武装探偵vs不死サイボーグ
日本一ソフトウェア
【前編】~不死と居合と武装と~
【武装探偵 vs 不死サイボーグ】作:城花健人
何とはなし路地裏へ視線を向けると――非日常が広がっていた。
奇妙な鎧をまとった何者かが、手甲に包まれた大きな腕で、スーツの男性の首を掴み上げている。
鎧は2mにも届きそうなほど背が高く、隙間から差し込む月明かりで黒光りし、フォルムが丸みを帯びている。
肩口まで広がり、顔をすべて覆い隠した兜は、パパが大切に飼っているカブトムシのメスみたいだなぁと、あまりにもノン気な考えが頭に浮かんだ。
この私、七条奈々菜は親が金持ちなだけの、平凡な女子高生。
きっとステータスを『お金持ちの家の生まれ』という境遇に、全振りしてしまったんじゃないかと思う。
目立った特技も趣味もない。好きなものはゲームくらいなもの。これまでの人生で面白いことなんてなかったし、これからもないものだと思ってた。
だから、目の前のあまりに異常な光景に、頭の処理が追いつかず、呆けることしかできない。
――ゴキッ。
生々しい骨の破砕音が、私を現実に引き戻した。
ありえない方向に首の曲がった男性と、目が合ってしまう。
生気を失ったその目は、まるで冷蔵庫によく入っているお魚のようで、恐怖よりも気色悪さが上回った。
「……目撃者と遭遇。処理を開始する」
鎧が男性とも女性ともとれない無機質な声を発した。
無知でノン気な私も、ようやく自分が命の危機に瀕していることを自覚する――
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!?」
どうすればいいのか分からないので、とにかく大声を出しながら人通りの多い通りに向かって走った。
ここは、東海地方有数の繁華街、O須商店街のすぐ近く。
人通りの多い場所なら、あの化け物だって流石に何もできない。できないはず。できないよね?
何も考えれられないくらい、必死に走って、走って、走り続けて。
私は気付けば、交番で警官に保護されていた。
警官たちは、私の話を話半分に聞いていたものの、私が記憶を頼りに似顔絵を描いてみると、空気が一変。
すぐさま自宅へとパトカーで送迎され、パパからウソみたいな話を聞かされることとなった。
どうやら私は、『不死サイボーグ』と呼ばれる殺し屋の犯行現場を、目撃してしまったらしい。
しばらくは学園も休んで、自宅の屋敷でボディガードたちと共に不死サイボーグの襲撃に備えるよう、パパから命じられた。
それから早二日――
「不死サイボーグって何なのよ……意味分かんない」
自分の部屋の天蓋付きベッドに寝転がりながら、私はもう何度目になるか分からない愚痴を口にする。
殺害現場を目撃したあの日、O須商店街を訪れたのはほんの出来心からだ。
パパもママもいつも仕事で屋敷を空けていて、学園のない休日は暇で仕方がない。
大好きなゲームセンター目当てに、こっそり街へ遊びに出かけるくらい、普通のことだと思う。
少なくとも、罰当たりなことではないだろう。
それなのに、命を狙われる羽目になるなんて、あまりにも理不尽じゃないか。
「早く学園に行きたいよぉ……」
枕に顔を突っ込んで、私は誰にも聞こえないようつぶやいた。
私の通う学園――私立百合愛学園は平凡な私にとって、何よりの憩いの場。
悪いことなんて何ひとつしていないのに、どうして私が、唯一の楽しみを奪われないといけないんだろう。
「いつになったら、私は自由になれるの? 学園に通えるようになるの? 誰か、教えてよ」
「大丈夫。すぐに通えるようになるのである」
思いがけず返事があった。
驚き、枕から顔をあげ、声のした方に視線を向けた。
何とベッドのすぐそばに――
「七条どの! おぬしのことは、この
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
そして屋敷中に響くくらい盛大な悲鳴をあげてしまうのだった。
◆
