第2話 AFTER CLOUDY
李空はこの日、最善な目覚め方をした。
最低限の家具だけが置かれた部屋。
カーテンの隙間から漏れる光が、2段ベッドの1段目へと注がれる。
女神が天より手を差し伸べたようなその光に、閉ざされていた李空の瞼はパチリと開かれた。
いつもより早い時間なのだろう。
朝に弱いルームメイトがセットした目覚ましの音は聞こえてこない。
代わりに聴こえてくるのは、鳥のさえずり。
清々しい朝。爽やかな朝。心地よい朝。
多くの者が理想とする1日の始まりがそこにあった。
しかし、上体を起こした李空の表情は暗い。
その理由は明白。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦の後に起きた、一連の事件のせいだ。
絶対王者セウズが率いる肆ノ国に勝利を収め、壱ノ国の優勝が決した直後。零ノ国会場に、突如二人の男が姿を見せた。
それを目にした時、李空の足は竦んだ。
それも無理はない。李空の才『オートネゴシエーション』を以ってしても、その男たちからは何も読み取れなかったのだ。
全くの未知。底しれぬ力に、李空の足は固まった。
畏怖と後悔。優勝した喜びは、一瞬の内に負の感情に上書きされた。
戦果。積み上げてきた自信。それから、二人の仲間。
李空が失ったものは大きすぎた。
京夜が消えた。
連れ去られたのか、自ら姿を晦ましたのか。
どちらにせよ、京夜の行方は分からない。
その事実が、李空の心に冷たい風を送る。
真夏がいない。
自分の目の前で、真夏は男に連れ去られた。
そして李空は、それを阻止することができなかった。
その事実が、李空の心の陽を隠す。
「はぁ」
ため息と共に、カーテンの隙間から外を眺める。
「嫌な空だな・・・」
外は嫌味なくらいに晴れているというのに。
李空の空はどこまでも曇っていた。
一方その頃。
大陸の一所には、活気に満ちた力強いエネルギーが集う天幕があった。
簡易的に設置されたその天幕があるのは、零ノ国会場に居た者たちが飛ばされた地上に当たる場所である。
どれもこれも一級品の、研ぎ澄まされた才が放つエネルギー。
その正体は、各国代表の将であった。
熱狂から一転。混乱で幕を閉じた大会から一夜明けた今日。
うっすらと顔を出した未知の脅威への対策会議として、各国の将はこうして一堂に会したのだ。
「流石は一国の代表が将たち。迅速な対応を感謝するぞ」
ぐるりと見回して言うのは、伍ノ国代表将。バッカーサである。
天板が円形の座卓を囲む将たち。その一つであるバッカーサの背後には、伍ノ国代表の頭脳役。キャスタの姿もあった。
バッカーサの失言を危惧しているのか、長い金髪で隠れていない方の眼で、鋭く睨みを利かしている。
次いで、伍の左隣。
バッカーサの隣で胡座をかく陸ノ国代表将。ゴーラが口を開く。
「つい昨日まで互いに鎬を削っていた俺たちが、こうして一つの卓を囲むとは。未知の脅威を前に団結できるのは、強き種族の証だな」
「一人勝ちしそうな奴がいれば共通の敵として皆に狙われる。それがゲームの鉄則というものだ」
そんな風に口を挟んだのは、弐ノ国代表将 ワンであった。
二人の言葉を聞き、参ノ国代表将 アイ・ソ・ヴァーンがふっと笑う。
「全く。将ってのは暑苦しい奴が多いな。頭ってのは常に冷静であるべきだ。お前もそう思うだろ?壱の将」
「・・ん?ああ、せやな」
話を振られた壱ノ国代表将。軒坂平吉が、少し遅れて頷く。
それから、机を挟んで正面に視線を向けた。
「冷静な将代表は未だ目を覚まさずか・・・」
本来、そこには肆ノ国代表将 セウズが居るはずなのだが、そこに彼の姿はなかった。
セウズは、零ノ国会場に乱入してきた男に杖で胸を貫かれ、そのまま意識不明となったのだ。
