第3話  [夏]

[夏]





かなり外装には傷みが見られる。

定期運用のない車両は傷みが進むものだが

どうも青森区、海に近いことと極寒の地である事も影響しているようで

例えば九州ブルートレインに塗装剥がれなどが見られない事、

などと比較すると温度変化などの影響であるようにも思えてくる。

概して、青森区の車両はいつ乗車しても車内が清潔ですがすがしく感じる

から外装のそれは残念に思えてならない。



プラットホームを歩く人々もどこか落ち着いて、東北特急らしいムード。

北海道行きの「エルム」、「北斗星」などの乗客のようなレジャー風、

という雰囲気とはまた異なっている。

列車にもいろいろと人の雰囲気があって面白いものだ。


鉄道好きらしい若者たちが、三脚を立てて車両の撮影をしている。

かと思えば、乗降口の傍では記念撮影をし合うカップルの姿も見える。

ブルートレインでなく、583系を選んだのは単なる偶然か、鉄道好きなのか。

いずれにせよ、貴重な車両に乗り合わせたことには違いないが。





[車内は綺麗]



デッキを昇り、車両に入ってみる。


車内はさっぱりと清潔な印象。

すぐに洗面台があるのは従前と同じだが、三面鏡が備えられ

色合いも華やか。




かつては、↓こんな感じであった。



飲水器があるが、これは従前のままのスタイルで

封筒状の紙コップに受けるというあのタイプ。

新幹線0系などと同じスタイルのそれだが

紙コップを一枚だけ取るのが難しいので.....




私が始めて583系に乗車した幼い頃、この紙コップが数枚出てきてしまって

困った事があった。

戻せるような仕組みにはなっていないからで、まあ衛生上当然だろうと今では思うが

その時はちょっと困ってしまって幼いながら思案していると、

中年の専務車掌氏が通りかかり、声を掛けてくれたので

その事を話すと、専務氏はにこやかな笑顔で「キミにあげるよ。」と言い、

さっぱりとその場を去った.。

その紙コップが保存してあるが、それは今でも大切な思い出の品である...

なんでもない、ちょっとした出会いが心に残る事もあるのだな、などと思う。

今日の「はくつる81号」の旅が、旅人たちのそんな想い出のひとこまになれば良いな、と思い

私は客席のドアを開けた。



電車三段式寝台、というこの車両だが、廊下が中央で両脇に寝台が並ぶ。

高い天井に空調機、爽やかなグリーンの壁は昔と同じ。

かつては地味な色合いだったカーテンも、やや華やいだ色合いのものに取り換えられており、

ちょっと若々しいイメージを感じる。


車内は既に乗客が多数乗りこんでいる。

一見して帰省客と思わしき層と、鉄道ファン風とが混在しているが

鉄道ファン風はそれほどの数ではない。

今となっては狭いと思える通路も、当時は広く思えたものだが

日本人の体格が大きくなったのも理由のひとつだろうとも思える。



体を縮めてすれ違う廊下だが、周囲がカーテンに覆われた寝台なので、

迂闊に手を付くとそのまま寝台の中に手が入ってしまう。ので、

寝台の中に人がいたりすると困るな、と気を遣いながら廊下をすり抜けて

今夜の宿、7番下へと荷物を置く。

下段のみが6300円と、寝台料金は客車B寝台と同じである。

中・上段は5250円と格安なのだが、やや狭い事、などもあって

今夜は下段寝台を取った。

この下段寝台は、向かいあいボックスシートの幅そのままで

天井の高さがボックスシートの背もたれの高さそのものである。

それ故、幅は広いが高さは不足気味という空間になる。

写真は同行したカメラマンS君の映像(笑)

