第38話 しどろもどろなワルシ

 2002年 マンション住人の沢村さんが祥子に問いかける

「お巡りさんが来た?」

「このマンションの担当だそうで、挨拶に来ましたね、でも、エレベーターを上がって直ぐに我が家に来て、お隣さんには寄らずに母の家に寄って、その後は他の部屋へは寄らずにエレベーターを降りて行きましたよ、マンション担当だというのに、全家庭に挨拶に来ている様子はなかったわ、沢村さんの御宅にも行かれた?」

 と、聞き返している。

「あ、うん、‥‥‥ところで何と言われたの?」

「写真撮っても良いですかと言われたけれど、断ったわ」

「断った方が良いよ‥‥‥嫌らしい‥‥‥」

「断りましたよ、でも嫌らしいの?」

 沢村さんの横顔は苦渋の表情を呈していた。

 その後沢村さんから、メモが渡されて

「このメモはチラシで隠されていたビデオの題名なの、花田さんは観られたけれど、祥子さんも見た方が良いわ」

「私が?」


 祥子は意味が分からないまま、チラシの電話番号に電話した。

「はい、ハメル薬局です」と爽やかに対応する店員の声が聞こえた、祥子は大黒の声ではないかと思いながら、それを口にはせずに

「眠宝堂の大黒さんをお願いします」

「あ、はい」と声のトーンが高くなって応答された。

「眠宝堂の大黒さんに代わって欲しいのですが」

「あ、私が聞きます」

 最初に電話に応答した人が、そのまま対応している。

「××××ビデオを注文したいんですが」

「あーどうもー好評いただいているんですよー、同窓生ですか?」

「何のことでしょう、」

「失礼しました、○○○○マンションさんですか?」

「そうですが」

「好評いただいているんです」

「マンションの住人からですか」

「はい、マンションの方と同窓生です、失礼ですが、お名前は」

 祥子は名前を告げた、すると急に態度が変わって

「あ‥‥‥もうビデオは売りませんから‥‥‥」

「何故ですか」

「あ、不評なので販売中止しました」

「たった今、好評だとおっしゃったじゃないですか」

「あ、いや、その‥‥‥」

「注文をお願いします」

「今は無いので‥‥‥」

「次に生産されたら送って欲しいのですが」

「生産しても良いのですか?」

「はい、私は観たいので、注文したいので、担当の大黒さんをお願いできますか」

「あ、今はいてなくて‥‥‥」

「声が、大黒さんですよね、眠宝堂は大黒さん自身ですか?」

「あ、いや、あれは甥っ子で‥‥‥」

「甥っ子さんがいてたとしても、まだ成人ではないでしょう?」

「まあ、あの‥‥‥あいつは出て行ったので、もういてないです」 

「間借りをしていて、ばれたら追い出されるとかいてありましたが、

 担当者が出て行ったのに、注文を聞いているのですか」

「あいや、ま、‥‥‥帰ってきたら伝えておきます」

「ところで、チラシの内容だとビデオを拡販したいみたいですが、文字を隠しすぎているので意味が理解できないじゃないですか」

 祥子は文字が黒く消されたチラシは大黒によるものだと思い込んでいたのだ。

「チラシはどんなチラシだったのですか?」と聞かれたので、名前のところもビデオの箇所も黒く消されていることを伝えた。

「あ、そうなんですか‥‥‥、私は詳しいことは分からないので、甥っ子が帰ってきたら伝えます。ビデオは販売してもいいのですね」

「はい、マンションの住人に観るようにと言われているので、観たいですから」

「では、ビデオが出来上がったら送りますので」

 しどろもどろだった、おそらく注文は伝わらないだろうと思いつつ電話を切った。


 後日、沢村からその後の経緯を聞かれたので、電話の通りを伝えている

「えっ!同窓生に!! だめよもう生産させては」

「でも売って貰えないもの」

 沢村は焦りと怒りと、もどかしそうな横顔を呈している

「旦那様は何とおっしゃってるの?」

「『そんなもん!観る必要はない、買うな!』と言ってるけど、私の判断で進めてるの」

「‥‥‥旦那様はご存知だったってこと‥‥‥、もうこの件は忘れて欲しいの」

 沢村は呆然と立ち尽くし、視点が定まっていない

「ビデオは観なくていいの?」

「もう観なくていいから、忘れて欲しい」


 ビデオは送られては来なかった。そして、忘れて欲しいと言われたとおりに忘れたまま歳月は流れていった。

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