容体を確認した借倉架純曰く、セウズが意識を失った原因は「才」らしい。
その根拠は単純明快。セウズには外傷がなかったのだ。
貫かれたはずの胸からは、一滴の血も滴れてはいなかった。
となれば、要因は才であると考えるのが妥当だろう。
「目を覚まさぬ我が国将に代わり、及ばずながら、私マテナが代理を勤めさせていただきます」
平吉の正面には、凛と背筋を伸ばす、肆ノ国代表 マテナの姿があった。
彼女も架純との勝負にて意識を失っていたが、既に目を覚ましたようだ。
「頭数は揃ったようじゃな。では、早速───」
「議題に移りましょう」
バッカーサの言葉を遮るかたちで、背後のキャスタが進行役を乗っ取る。
バッカーサは不満そうにしていたが、彼の無茶な言動を知る他の者たちは、誰一人として抗議の声を上げることはしなかった。
───こちらはイチノクニ学院。
西の親「玄」のクラスには、机に向かう李空の姿があった。
到底、授業を受ける気分にはなれなかったが、寮でじっとしていても気が滅入るだけだと考え、李空はこうして学院に顔を出したのだ。
「はぁ・・・」
中年の男子教師が板書するカツカツと乾いた音を聞き流しながら、李空はため息を溢す。
李空は壱ノ国に戻ってきた時の記憶が朧げだった。
各国の代表が何やら話し込んでいたこと。平吉はそこに残ったこと。美波の才『ウォードライビング』で帰ってきたこと。
李空が覚えているのはそれくらいだった。
暗い表情のまま教室を見渡す。
そこにはいつもと変わらぬ日常が流れていた。
教師に当てられた卓男が、「ござがござでござって・・」と、完全にテンパっている。
彼も李空と同じ思考に至ったのだろう。気分を紛らすために登校したようだ。
「もういーぞー。はい次。・・ん?なんだ、晴乃智は休みか。珍しいな。それなら・・」
真夏を指名しようとした教師であったが、彼女はいない。
そう、この教室に真夏や京夜はいないのだ。
「おっと、時間だな」
腕につけた時計を確認した教師が、教室を後にする。
と、その途中で何かを思い出したように立ち止まった。
「あー、そうだ。透灰。この後なんだが───」
中年教師が自分に向けて何かを言っている。
李空はそれを上の空で聞いていた。
雲が覆う空模様は、どこまでも不鮮明で。
音にはノイズが走り、色は灰色であった。
「じゃ。頼むぞ」
最後に念を押し、今度こそ教師が去っていく。
その時。李空のポケットの中で携帯電話が震えた。
───所変わって、東の子「金」。
李空が居る、西の親「玄」とは対極とも言えるこの教室には、妹の七菜の姿があった。
「はぁ・・・」
可愛らしいため息を溢す七菜。
その理由は、兄の李空とは似て非なるものであった。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝後。壱ノ国へ戻る李空の表情は、ひどく暗かった。
魂が抜けたような兄の姿を見て、七菜の心に芽生えた感情は、決して誇れるものではなかった。
”李空の心に陽を照らせるのは、自分ではない”
そう気付いた時、七菜の心は深く沈んでしまったのだ。
そんなことを考えている場合ではない。そう頭では理解していても、感情は言うことを聞かない。
そんな自分が嫌になり、七菜の心を覆う雲はどんどんと厚みを増していった。
そんな具合に、兄と同じく授業に全く身が入らない七菜を他所に、東の子「金」の講義は進んでいく。
「つまり、才の性質や効果に名を付ける行為は、才という曖昧な存在を自分の中で明確化する意味合いを持つ訳です」
教壇では、オーバル型の眼鏡からお堅い印象を受ける女性教師が、才の性質について話している。
東の子「金」クラスの生徒たちは、至って真面目に話を聞いていた。