例の甲冑男が部屋の隅で正座している。
そして男の前には、室内なのに和傘を差しているという、これまた奇妙な黒スーツの女性が立っている。
「武装はん。初の大仕事で気がはやるのは分かりますけど、焦りは禁物どすえ?」
「す、済まないのである……
和傘の女性は長い黒髪を手ですきながら、ベッドに座る私の元までやってきた。
その動きには無駄がなく、私の通う学園のトップ、一流のお嬢様たちの所作を想起させる。
恐らく、名高い家系の出身なのだろう。
「七条はん、驚かせてしもうて、かんにんなぁ」
女性が仰々しく、深々と頭を下げて言った。
その僅かな所作さえも華麗で、同性相手なのに胸が高鳴ってしまう。
「ウチらは、怪しいもんとちゃいます。あんさんのお父はんに頼まれてやってきた『探偵同盟』っちゅう組織の一員なんよ」
「探偵同盟……? それって、警察と協力して色んな事件を解決してるってウワサの、秘密結社ですよね?」
「知ってはるなら話が早いわ。秘密結社うんちゃらはよぅ知りまへんけど、まぁ警察と協力関係っちゅうんは本当のことやね」
『探偵同盟』と言えば、ネット上で都市伝説みたいに語られている組織だ。
まさか実在するどころか、私の護衛をしてくれているなんて。
ますますフィクションじみてきた。
ドッキリなら、そろそろネタばらしをして欲しい。
「おっと、自己紹介が遅れましたわ。ウチは『
「た、探偵って、こんな護衛みたいな仕事もするものなんですか?」
「まぁ素人さんはそう思いはるわなぁ。探偵は万事屋みたいなところがありますから、ウチやそこの武装はんみたいに、護衛系の仕事を生業とする探偵もおるんよ」
ちらりと武装探偵と呼ばれた甲冑の男を一瞥すると、正座したまま嬉しそうに手をブンブンと振り回した。
見るからにアホ丸出し。
確かに、護衛の仕事くらいしかできなさそうだ。
「武装はんはまだ新人で慣れてないから、さっきの無礼は許してあげたってぇ。代わりと言ってはなんやけど、ウチは100人いる探偵同盟の中でも序列10位やし、それなりに信頼してくれてもええと思うよ?」
「じょ、序列10位」
どういう基準の序列なのかは知らないけれど、何だかスゴそうだ。
まとっている空気感も半端ではないし、見るからに頼りになる。
変質者まがいの鎧の男とは大違いだ。
「七条どの、我は武装探偵! この生命に代えても、おぬしを守り抜いてみせるのである!」
「あ、そう」
遠くから大声で話しかけられたが、つい冷たい言葉を返してしまった。
少し申し訳なく思うけれど、好意的には接せられない。
そもそも私は男性が非常に苦手だ。
幼い頃から、パパの知り合いのおじさんたちの妙な接待を受け、子どもながらに悪意を感じ取ってしまって……。
男性を避けてお嬢様学校に通う程度には、嫌悪感を抱いている。
どうして探偵同盟は、居合探偵さんみたいな優秀なヒトだけではなく、見るからに使えないバカ男まで寄越したのかと、責任者を問い詰めたくなる。
「男性が苦手なのに連れてきてしもうて、かんにんなぁ」
私が不機嫌なのを察したようで、居合探偵が困ったように苦笑した。
「探偵同盟のリーダーはんからの強い推薦で、武装はんも同行させることになってなぁ。リーダーはんにも、何か狙いがあるんやろうねぇ」
「狙い、って?」
「うーん、せやなぁ。例えば、不死サイボーグの『不死』の秘密を暴くのに彼が必要、とかやろうか」
「不死とはどういうことなのだ、居合どの!?」
武装探偵が慌てた様子でこっちに歩いてきた。
「あら、武装はんは聞いたことありませんのん?」
「うむ、まったくない! 我は、頭が弱いだけではなく、情報にも疎い男だからな!」
「自慢にならないでしょ……」
ああ、もう。
武装探偵の話を聞いているだけで頭痛がしそうだ。
居合探偵は慣れているのか、嫌な顔ひとつせず、武装探偵の質問に答えていく。
「不死サイボーグはな、その呼び名通り、あらゆるボディガードと戦って生き延びてきた過去から『不死』と呼ばれとるそうなんや」
