第21話 動揺【sideジョシュア】
会場から出て、別室の扉の前に来ると、殿下は私とティナだけその部屋に押し込んだ。
「殿下?」
「君たちの問題なんだから、自分たちで解決してくれるかな?僕たちもそんなに暇じゃないからね。扉の外に侍従を置いておくから、終わったら声を掛けて。僕とアンナは、交流会に戻るから。宜しくね。」
そう言うと、ここに残ろうと騒ぐアンナ嬢を連れて、歩き去ってしまった。
正直、殿下がアンナ嬢を連れて行ってくれて、助かった。アンナ嬢がティナの隣にいると、ティナに何かされるんじゃないかと思って、気が立って仕方がなかったからだ。
それにティナも殿下がいると、緊張で話せそうになかったし。さっきなんて手と足が同時に出ていた。
私たちは部屋にあるソファに向かい合って座る。
おどおどと目線を泳がせるティナを見つめる。
昔から姉と比べられてきたティナは、いつも自分に自信が無さそうだった。いつも長い前髪で顔を隠している。
今日は前髪はあげられているが、おどおどと視線を泳がせるのも昔と変わっていない。
でも、なんだかティナが変わっていないことに安心して、思わず笑みが漏れる。
「…元気、だったか?」
ティナが驚いたように顔を上げる。
「う、うん。ジョシュア…様は?」
「くくっ。ジョシュアでいいよ。」
「あ、ありがとう。
ジョシュアは…元気だった?」
「あぁ。」
私たちの間には暫し沈黙が流れる。
聞きたいことはたくさんあるのに、何から話していいか分からず、なかなか言葉が出てこない。
意外にも先に口を開いたのは、ティナだった。
「ごめんなさい。
私、平民なのにこんな所まで押しかけて。」
「いや、私もずっと顔を出さなくて悪かったな。
…ティナとリィナは何も悪くないのに。」
「ううん。……あんなことがあったんだもん。
……仕方なかったと思う。」
「あぁ。」
「で、でもね。トマスはー」
…やはりその件だったか。
「悪い。その名前は聞きたくない。」
そう言って立ち上がる。もう二度とその名前は聞きたくなかった…情けない自分を思い出すから。
私は扉に向かって歩き出したがー
「逃げないで!!」
ティナが叫んだ。
「は?逃げー」
振り返ると、ティナはボロボロと大粒の涙を流していた。
「トマスは…っ、トマスはジョシュアのことを守ったのよ!!一生治らない傷を負ってまで、貴方のことを守ったんだからっ!!」
トマスが…私を守った?意味が分からない。
「は?…ど、どういうこと…だ?」
ティナは早口で捲し立てるように話す。
「あの時、ジョシュアは悪い奴らに狙われてたの…!
それを知っていたトマスは、貴方が平民街に出入りするのを止めさせようと、あんな酷いことを言って…。
貴方が平民街に来なくなった後、そいつらはトマスに圧力をかけて、貴方を平民街まで誘き出そうとしたわ。でも、トマスは決して貴方のことを裏切ったりしなかった。その結果、暴行を受けて、足に一生治らない怪我を負ったの。」
その場で呆然と立ち尽くす。それが真実だと信じたくなくて…自分に言い聞かせるように呟く。
「……そんなの、嘘だ。」
ティナは流れ落ちる涙もそのままにして、私の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「嘘じゃない。」
ティナが嘘をついてるようには見えなかった。
でもー
「……だって、偵察ではー」
当時、トマスからもう平民街に来るなと言われた一ヶ月後、やはりあの優しいトマスがそんなことを言うとは思えなくて、侍従に偵察を頼んだのだ。
その侍従からは「三人で楽しそうに森を駆け回って遊んでいた」と報告を受けて、貴族である自分がいない方が本当は良かったのか…トマスが言っていたことは真実だったんだ…と絶望したのだった。
「偵察?」
訝しげにティナが私を見ている。
私はティナに尋ねた。
「……ジョシュアが怪我をしたのは、いつ頃だった?」
「ジョシュアが平民街に来なくなってから一週間後くらいだったかしら。当時の私たちも人伝に聞いただけなの。私たちもトマスが貴方を追い出した時から、ずっとトマスと交流を絶ってたからうろ覚えだけど…。」