麗しい女性でなくて恐縮であるが、イメージは伝わるかと思う。

また、ボックスシート一区画分のスペースなので、窓を一人で自由に使用できる

のも魅力のひとつではある。

深夜の車窓風景などを周囲に気兼ねする事無く楽しめるのは

個室寝台か、583系の下段くらいか。


セミ・コンパートメントとも言えるレイアウトで、窓側、寝台区画が全て壁で区切られて

いるのも良い設計だと思える。

もとより中央通路式で線路と並行に寝るタイプの寝台レイアウト、壁は必然の存在だが

それが安心感にもつながっている。

そのレイアウト自体も昼夜兼用とするために発生したのであるから

まあ、副次的なメリットだと言える。

大勢の人を運ぶために設計されたのであるからで、設計初期の段階では

回転式リクライニング・シートの採用も検討した、と聞くが

実現していればよりユニークな車両として珍重されたのでは、などとも思う。

「はつかり」運用で対座式のシートアレンジが不評を買い、

そのために583系の定期運用終了が早まったというあたりから考えると。


さて、荷物を置いた私はもう少しプラット・ホームをぶらぶらしようと

カメラマンS君を促し、デッキを下りた。




[過日に想いを馳せて]




発車は21時45分だから、まだ間がある。

夜行列車の出発する間際はどことなく高揚し、これからの鉄路に想いを馳せつつ

プラット・ホームを歩いたり、車両を眺めたり..

時間の余裕があるとなお良いが、その点「はくつる81号」は良い。





東京方、行き止まりホームの先端付近にもカメラが居並んでいる。

最近はビデオカメラも増えたな、などと思いながら最後尾のクハネ583(こちらが1号車だが)

を見ると、白いサマー・スーツの専務車掌と壮年の男性がにこやかに談笑している。

私も傍に行くと声を掛けられた。

彼は「はつかり」に思い入れがあり、何度も583系に乗車していた、と言う。

壮年氏は鉄道ファンではないが、仕事に奔走していた時代をふと思い出し、

とても懐かしい思いだ、と笑顔でそう語る。

臨時81号に乗車するのは全くの偶然だというから、喜びもひとしおではないかな、

と思い「私も『ゆうづる』利用者でした」と告げると両氏、互いににこやかな笑みを浮かべ、

うなづいていた。


こんな旅もあるのだな、と思う。

初めての旅、回帰の旅、記憶の断片を探す旅、懐古の旅....

それぞれの想いを乗せて583系「はくつる」は走るのだ。

遠い、陸奥の国まで。


やはり、北への旅は東北路の夜行が情緒的で良い。

すこしづつ時間が過ぎてゆき、「旅」へと向かうその過程が楽しいのだ。



そろそろ発車時刻が近づいてくる。

車内ではいつものようなアナウンスが流れている事だろう。


.....乗車券、特急券お持ちでない方は、車両に入らないで下さい...



一緒に旅に出てしまった人もいるのだろう(笑)。

それはそれで楽しい思い出になる?のかな。




さて、私は乗り遅れないように(笑)そろそろ列車に戻る事とする。


ホームは相変わらずの賑わいで、カメラマン、鉄道ファン、見送り客などで

混雑している。


14番ホームは入場券があれば誰でも入れるのでこんな感じになるが

これはこれで雰囲気ものだ、とも思える。

17番あたりは乗車券がないとホームに入れないから、混雑はないが

見送って、見送られて旅立つ、という情緒に少し欠けるので

旧来のこのスタイルの方が雰囲気としては好ましい、と思う。




デッキから車両に戻る。

相変わらずの混み具合だが、ビデオ撮影の鉄道ファンなどが多いようだから

いずれ沈静になるだろう。

青森まで乗車する人は稀で、大抵は大宮あたりで降りてゆくだろう。

以前もこの583はくつるに乗り合わせた際、同様であった。



出発が近づき、アナウンスが流れる。

東北訛りの車掌の声にどこか安堵。




.....この列車は、臨時寝台特急「はくつる」81号、青森行きとなります。

間もなく発車となります、お見送りの方はホームからお願い致します.....



のんびりとした口調に、もう故郷に帰ったような気持ちになる。

心に浮かぶ風景は、青森の林檎畑、水田の青、遠く霞んだ岩木山....

奥羽本線がまだ蒸気機関車時代の頃の、C60牽引の茶色い客車列車、

D51三重連の矢立峠...