「確かに……私の記憶では全身鎧姿で、銃弾だって効かなそうでしたね」
見た限りでは、関節などの必要な箇所を除き、全身を鎧で覆っていた。
アレでは、どんな攻撃も通じないように思う。
「全身を鎧でねぇ……なーんか、おかしいと思わへん? 鎧くらいで『不死』を名乗れるなら苦労しまへんわ」
「それは、そうですね」
確かに、違和感はある。
単に鎧がスゴいだけなら、武装探偵のような方向性の呼び名の方がしっくりきそうなもの。
あの鎧をまとった殺人鬼には、他に秘密でもあるのだろうか。
「我は、本物のサイボーグ……つまり、肉体の一部を電子からくりに改造した者だと思っているのである!」
「鎧に見える部分は、肉体を機械に改造した箇所ってことやね。まぁその割には、ゴツ過ぎる気もしますけどなぁ」
「ゴツ過ぎる、ですか?」
「どんな見た目にも、意義があるもんなんよ。例えば、武道で袴を着るんは足の動きが読まれんためやし、ウチがスーツなんは身体にフィットした服で斬撃を早うするためや」
「我の鎧が西洋甲冑なのは、デザインがカッコいいからだと聞いたな!」
「ちょっと静かにしててください」
「うむ」
「もし『不死サイボーグ』が名前通り肉体を機械化しとんのなら、ゴツいだけの鎧なんて着けたりせんと思うんよ。どうせ身体が機械なら並の攻撃は通じへんし、体積が増えると、見つかるリスクも高まりますからなぁ」
「確かにあの見た目は、ゲームで言えば味方を守るタンク……サイボーグならもっとスマートな、メタロギアの忍者サイボーグのような見た目になりそうです」
「忍者、細胞? よく分からんけど、まぁ大体そんな感じやね」
第一いくら裏社会でも、あんな巨大な見た目のサイボーグを作れるなんて、流石に非現実的だ。
名前でカモフラージュしているだけで、案外中身は普通の人間なのかもしれない。いや、きっとそうだ。ただの人間が、奇妙な鎧を着ただけに、違いないんだ。
だから、絶対に平気。
大丈夫。大丈夫、大丈夫――。
私は、まるで自分に言い聞かせるみたいに、頭の中で何度も同じ言葉を繰り返した。
「まぁ考えても埒が明きまへんし、あとは本人に聞いたりましょ」
「や、やっぱり、不死サイボーグは私を襲いに来るんでしょうか……」
「ああ、間違いあらへん。同盟がその筋から情報を得ましてな、奴が今夜この屋敷を襲撃することはほぼ確定らしいわ」
「アイツが今夜、ここに……!?」
思わず声を裏返りかけた。
背中に悪寒が走って、泣きそうになってしまう。
「驚かせてかんにんな、七条はん。何でも、不死サイボーグの所属している組織の鉄の掟だとかで、目撃者を一定期間内に殺す必要があるそうなんよ」
「だから、急きょ我らが派遣されてきたというワケである!」
二人の探偵が気を遣って声をかけてくれたものの、全然頭に入らない。
路地裏で不死サイボーグと遭遇した時のことを思い出し、身体が震える。
奴は手で人間の首の骨をへし折っていた。
もし、あの腕力が自分に向けられたらと思うと、恐怖を抑えきれない。
「大丈夫だぞ、七条どの」
私の震える肩に武装探偵が手を乗せた。
「我らは何があっても、七条どのから離れたりはしない。必ず守り抜いてみせるのだ!」
武骨な形の手の感触が肩に伝わる。
パパの友人たちのやらしい手付きとは違って、その手には優しさが感じられた。
でも――
「口だけなら……どうとでも言えますよ」
「えっ?」
「何でもありません、独り言です」
――どうせお金で雇われただけのくせに。
そんな不満が口から出そうになるのを、何とかこらえた。
いくら探偵同盟がスゴい組織だからって、結局は報酬があるワケで。
その金額に見合った活躍しか期待できない点では、普通の会社と変わらないじゃないか。
現実にヒーローなんていない。
最後に頼れるのは、自分だけ。
あまり信用しすぎないようにしないと。
「私は、死なない……死んでたまるか」
私が命を狙われる理由は、不運にも殺害現場に遭遇したこと。
死因が『不運』だなんて、あまりにもおマヌケすぎる。