「交流を…絶ってただと?」
侍従の報告だと、三人で駆け回っていたと言っていた。ティナが嘘をついていないとすれば、侍従が嘘をついていたことになる。
そこでふと思い出した。当時の侍従は、私が平民街に行くことを嫌がっていたな、と。その侍従はその後、教育方針に口を出すなど越権行為が目立ったことが原因で父親に解雇されたのだが。
ティナは暗い顔をして、続ける。
「…えぇ。情けないことにあの日以降、姉さんも私もトマスが恐ろしくなってしまったから……。
三年前、トマスのご両親が事故で亡くなって、酷く落ち込んだトマスを励ましてほしいとお祖父さんに言われたの。その時に初めてあの時の真相をお祖父さんに教えてもらったのよ。」
「おじさんと、おばさんが…事故……。」
トマスの両親にはよくしてもらっていた。花が好きな私のために帰りにはよく花束を作って、渡してくれた時の笑顔を思い出す。
「三年前、私たちが話を聞くまで、トマスはずっと一人で耐えていたの。
私たちは真相を知って、トマスに謝罪したわ。
でも、トマスは…ジョシュアをあんなに傷付けてしまった自分には当然の報いだって悲しそうに笑ってた。」
「トマス…。」
私だけでなく、リィナやティナまでトマスから離れていたなんて考えもしなかった。てっきり自分がいなくなって、みんながせいせいしてるもんだと……。
「私は今、トマスのお店で手伝いをさせてもらってるんだけど、それさえもトマスはなかなか受け入れてくれなかったくらいで…。まるで自分で自分に罰を与えているようだった。足だって痛むはずなのに…。」
自分のせいでトマスが怪我をしたのかと思うとやりきれない気持ちになる。唇をぐっと噛む。
「怪我は……どれくらい酷いんだ?」
「右足が上手く動かせないの。…歩くのにも時間がかかるし、走ったりは出来ないわ。それに、寒い日はひどく痛むようだし…。それでも、花屋はお祖父さんとトマスの二人だけだから、休むわけにもいかない。
でも、トマスはきっと…足の傷よりずっとジョシュアを傷つけてしまったことを後悔していると思う。私たちじゃ駄目なの…トマスにはジョシュアがいなきゃ…。」
……そんなことを言われても、トマスが私に会いたいと思ってるなんて信じられなかった。トマスが怪我をしたのは私が原因だったら、私を憎むのが普通だろう。私だって今日の今日までトマスを憎んできた。
あの日、トマスに拒絶をされて…惨めだった。帰ってきて自室に籠ってワンワン泣いた。大好きな親友を失ったことが辛くて悲しくて……。こんなに辛い思いをすることになったのは、トマスを信用してしまったせいだと後悔した。でも、どんなに時間が経ってもトマスと過ごした日々の記憶は消えてくれなくて…その後悔はどんどんと憎しみに変わって行った。
そのうち、友情などは単なる自己満足に過ぎず、人を簡単に信用してはいけないと思うようになった。貴族なのに平民の友人を作ったことが全ての間違いで、身分はこの世界で絶対的なものなのに、それを越えようとした自分が馬鹿だった…と思うようになった。自分は偉いのだから、それに見合った付き合いをしなければと思った。
私がずっと黙っているのをただ待っていたティナが再び口を開いた。
「貴族と平民の間には大きな壁があることは分かってる…。でも、たった一度だけでもいいから、トマスに会いに行ってあげてほしいの。もう子供の時と違って身分の分別も付いてる…もう一度友人になってほしいなんて言わないから…。
トマスはずっとジョシュアのことを心配してる。
私に声をかけたように『元気か?』って一言声をかけてくれるだけでいいの……お願い…。」
涙ながらにそうティナが訴えるものの、果たして自分にトマスに会いに行く資格があるのか分からない。
…私は混乱し、ひどく動揺していた。
「悪いが、今日は帰ってくれ……。」
「ジョシュア…っ!」
「考えさせてほしいんだ…。
…ちゃんと…考えるから。」
「…うん。分かった。」
ティナは目の前で肩を落とし、俯いた。
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