鉄は柔らかくして打て ~異世界で【金属操作】スキルを駆使して幸せをDIYします~
的場 為夫
第1章 廃嫡と旅立ち
第1話 廃嫡宣言
「レオナルド、貴様を廃嫡とする」
ああ、来るべき時が来たか。
男爵家当主の執務室、日当たりの良いその場所に呼ばれたときに予感はあった。
いずれはそうなるだろうな、と覚悟は出来ていた。
というか、あからさまに家中で蔑ろにされて足かけ7年。むしろよくここまで保ったな、とすら思う。
俺の名前はレオナルド=ガラ・シルバードーン。男爵家の嫡男……だった、13歳の男子だ。
苦労ばかりだった前世で、これからというときに事故死して転生したのが13年前。物心ついたときに、それを思い出し、貴族の跡取り! 将来安泰! と喜んでいられたのも俺が6歳の時までだった。
前家長で俺の父親が戦死して、跡を継いだのが目の前ので俺に廃嫡宣言をしてムカつくドヤ顔を決めているのがアブラーモ=ガル・シルバードーン。俺の叔父で、現男爵。名前のとおりに顔がテカっているハゲで小太りの中年である。
「了解しました。廃嫡ですね。それで?」
「それで、とはなんだ。廃嫡だぞ」
多分、俺がうろたえる姿でも見せると思って期待していたのだろうな。軽く煽る感じで返事をしたら覿面に青筋が浮かんだよ。貴族家の当主として、ポーカーフェイスもできないなんて、いろいろダメじゃなかろうか。
「廃嫡の意味くらい分かりますよ。それで、追放ですか? それともどこか僻地の修道院にでも放り込みますか? 離れに一生軟禁ですか?」
あ、アブラーモの口元がひくひくしている。土下座して泣きつくとでも? ないない。予想はしてたんだ。準備だってしているさ。
「追放だ! 当主であるこの俺が決定したのだ! 泣きついて許しを乞うても無駄だぞ!」
このアブラーモという男、棚ぼた的に当主の座に収まったという経歴のせいなのか、二言目には当主であることを強調する話し方をする。きっと嫡男のスペアという境遇がいろいろ不満だったのだろう。父の遺品が戦地から送られてきたときに小躍りして喜んだという高レベルのクズだ。
「では、荷物をまとめ次第出ていきますが、一応聞いておきます。母上やお祖母様の実家関係は大丈夫ですか? あと王弟殿下の面子もつぶしますよこれ」
そう、実は俺の嫡男という立場は、親戚(もちろん貴族)のみならず、王室まで認めているのだ。
というのも、俺の父親が戦死したのが、王弟殿下を身を挺して守った時の傷が元であるためだ。忠義の誉れとして数々の報奨に加えて、その実子である俺レオナルドに爵位を継がせてその献身に報いる、ということが既に決定している。
その条件でアブラーモの当主就任が認められたのだ。
義理堅い王弟殿下は俺の個人的な後見人にすらなってくれている。
そういう事情があるため、どんなに自分の実子を後継者にしたくとも、そこは涙を飲んで俺に当主の座を渡さねば貴族社会の力学上、非常にマズい。普通なら。
それを敢えて俺を冷遇し続けたというのはアブラーモが廃嫡を狙っていたと考えるしかなかった。ヘイトをためた次期当主が実権を握った時に、どんな仕返しがされるか分からないからだ。
内心で疎んでいても、将来のことを考えれば、俺を冷遇することは百害あって一利なしと言える。それでもやるなら、そもそも実権を握らせるつもりがないと考えるしかない。
現実的な手としては、シンプルに暗殺。後顧の憂いが無くなる。他には何らかの罪をかぶせて貴族家当主に相応しからずと廃嫡からの追放コースか。
そのうち、暗殺はこれまで行われなかった。家の使用人のトップである執事が俺の次期当主就任に賛成の立場でだったし、暗殺者を外部から呼び込もうとしても、田舎の零細男爵家では、新規雇用の使用人も数年に一度の頻度でしかない。そのうえに、王弟殿下が派遣してくれた教育係兼護衛が常に最大の警戒をしてくれているおかげだろう。
後は、アブラーモが暗殺という血なまぐさい手段を取れるほど踏ん切りがつかなかったということもあると思われる。中途半端に小心者なのだ。
残る手段は廃嫡&追放コースなのだが、最低でも王弟殿下が納得できるような理由なしでは成立しない。少々病弱だからという程度ではまず無理。そもそも、俺は王弟殿下にマメに手紙を書いているし、教育係兼護衛からも報告が上がっているはずなので、嘘は通用しない。