たとえ不幸な境遇だとしても、私は負けない。
絶対に、負けないんだ。
その時――パァンと乾いた破裂音が下から響いた。
「銃声!?」
「下の階の警備の連中やね……ウチら、ギリギリセーフやったみたいやな」
居合探偵が私の手を引いて、ベッドから離れるよう促した。
「どこから来ても対処できるよう、部屋の角に行くで。武装はんは入り口近くで、正面からの襲撃に備えてもろてええやろか」
「合点承知である!」
武装探偵が入り口の近くで身構え、私と居合探偵は部屋の角へと移動。
下の階からは、銃声が止めどなく鳴り続いている。
「正面突破する気やろうか? 何や、スマートやあらへんねぇ」
そう、居合探偵がつぶやいた刹那――部屋の明かりが消えた。
外から見られないよう遮光カーテンを閉めていたせいで、部屋が完全な暗がりに包まれる。
思わず悲鳴をあげそうになったものの、すぐ隣の居合探偵が口をそっと押さえてくれたおかげで、何とかパニックにならずに済んだ。
「停電したぞ!? まさか、敵の策略か!?」
「せやろな。敵さんが銃弾を浴びながらも強行突破したんは、電気系統の破壊を狙っていたワケやね」
困惑した様子の武装探偵と違って、居合探偵は冷静沈着。
流石は、序列10位の探偵。
こんな不測の事態にも慣れているのかも。
「おもろいもん見せたるわ」
居合探偵がそう言うと、その手の和傘の先端が、ランタンのように発光した。
室内がほのかに明るくなり、遠くの武装探偵の姿まで視認できるようになる。
これなら、不意打ちを喰らうこともなさそうだ。
「この傘はウチの科学班が作ってくれた特別製でなぁ、懐中電灯から目潰し用まで、色んな光を出せるんよ」
「面白い傘ですね……」
「もちろん、光るだけやないけどなぁ? もっとおもろい機能もあるから、七条はんは安心して、戦いを見守っとき」
こんな危険な状況にも関わらず、微笑みかけてくれる居合探偵。
その余裕のある佇まいに、乱れていた心臓の鼓動も、自然と落ち着きを取り戻していく。
(私を襲うには、扉の入り口で武装探偵と戦う必要があるはず……大丈夫、いくら伝説の殺し屋だからって、こんな強そうな二人が相手なら……)
――いくら何でも不意をつけるワケがない。
そんな私の考えを崩すように、ベキベキと、足元の床が妙な音を発した。
「……そう来はったか。七条はん、ウチに抱きついとって!」
「えっ!?」
言われるがままに居合探偵へ抱きついた瞬間、足元の床が砕け散った。
浮遊感を覚え、何も見えない闇の底へと落ちていく。
恐ろしすぎて悲鳴をあげる余裕すらない。
しかし、私のすぐ隣の居合探偵の双眸は、鋭く研ぎ澄まされていた。
「上等やないの……!」
居合探偵にそっと投げ飛ばされ、私の自室の直下――リビングのソファの上へと落下した。
ようやく暗がりに慣れてきたかと思うと、窓のカーテンから差し込む月光が、黒光りする巨大な影を映し出す。
ゴリラでも脱走してきたのかと思うほどの巨体。
カブトムシの頭のような、末広がりの兜。
こんな怪物、見間違えるワケもない――
「ふ、不死サイボーグ……!?」
私の声に気付いたようで、不死サイボーグがこちらを向き直った。
関節からギィギィと、カブトムシの鳴き声みたいな音を立てながら、こちらへと歩いてくる。
すぐさま逃げようとしたけど、足が震えて、ソファから立ち上がることすらできない。
「あ……あ……」
「目撃者、発見。ただちに処理する」
機械的な声が響いたかと思うと、手甲に包まれた左腕が、大きく振りかぶられた。
ところが同時に、その巨大な腕の肘から先が――床へと落下する。
「不死サイボーグはん、油断しすぎとちゃいます? 関節がガラ空きで、思わず斬ってまいましたわ」
暗闇の奥から居合探偵が飛び出してきて、私と不死サイボーグの間に立ち塞がった。
その手に持った和傘の持ち手が消え、代わりに鋭利な日本刀が握られている。
その刀の柄の形は、まるで傘の持ち手。
まさか、あの傘には、刀が仕込まれていたの!?
