第42話 兄妹喧嘩
ボクは帰宅し、冷静になろうと努めた。
手世姉さんが部屋にいて、エレキギターを弾いている。姉は藤原会長とイチャイチャした。しかしボクはもう会長をそれほど愛していない。というかほぼ冷めた。姉に対して怒る理由はない。オーケー、今までどおりの妹でいられる。
兄さんには迷惑をかけた。ボクは兄の部屋に行って「ごめんなさい」と謝った。
「気にするな。それより輝はだいじょうぶか」
「平気。もう落ち着いた」
よし。兄さんとの関係も問題なし。
次のSF研の活動日には顔を出そう。藤原さんとは会長と会員という関係でいればいい。表面的には今までどおりだ。映画撮影は完遂しよう。撮影が終わったとき、SF研に興味を失っていたら退会しよう。で、いいよね。
綾乃とはこれからどうする?
これが最大の難問だ。
空鳥綾乃。同情と憐憫と心配と友情と少し芽生えたことを否定できない愛情と無視できない性的嫌悪感と心を明かしてくれたことへの震えるような感動と作家志望者同士これからも刺激し合って付き合っていきたいという願いとその他言語化できない複雑なもやもやがボクの中にあって、これだけは冷静になれない。
綾乃、心配だよ。
前期試験が終わり、大学は夏休みに入っている。
〈定例会を休んですいません。急用が入ったもので。夏休み中の活動はどうなるのでしょうか〉と会長に連絡した。
〈今度休むときはちゃんと連絡しろ。次の火曜日の午後4時に会室に集合して、予定を話し合うことになっている。おれは5日ほど集中的に活動して、撮影を終わらせたいと考えている〉
〈了解しました。火曜日には行きます〉
火曜日の時間ちょうどに、ボクはSF研究会室に行った。メンバーは全員揃っていた。
「こんにちは」と挨拶した。前回欠席した言い訳はしてやらない。
特に咎める人はおらず、挨拶が返ってきた。
話し合いの結果、あさってから集中的に映画撮影を行い、終わらせるまで毎日続ける方針となった。
土岐さんのマンションで撮影する分はもう完了しているので、都内各地と秩父の農地での撮影を行う。
ボクはふつうに話せていたと思う。若干会長に対して冷たく当たったが、気にしない。
「愛詩さん、何かあった・・・?」
「特に何も。ボク変ですか?」
「いや、そんなに変ではないけど・・・」という尾瀬さんとのやり取りがあっただけだ。会長よりこの人の方がずっといいな。
翌日、ボクは例の喫茶店で綾乃と会った。昼食時で、二人ともサンドイッチを食べた。
「劉慈欣の『三体』2巻下を読み終えたんだ。地球外知的生命体が今まで地球に来ていないことのSF的説明があってすごく納得した。宇宙艦隊と特殊な兵器との戦闘が奇想天外で興奮した。ハードSFでありながら、読みにくくなくてキャラクターも格好よくて文学史上に残る傑作だよ。綾乃はSFは読まないんだっけ?」
ボクは努めてセンシティブな話題を避けた。
「『アルジャーノンに花束を』と『夏への扉』と『火星年代記』は好きだよ」
「『アルジャーノン』いいよね。泣ける。他の2作は読んでないや」
「『火星年代記』を書いたレイ・ブラッドベリは詩的な名文家だよ。おすすめだ」
「綾乃はいいね! SFの話もできる」
食事をしながら文学談議をした。しばらく映画撮影が忙しくて会えなくなることも伝えて、別れた。彼女はバイトに行った。
ふだんどおりの綾乃だった。少し安心した。
家に帰ると、兄さんと姉さんが言い争いをしている声が聞こえてきてびっくりした。
「輝を傷つけるようなことをするな!」
「はぁ? してねえけど」
「家の中で男とイチャイチャしてただろう?」
「ああ、あれね。ちょっといい男だから、仲よくしとこうかと思っただけ」
「それが輝を傷つけたんだよ!」
「もしかして輝の好きな人だった? じゃあもう必要以上には話さないよ。それでいいでしょ。でもさぁ、あたしからも言わせてもらうけど、兄貴も輝を困らせてるよ。シスコンいいかげんにしたら?」
「手世、それを言うのか? おまえの無神経さには虫唾が走る!」
「輝に恋人ができたらどうするの?」
「し、し、祝福する!」
「そう。かわいそうな兄貴」
「手世ぉ! 許さねぇぞ!」
兄さんが手を振り上げていた。ボクは走って兄を後ろから羽交い締めにした。
「やめて!」
「輝、聞いていたのか?」
「聞いてない!」
兄は腕を下ろし、まっすぐ彼の部屋に行った。
「ごめん、輝。宇宙のこと、好きなのか?」
「全然好きじゃない。どうでもいい。そっちは姉さんの好きにして。でも兄さんとはできるだけ喧嘩してほしくない。さっきの姉さんは本当に無神経だった。兄さんとボクの繊細な問題には立ち入らないで」
「すまん。心から反省する。あたしとしたことが、莫迦だった」
姉さんは熱しやすいが、サバサバしている。許せる。
兄さんのことはどうしよう。
しばらく放っておくしかないか。
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