すぐにでも厄介者の俺をどうにかしたかったのだろうが、まあそういう処々の事情があって、いやがらせ程度の待遇でこの年齢まで屋敷に住まわせていたのだろう。
俺の日々の生活から受ける感触としては、”いつかやるなこいつ”という暴発待ちの状態だった。
問題はどういう理由でいつ追放するかという事だが、それがついぞ分からなかった。それが聞きたいと思ったのが先ほどの質問だ。王弟殿下や、親戚筋を納得させられるのか、出来れば答え合わせをしたい。
「クッ、クク! いつまでも誰かに守られていると思うなよ! 貴様は何の力もない小僧だ。わしのようにな実力もない哀れな小僧よ。貴様が頼りとする殿下は先日病に倒れたそうだ! 殿下さえいなくなれば、後はどのようにでもなる! 無論アデリーナの実家であるテルミナ家にも話は済んでいる! 残念だったな、この場で首を刎ねぬ温情に感謝するがいい!」
なるほど、殿下の体調がすぐれないことを聞いたか。今なら王室の干渉もないと踏んでの強行か。まあ分かりやすいが、それは悪手だよアブラーモ。
だって、既に王弟殿下は回復してるからな。
情報の速度の違いだよ。殿下と直にやり取りする俺と、間に貴族やら商人やらを挟んだお前とではそこが段違いなのだ。
このタイミングで廃嫡を強行したアブラーモ。その理由は分かった。しかし、聞き逃せない事もある。この小太りの中年はなぜ俺の母上をアデリーナと呼び捨てにした? 先代当主の正妻である我が母をまるで敬意を払わないのはどうなんだ? これは、聞き捨てならない。決してスルーしてはならない。
「殿下の病状については、自分も承知しています。そこはまあ良しとしましょう。しかしながら、我が母アデリーナを呼び捨てにするのは承服しかねます。自分はともかく、母には敬意を払っていただきたい」
前世を含めて親の愛情というものが希薄だった俺である。今生において無償の愛というやつを注いでくれた人を、ぞんざいに扱われるのは我慢がならん!
「クッ、クク! それが貴様の限界よ。王弟は病に倒れ、我が母(レオナルドの祖母)にとっては儂は実子。儂のやりように不満なぞあるはずもなし。残るテルミナ子爵家については、アデリーナを儂が娶ればそれで片が付く。どうだ小僧、貴様には及びもつかぬ策であろう」
………
唖然とするね。ちょっと何言ってるか理解するのに時間がかかったよ。
つまりは王弟殿下は余命幾ばくもないから無視してオーケー。お祖母様については無条件に自分の味方。最後に母上については兄嫁ではなく、自分の妻にしてしまえばその実家のテルミナ家も納得するだろうという筋書きね。
アホだわ。アホすぎる。
まず、王弟殿下は健在。確かに病状篤かったけれど、現在は順調に回復中。少なくともすぐには亡くならない。お祖母様とその実家については、見当違いも甚だしい。お祖母様の実家ロッシーニ伯爵家は、我が国でも有数の武門の家。王族を守って戦死した父の熱烈な支持者である。むしろ、我が親族の誇りとすら思っている。遺児である俺を押しのけて何の功績もないアブラーモとその息子を支持するはずもなし。で、最も気にかかる俺の母親をアブラーモが娶るという戯言。これは許せん。
「あー、廃嫡はよろしい。追放も受け入れましょう。その後の問題は自分には関わりないことととして無視します。ですが、ひとつだけ言わせて頂きます」
「ああ、負け犬の遠吠えを聞かせてみよ」
「テメエなんぞが! 父上の死を喜んだクズ野郎が! 母上を娶るなどおこがましいわ! 美しい花にたかる蠅だ! 身の程を弁えろや無能が!!」
まぎれもない本心である。俺のことはともかく、母上をどうにかしようなんざありえない。
「な、何を言うか儂は男爵家の当主だぞ。逆らえば、よ、容赦はせんぞ!」
「上等だよ。そっちがその気ならやってやろうじゃねえか」
屋敷内のために俺は丸腰だが、それでも小太りのハゲ野郎に負ける気はしない。
狙うのは首だ。折るか潰すか。
俺に殺気によほどビビったのか、慌てたアブラーモが、壁に掛けられた趣味の悪い細剣を取ろうとして、手が震えて掴み切れず床に落としてしまう。
「拾えよ、逃げるわけねぇよなあ当主サマよ! あの世に爵位が持って行けるか試してみやがれ!」
こっちは丸腰だが、関係ねえ。死んでもテメエだけは仕留めてやる。
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