「『お縄につきなはれ』って言いたいところやけど、片手じゃ難しそうやねぇ……かわいそうになぁ」
心底憐れむような声で語る居合探偵。
しかし、表情は冷たく、敵意が剥き出しだ。
視線を向けられなくても、胸がキュッと締めつけられた心地になる。
「……『探偵同盟』序列10位、居合探偵。妨害するなら、貴様も処理する」
「出鼻で片腕を失ったのに、大層な自信やないの。はよぅ止血せな、アンタ死ぬで?」
「私は、不死サイボーグ……絶対に、死なない」
片腕を失ったにも関わらず、不死サイボーグは怯まずに間合いを詰めてくる。
よく見れば、腕の断面から出血もしていない。
不死身どころか出血すらしないなんて……。
「ホンマにサイボーグってオチですのん? 笑えまへんわ」
残った腕で居合探偵を掴もうとする不死サイボーグ。
しかし居合探偵は、ゆらりゆらりと陽炎のように揺らめいて、紙一重で回避し続ける。
掴まれたら一巻の終わり。
見ているだけで、心臓がヒリついてしまう。
月明かりが差し込む中で、巨大な鎧とスーツ姿の女性の間合いが、少しずつ、少しずつ縮まっていく。
しかし次の刹那――
「フルメタル・キック!!」
頭上から武装探偵が飛来した。
無防備な不死サイボーグの頭に勢いよく蹴りが命中し、寺の鐘のごとく大きく震える。
当然、居合探偵はその隙を見逃さない。
「最高のタイミングや、武装はん!」
居合探偵が一気に間合いを詰め、不死サイボーグの喉元に向かって刀を振るった。
更に、振り抜いた刀の切っ先を正面に向け、喉に向かって一直線――
鉄の砕ける音がして、不死サイボーグの喉へと突き刺さる刀。
そして、その巨体が大きく揺らぎ、背中から床へと倒れていく。
倒れた瞬間、衝撃で部屋が少し揺れた。
「た、倒せたの……?」
私の元へと歩いてくる、武装探偵と居合探偵。
「駆けつけるのが遅くなってすまなかったな、居合どの」
「ええって。むしろ、隙を生んでくれて助かったわ。ウチの無外流剣術は、ああいう力押しの奴とは相性がイマイチやからな」
よかった。
見た限り、二人とも大きな怪我はないようだ。
暗闇の中で不意打ちを喰らったにも関わらず、流石だ。
「あ、ありがとうございます! 二人がいなかったら、私……」
「間一髪ウチらが間に合おうてよかったなぁ。探偵同盟に依頼したお父はんに、お礼を言うとき」
「ああ。仕事で屋敷を空ける自分たちの代わりに娘を守って欲しいと、同盟に依頼する方法を必死に探し当てたそうだからな。そのおかげで、我らは七条どのを守れたのである」
「パ、パパが……?」
私の話を聞いて、またすぐに仕事へと出ていったから、心配なんてされていないと思ってた。
でもちゃんと、パパは私を心配してくれていたんだ。
私は隙を見て街へ遊びに出かけたりするような悪い娘で、今回不死サイボーグに狙われているのだって、自業自得だというのに。
「パパに、謝らなきゃ」
ちゃんと面と向かって謝ろう。
これからは、もっと素直な娘になるために、今日から――
「全員、処理する」
居合探偵が素早く振り返った。
倒れていた不死サイボーグが、ゆっくりと立ち上がる。
それから、自らの喉に突き刺さっていた刀を、えびせんみたいに軽く握り砕いた。
「その仕込み刀、えらい高い特注品なんですけど……? 弁償してくだはるんやろな?」
「金など不要。間もなく、貴様は死ぬ」
砕けた刀の切っ先を喉に刺したまま、淀みなく言葉を発する不死サイボーグ。
『不死』という言葉が頭の中で反芻される。
本当に、目の前の殺し屋は、死なないとでもいうの?