「それでは、実際に試してみることにしましょう。翼さん。前に」
「はい」
女性教師に指名された、翼という名の女生徒が立ち上がる。
長い黒髪を一本のポニーテールにまとめた、いかにも真面目そうな女の子だ。
「効果に名を付け、才を発動する。出来ますね?」
「はい。やってみます」
翼はコクンと頷くと、意識を集中するように目を閉じた。
それからパッと目を開き、
「『サイクリックリダンダンシーチェック』」
と、口にした。
それに合わせて、教室に置かれた物のいくつかが宙に浮かんだ。
生徒の間で「おお!」と声が上がる。
それぞれの机に出されていた鉛筆や消しゴム、教室の隅に出しっ放しになっていた箒など。それらは意思が介在するように空中を移動した。
して、筆記具は筆箱に、箒は掃除用具入れに。それぞれ所定の位置へと戻っていった。
その様子を眺め、女性教師は満足げに頷く。
「彼女の才は『誤りを正す』というのが主な能力ですが、このように得たい効果に名を付けることで、才の範囲を制限することが可能となります。皆さん、覚えておきましょう」
呼びかけると、生徒の間から「はーい」と純粋な声が返ってきた。
「翼さん。戻っていいですよ」
「はい」
ぺこりと一礼し、翼は元の席に戻っていく。
「才の制御は非常に繊細なものです。才を発動する際は、他人に危害を加える可能性を常に頭に入れ、細心の注意を払いましょう」
「「「はーい」」」
「それでは、少し早いですが授業はここまでとします」
女性教師が教室を後にする。
生徒たちが談笑を始めるなか、七菜の表情には、新たに怯えの色が浮かんでいた。
七菜の怯えの理由は、至極単純なものであった。
翼という名の女生徒が発動した才によって、七菜が日頃から身に付けているカチューシャが外れたのだ。
七菜が付けているカチューシャは、ただのカチューシャではない。
その名を『サイノメ』と言い、周囲の景色を情報として直接頭にインプットする「サイアイテム」だ。
『サイノメ』は、盲目な彼女の「目」の代わりを担っている。
それが外れたため、七菜の視界は真っ暗となった。
圧倒的な暗闇は七菜の弱った心を蝕み、覆う雲は厚さを増して暗くなり、雨を降らした。
「くうにいさま・・・」
外れたカチューシャを探すこともせず、七菜が震える小さな身体を抱いていると。
「大丈夫あるか?」
どこからか、そんな声が聞こえた。
と、続けて七菜の頭に何かが触れる。誰かの手によって付けられたカチューシャから取り込まれた景色には、一人の少年の姿が映っていた。
「みちる、くん・・・」
その少年は、壱ノ国代表が一人、犬飼みちるその人であった。
彼もまた、七菜と同じ、東の子「金」の生徒の一人なのである。
「李空のことえるか?」
みちるの左手に嵌められた人形「える」が、七菜に向けて問いかける。
七菜は顔を上げ、自分の気持ちを整理するように言葉を吐いた。
「自分にはどうすることもできない。必要とされているのは自分ではない。どうしても一番にはなれない。そのことに気付いてしまった時、人はどうしたらいいのでしょうか?」
到底10歳の少女の質問とは思えぬ内容に、みちるの両手に嵌められた人形たちが「うーん」と唸る。
暫しの沈黙の後、「ある」と「える」は言った。
「問いの対象はさておき。不可能を可能にした男を、主人は一人知っているあ〜る」
「その男は、最強と謳われた男を倒し、一番を手にしたえ〜る」
その言葉に、七菜はハッとしたように口を開いた。
そうだ。くうにいさまは身を以って教えてくれたではないか。
どんなに困難な道でも、ゴールに辿り着く可能性はゼロではないと。
同時に真夏の言葉を思い出す。
”ビリビリさんじゃ、りっくんは倒せないよ!”