遥か彼方の記憶は今でも新鮮な情景として想起することができるが

ふるさとは、遠きにありて想うもの..のように

心の中の原風景として、今なお私の中に存在している。

583系はくつる81号は、想い出を呼び覚ますトリガーのような存在としても

今なお、オールド鉄道ファンの心の拠り所...でもあるようだ。

青森ではくつる81号を下車すると、対面のホームにはC61が待機しているような

そんな気さえしてくるこの583系列車は

30年余の時を経て今なお健在な文化財とも言えそうな車両である。

東北本線分断後も南秋田に転属し、編成は残ると言われているが

出来る限り現役で走り続けてほしい、と思う。




混雑を避けるために私はデッキに立っていたが

大型ビデオカメラを肩にした少年が撮影をしたい様子。

自分の寝台へと向かう事にする。


通路が混雑しているのはどうやら話込んでいる人たちが立っているから、のよう。

まあ、寝台に寝転んで話をするのも大変だろうからやむなし。

オハネ25などのような側廊下式ならば、このような場合廊下の混雑にはつながらないが

代償として定員減、となる。

高度成長経済の頃、輸送効率を優先して設計された車両である。

多少不便なのは致し方ない、という所か。





どうも、すんずれいしました(笑)




昭和の頃、ドリフターズのTVコントで加藤茶(福島県出身)が東北訛りの

季節労働者に扮装し、夜行列車の帰省、という情景のコントをやっていたが

セットは中央通路式の三段寝台であった(笑)。し、

あのねのねのコミック・ソングに「すいません、上段です」という曲もあったが

そのシチュエーションも583系(581系か)であった。

その時代にポピュラーな存在であったという事なの....だろう。





[ストイックな]



そのような事をとりとめなく思いながらもどうにか自分の寝台に辿りつき、

頭をかがめて下段に滑りこむ。

丁度、ヨーロッパのスポーツカーのように天井が低いから

それの如くスマートな乗りこみ方がある。

まず、頭をぶつけないように寝台に入れる。もちろん、手荷物は先に寝台に置いておく。


次に、半身を捻りながら腰を下ろして寝台に仰向けに入り、靴を脱ぐ。

体の堅い人は先に靴を脱いでスリッパに履き換えておくと良い。

そして、脚を寝台に引き入れる。


こんな感じだとスマートだ。

例えばイギリスのスポーツカー、ロータス7などに乗り込む時もこういう儀式が必要だが

いざ、非日常が始まるというイメージでとても凛々しい気分になる。

583の下段に乗りこむのもそれは同じような儀式だ(???)。


中、上段だといくらかは楽だが、荷物を持って梯子を昇るのが難儀だし、

梯子から斜めに伝って寝台に昇るか、頭をぶつけないように狭い空間に

滑りこむのは結構体力を使用する。

下手をすると転落だ(落ちた現場を目撃した事は無いが。)




7番下段寝台に入り、斜めになっている天井と窓枠の間の空間に頭を入れて

カーテンを開き、ホームの様子を眺める。

乗客らしき姿はほとんど見えず。

カメラを下げた人、ビデオを抱えた人...

見送り客は皆無(笑)。


まあ、見送りに来るのは故郷から都会へ戻る時の方が絵にはなるし

ビジネスライクでスマートな列車、583系にはどうも似合わないようにも思える。



ホームから発車アナウンスが微かに聞こえて来る。

遮音性に優れた寝台電車583、その片鱗はこのあたりにも現れる。

本来は二重窓であったが、近年は一枚窓に改造され、その際に

ベネシャン・ブラインドもカーテンにと改められた。

車両が揺れた時にブラインドの羽根が触れる音が気になって眠れないという

クレームに対応するためだという。


床も二重床であるのは電車故、床下モーターなどの電気機器音を遮るためである

だが、例えば鉄筋コンクリート構造のマンションなどで隣家騒音がクレームになりやすい

ように遮音対策を施せば小さい音が気になるのが人間の聴覚である。

もともと自然界は騒音に満ちていて、それに人間が慣れているからなのだが

この見地からは窓を一枚にし、外来騒音をある程度取り入れるという対策?は

正しいことになる。

かつて「ゆうづる」などに乗車した時、リネン室のシャッターの音が気になったりした

ものであったが、現在の583系ではそのような音はなぜかあまり耳に入ってこない

事からもそのように感じられる。


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