「どう、して……」
どうして私が死ななきゃいけないの?
やっぱり、私はどんなに足掻いたって、不幸な身の上なの?
まだまだやりたいことがある。
パパに謝りたいし、学園にだって通いたい。
頭の中で、不平不満、疑問がどんどん湧き続けていく。
「武装はん、七条はんを連れて走りぃ! ウチが時間を稼いだる!!」
居合探偵の声でハッと我に返った。
武装探偵が私の身体を抱えつつも、逡巡した様子で居合探偵に視線を送る。
「居合どのはどうするのだ!? 刀も折られたというのに!」
「まだ小太刀がありますわ! 適当に時間を稼いでお
――ウソだ。
あの巨体を相手に、小太刀で戦うなんて自殺行為。
ここで私たちが先に行けば、絶対に殺されてしまう。
まだ彼女と出会ってまだ一時間も経っていないのに、どうしてこんなことに。
「……ぐぅ! すまん、居合どの!」
「あ――」
武装探偵が部屋の出口へと向かって走り出した。
ダメ、止まって――と心の中では言おうとするものの、言葉にはならない。
自分を犠牲にしてでも誰かを救うだなんて、私には無理だ。
「居合探偵さん、どうして!」
やっと口から出た言葉は問いかけだった。
私を抱えた武装探偵が部屋を飛び出す間際、居合探偵は私を振り返り、満足げな笑顔を浮かべた。
「リーダーはんからの受け売りやけど――悲劇に立ち向かってこそ探偵やからね。
七条はんも、あんじょう、おきばりやす」
武装探偵が部屋を飛び出し、居合探偵の姿が見えなくなる。
そのまま武装探偵は、意識のない警備員たちの倒れている廊下を駆け抜け、屋敷の外へと飛び出した。
視界に広がる、七条家自慢の広大な和風庭園。
出入り口までは一直線に走っても10分はかかるし、普通に走っても追いつかれるかもしれない。
更に、判断を急かすように、すぐ近くでコンクリートの砕ける音がした。
「今の音は恐らく、敵が壁を壊した音だな……! このまま逃げたところで、すぐに追いつかれる! 我は一体、どうすれば……」
どこへ向かうべきか判断がつかないようで、武装探偵が動き出せずに呻く。
敵は素手で家を破壊し、銃弾すら効かず、首に刀が突き刺さっても死なない化け物。
迷うのも当然だ。
正面から挑んでも太刀打ちできない。
かと言って、逃げたところで追いつかれる。
あんなに頼もしかった居合探偵だって、やられてしまった。
こんな状況で、ただの女子高生の私に、何ができるって言うの?
「……七条どのは逃げてくれ。
この武装探偵が、不死サイボーグを打ち倒す」
武装探偵が私を地面へと下ろし、先ほど音の聞こえた方へと歩み出す。
予想外すぎて頭が真っ白になった。
しかし、すぐさま冷静になって呼び止める。
「待ってください! 勝算はあるんですか!? あなたよりずっと強い、居合探偵だって勝てなかったんですよ!?」
「……勝算ならある。
我にはまだ、秘密兵器があるのだ!」
武装探偵の右腕の手甲から、何やらバチバチと光が弾け始めた。
これは、一体……?
「今こそ、見せる時が来た……!
我が鎧に秘められた、究極の必殺技『
――後編に続く
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