イチでもゼロでもない話
秋月
第1話 双子のエルとアール
双子のエルとアールは無言でせっせと皿や食器を洗っていた。
屋敷はかなり広く、この食堂だけでもエルとアールが住んでいた家より広い。
さらに扱われている銀製の食器は一切曇りがなく、皿一枚だけでもかなりの価値があることが分かる。
「……これって現実なんだよね」
食器を洗う手を止め、アールがぽそりと呟いた。
「うん。ついでに言うと、僕達が来たのは昨日。なんか信じられない事が続いて追いつけてないけど、今僕達がやる事は食器を洗って綺麗に片付ける事だと思うよ」
エルはそう答えながらもアールの方を一切見ず、食器を洗い続けている。
「そうかあ……うん、まあ僕もちょっと頭の中を整理したかっただけなんだけどさ。だって……ねえ」
「……まあ、そうだよね」
全ての食器を洗い終え、今度はその食器を布で優しく拭きながら双子はここに来るまでの事を思い出し始めた。
昨日、双子は母親に売られた。
正しくは売られたのは弟だけ。しかし双子にとってお互いが離れ離れになるのはあってはならないことだった。
母親と離れることよりも。
だから母に売られなかった兄は弟を探す為に何の躊躇いもなく家を出た。
幸い弟は売られてまだ時間はなっていない事が分かり、急いで後を追った。
たとえ見つからなくとも見つかるまで探す。そんな意気込みだったが幸い弟を乗せた馬車はすぐに見つかった。
ただ弟を見つける事しか考えていなかった兄はそのまま馬車へと乗り込み、後を追われる事になる。
アールの手を引きながらエルは追っ手をまく為ひたすら森の中を走るが相手も必死なのか中々諦めない。
それでも何とか逃げ切ろうと走っていた双子は前を歩いていた人物に気づかず、思い切りぶつかり尻餅をついた。
「うわっ!」
「っ!?」
双子がぶつかった人物は長い黒髪が特徴の女性で、何が起きたのか分かっていないのか尻餅をついたまま呆然と双子を見つめている。
「あ、あのっ! 助けて下さい!」
「え?」
「いたぞ!」
「お願いします! 助けて!」
まだ呆然としており状況把握も出来ていないであろう女性だが、双子もなりふり構っていられず座り込んだままの女性の後ろにサッと回りこんだ。
女性の来ている服はボロボロで熟練の冒険者という感じだが、結構細身で正直強そうに見えない。
しかし双子は藁にも縋る思いでその女性を無理矢理立たせ、ぐいぐいと背中を押した。
「え、ちょっと」
「何だてめえ? 俺達とやるってのか」
「何を。ねえ、ちょっと、何この状況。とりあえず背中押すの止めて」
追手が腰に下げていた剣を抜こうとした時、追手の仲間も追いついてきた。
流石に二人を相手にするのは無理かと双子は思ったが、追いついてきた男の様子がおかしい。
「おい! 大変だ! ガキなんざ放って早く戻って来い!!」
「はあ? 仕事放棄する気か?」
「その仕事の依頼主が死んでるんだよ! 商人じゃねえ俺らにガキはただのお荷物だ! それより早く行くぞ!!」
そう言うと追っ手は素早くこの場を去って行き、エルは小さく「やった」と拳を握った。
「……で? 結局何だったの」
「あ」
双子の危機は去ったが、勝手に巻き込んだ上によく考えなくとも無関係の人を盾にしたという非道な行動にようやく気付いた双子は必死に何度も謝った。
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