第19話 フォーリンラブ

 SF研究会室で、ボクは藤原会長と二人きりでいる。

 ボクが彼にシナリオについて相談したいと誘ったのだ。

 今日は木曜日。

 うまくいけば、ずっと二人でいられる。

 二人きりで・・・。

「シナリオの穴を埋めていきたいんです」

「うん。1か月後から899日後の間だな」

「2つの案があります。村上視点か愛詩視点か」

「愛詩視点の方がSF的に面白そうだな」

「考えてはありますが、おそらく撮影困難です」

「言ってみろ」

 命令されるのが心地いい。どうなってしまったんだ、ボクは。

「『シンギュラリティAIのパラドックス』で書いた世界が出現します。この場合、戦争はなくなり、899日後はまったくちがったものになります。もはや村上と愛詩の再会はなくなります」

「それは人間の物語的につまらない。村上視点の方を聞かせてくれ」

「村上は最初、未来を変えるために国会議事堂前や東京スカイツリーの前でアジテーションをします。セリフはなし。拡声器をもって叫んでいる彼の映像だけ。軍人が登場し、彼を自動小銃の台尻で殴ります」

「いいね」

「マンションには新品の美少女型アンドロイドがいます。つまりボクが出演します。しかしそれはありふれた量産型AIで、未来予測はできません。会話は平凡なもので、家事に関することだけ。未来についての村上の質問には答えられません。村上は彼女に失望し、友人に売り払います」

「うん。続けてくれ」

「村上は田舎に引っ越して、農業をします。これも余計なセリフはなくして、できるだけ映像の力で演出します。畦道に置かれたラジオから世界飢饉や米朝戦争、日米韓中朝戦争が現実化したニュースが流れます。季節の変動を風景で撮影できないので、村上の服装の変化でごまかしましょう」

「平坦だな。もっと面白い展開はないのか?」

 クールな村上宇宙さんの批判が気持ちいい。もっと言って。

「会長、この映画にかけられる予算を教えてください」

「7万円だ。1人1万円ずつバイトで稼いで、出資してもらおうと思っている」

「フィルム代も出ませんよね」

「デジタルカメラだから、フィルム代はない。編集もオレがパソコン1台でやる。そこに金はかからない」

「手世姉さんに5万円払ってください。無償でやってくれると言ってますが、お金を支払わないと、こちらから何の注文もできません」

「おまえの言うとおりだ」

 おまえ・・・。愛詩って呼ばれるよりいい。できれば輝と呼んでほしい。

「農地の撮影はどうしますか」

「俺の親戚が秩父で農業をやっている。そこを撮影させてもらう。手みやげを持って行けば、それでいい」

「自動小銃や軍人の服装はどうしましょう」

「サバイバルゲームショップで買う。くそっ、予算オーバーだな」

「原子爆発によるキノコ雲はどうやって撮影するんですか」

「映像学科の友人にコンピュータグラフィックスが得意なやつがいる。そいつに頼む」

「ではその方への謝礼も必要ですね」

「そうだな。足りない金はプロデューサーが出資する」

「プロデューサーって誰ですか?」

「俺だ。10万円出す。それ以上の金は出せない」

「凝ったストーリーは無理です。さっきのが現実的です」

「わかった。その線で行こう」

「その次は899日後です。ジ・エンド」

「オーケー、それでいい。よくやった、シナリオライター」

 会長、ボクにも謝礼をください。

 お金では買えないものを。

 村上さんが話は終わったとばかりに、会室を出て行く。

 ひとり取り残された。

 さっきの会話を脳内でリフレインする。

 彼の声を再生すると、シビれた。

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