そうだ。泥棒猫は言っていた。
思っていることがあるなら、口にして伝えねばならないと。
一番でなくてもいい。くうにいさまを支えられる存在でありたい。
道しるべを失った今のくうにいさまには、どんなに薄くとも「光」が必要なはずだ。
くうにいさまの「太陽」にはなれずとも、暗がりをそっと照らす「月」にはなれるはずだ。
パッと表情を明るくした七菜は、みちるに顔を向け、
「ありがとうございます、みちる君!」
ニコッと微笑み、携帯電話を取り出しながら、足早に教室を去っていった。
「その顔は反則だ・・・」
残されたみちるはボソッと呟き、恥ずかしそうに顔を背けた。
───はてさて、こちらは六国の将が集う天幕。
その中では、伍ノ国代表キャスタを中心に会議が進んでいた。
「それでは、『零ノ国』と『央』は反転したと、そういうことだな」
「はい。そうなりますね」
キャスタの問いかけに答えたのは、『TEENAGE STRUGGLE』にて、壱ノ国代表の零ノ国案内人役を担っていた、コーヤであった。
どうしても伝えておきたいことがあると、この天幕を訪ねてきたのだ。
彼は、各国代表たちと同様、零ノ国会場から地上に飛ばされた際、自身の才『千里眼』によって地下の様子を覗いていた。
して、そこにあった光景は驚くべきものであった。
なんと、「央」の立派な街並みが、そっくりそのまま地下に沈んでいたのだ。
地下にいた者たちは地上に。地上にいた者たちは地下に。
文字通り「零ノ国」と「央」は反転したと言える。
「そういや、美波も似たようなこと言いよったな」
平吉が何かを思い出したように呟く。
平吉一人を残し、壱ノ国代表の面々が壱ノ国に帰る時、美波は「地下に才の反応がある」と言っていた。
コーヤの証言と合わせて考えるに、その才は「央」に住む貴族たちのモノであったのだろう。
「つまり、今俺たちが居るここは『央』があった場所。しかし、街や人は地下に沈み、城壁は消え去ったと」
「これが奴らの仕業となれば、相当な脅威だな」
ヴァーンとゴーラがそれぞれ口にする。
これらの現象が、零ノ国会場に現れた男たちによるものなら、それは大陸全体の危機に直結する。
つまりは、あの男たちは六国共通の脅威であるというわけだ。
「うむ。どうやら、我ら六国は今こそ手を組まねばならぬようだな。どうじゃ?六国で正式に同盟を結ぶというのは」
腕を組むバッカーサが、ぐるりと見回して言う。
将たちは互いに顔を見合わせ、それから揃って頷いた。
「決まりのようじゃな」
バッカーサが満足げに頷く。
「そうと決まれば、名が欲しいのう。・・そうじゃ。『TEENAGE STRUGGLE』優勝の品として、壱の将に命名権を与えるというのはどうじゃ?」
バッカーサの意見に、他の将は満場一致で同意を示した。
「えらい安くついたもんやで」
平吉はため息をつき、肩をすくめる。
死闘を制し優勝を掴んだと言うのに、「央」ごと貴族
が消えた所為で、約束の報酬は得られていない。
その代わりが同盟の命名権というのは、あんまりな話であった。
「まあええわ。せやなあ。六国、同盟、才・・・」
ボソボソと呟きながら頭を捻る平吉。
やがて考えがまとまったのか、平吉は皆に向けてその名を発した。
「『サイコロ』。これが六国同盟の呼称だ」
「俺たち六国は運命共同体というわけだな。なるほど、良い名だ」
ひどく気に入ったのだろう、ワンが頷く。
六国を引き合わせた「才」と、集団を意味する「コロニー」を合わせた響き。
出目で運命が決まる、六面の箱。サイコロの性質も加味された名であった。
どうやら他の将も異論はないようで、首肯する。
六国同盟『サイコロ』が、今ここに結成された。
「名も決まったことだ。これからの方針を話しておこう」
頃合いを見て、キャスタが話を進める。
「まずは国民に情報を開示するか否かだが。正確な情報が出揃うまでは、公表はよした方が良いだろうな」
キャスタの言い分は尤もであった。
曖昧な情報は混乱を招く。大陸に危機が迫っていると伝えられたところで、詳細が不明となれば不安を駆り立てるだけだ。
