるように話を続ける。


「そんなに怖がらなくていい、無理矢理聞き出すようなことはしない」

「……どこまで知っているの」

「さあ? お前が話してくれない限り、知っているとは言えないな。ほら、それより俺達も行こう。せっかく昼間からいるんだ、ハーヴィーに診察でもしてもらおうか」

「医者嫌いなんだけど」

「つまり自分から行っていないんだな。ならなお行こう」

「あ、ちょっと」


 クライスはシスターの手を握るとそのまま部屋を出て行ってしまい、クラウス一人だけが残された。


 クラウスが一つため息をついてから立ち上がろうとした時、控えめにドアをノックする音が聞こえた。


「入れ」

「あ、はいっ。失礼します」

「エルか。まだ何か用があるのか?」

「はい、その、ボスにコレを預かってほしくて持ってきました」


 エルが差し出してきたのは透明の液体が入った小さな瓶。


「これは何だ?」

「……僕が奴隷商人を殺す時に使った毒薬です。勝手に処分して見つかったら大変だと思って、ずっと持っていたんです」

「そうか……しかし、あの村周辺には毒になるような動植物はなかった筈だが。エル、この毒は追い出された家で作り、使う相手は母親だったんじゃないのか」

「ボスは何でも分かるんですね。浮気の証拠を掴んで毒殺を考えていたんです、でもあの時アールはまだ母親を慕っていたので出来ませんでした。結局母親と一緒に追い出されましたが、こうしてこの街に住めるようになったので今は感謝しています」


 本来ならこの屋敷に来てすぐに捨てるべきだったのだろうが、街に捨てて万が一誰かが誤って触れて死んでしまったりしてはいけないとエルはずっと隠し持っていた。


 しかしこうして全てを話し、受け入れてもらえた今なら出しても大丈夫だと思いエルはクラウスに毒薬を渡した。


「今出したのはいい判断だ。屋敷に来た直後に見つけていたら真っ先に尋問していただろうからな」


 軽く笑いながら話すクラウスに以前なら冷や汗を流したり怯えたりしていたエルだが、今ではこうして同じように笑って話しができる程になっていた。

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