不用意に情報を開示することは、得策とは言えないだろう。
平吉が頷き、言葉を続ける。
「それにしても情報が少なすぎる。まずは情報収集に専念すべきやろな」
「そうじゃな。こんな時こそ、セウズの若造がおればのう・・」
バッカーサが呟く。視線の先のマテナは、複雑な表情で口を噤んだ。
バッカーサの言う通り、セウズの『全知全能』があれば、情報収集の効率は格段に跳ね上がるだろう。
しかし、セウズは未だ眠ったまま。いつ目を覚ますかも分からない状態であるため、『全知全能』の要素は除いて話を進めるべきだ。
「奴らが次いつ動くのか、決して油断はならない状態だ。しかし焦って講じた策が実を結ぶとは思えない。各々情報を精査し、改めて会議を開くことにしよう」
キャスタの案に皆が同意を示し、六国同盟『サイコロ』の第一回会議は幕を閉じた。
各国の将が立ち上がるなか、
「ワイはあの人んとこを訪ねるとするかいな」
平吉は呟き、天幕を後にした。
「どうした七菜。こんなとこに呼び出して」
放課後。妹の七菜に電話で呼び出された李空は、イチノクニ学院の食堂にいた。
昼時は若者の活気に満ちた場所であるが、今は人もおらず閑散としている。
「くうにいさまにお願いがあって」
「お願い?」
李空は妹に心配をかけぬよう、精一杯いつも通りの顔をつくって聞き返す。
七菜は意を決したように口を開き、こう続けた。
「ななはもう、くうにいさまに遠慮をしません。だから、くうにいさまは、ななの前で嘘をつくのを止めてください」
「え・・・」
思いがけない言葉に、李空は確かな衝撃と共に戸惑いの声を漏らす。
七菜はすっきりしたように表情を和らげると、脈絡の感じられない雑談を始めた。
「ななの寮の部屋が泥棒猫と同じだとわかったとき、ななは心底嫌でした。はっきり言って、最悪です。実際生活が始まった今も、その気持ちは変わりません。掃除はしないし、洗濯物を畳まないし、ななのプリンは食べるし。全くもって、最低です。でも───」
そこで一度間を開け、こう続けた。
「最悪最低の泥棒猫でも、部屋に居ないと寂しいんですよね」
目覚まし代わりの真夏の声。毎朝繰り広げられるドタバタがない1日の始まりは、何とも寂しいものであった。
「京夜さんはともかく。泥棒猫は一人じゃ生きていけない生き物です。そして、二人を救えるのはくうにいさまだけだと。ななはそう思います」
「でも・・・」
李空の脳裏にあの男たちの影が過る。
全くもって未知数な、桁違いの強さを秘めた男たち。あいつら相手に救出作戦を完遂するなんて可能なんだろうか。そんな不安がどうしても拭えない。
「くうにいさまは壱ノ国を優勝に導き、不可能がないことを証明してみせた。違いますか?」
「・・・・・」
「くうにいさまが為すべきことを。くうにいさまがしたいことを。くうにいさまが進みたい方向に。ただまっすぐと進んでください。その道が真夜中のような暗がりなら、ななが必ず照らしてみせます」
「七菜・・・」
七菜のどこまでも真っ直ぐな言葉に、李空の心を覆う雲が僅かに動き出す。
「雲が星を隠すなら、雲の下に星を撒く。雲が月を隠すなら、風を起こして吹き飛ばす。雲が太陽を隠すなら、雲を突き抜け会いにいく。くうにいさまはそういう人だと、ななはそう信じています」
最後に閉ざされた瞳で李空をまっすぐに見据え、七菜はこう付け加えた。
「くうにいさま。二人を助けましょう」
「・・・そう、だな」
空を覆う雲の隙間から、淡くも力強い月光が届く。
その光は、李空の両目に確かに宿った。
「七菜の目を治すことが俺の役目なのに、逆に俺が目を醒めさせられたみたいだな」
李空は苦笑を浮かべた。
「七菜の光を取り戻す。京夜を探し出す。真夏を救う。さあ、やることは山積みだ!」
「はい!」
元に戻った李空の表情に、七菜は優しく微笑んだ。
と、その時。
食堂の扉が開き、一人の男が姿を現した。
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