第19話 幼馴染
「いらっしゃいませー!」
お店に入ると、元気な青年が迎えてくれた。
「すみません。
こちらにティナさんという方はいますか?」
「ティナ?…いますけど。ちょっと待ってて下さい。」
そうすると、その青年は足を引きずりながら、店の奥に下がって行った。
…足でも怪我してるのかな?
少し待つと、ティナさんが店の奥から駆けてきた。
「お待たせしました!!
……良かった。もう会えないかと。」
「遅くなってごめんなさい。」
「いいえ。来てくれただけで…。
ちょっと待ってて下さい。」
ティナさんは店の奥に「少し出掛けるねー」と叫んだ後、私たちに言った。
「場所を移してもいいですか?」
「えぇ。」
私とライル様は、ティナさんの後について行った。
案内されたのは、花屋からほど近い小さな家だった。今にも崩れそうな外見とは違い、家の中は綺麗に掃除をしてあり、女の子らしく可愛く装飾されたり、花が飾られたりしていた。
「こんなところですみません。私の家です。
出来ればトマスに聞かれたくなかったから。」
「トマスってさっきの方?」
「はい。私たちの幼馴染です。」
「私たち?」
「トマスと、ジョシュア、そして私たち姉妹の四人は幼馴染だったんです。」
「貴族であるジョシュアが君達と幼馴染とは到底信じがたい話だが……。」
難しい顔でそう呟いたライル様を見て、ティナさんはしゅんと肩を落とす。
「ですよね…。」
「ティナさん、ジョシュア様と出会ったところから話を聞かせてくれませんか?そして、ジョシュア様に何があったのか、そして…貴女が伝えたいことも。」
私がそうお願いすると、ティナさんはこっくりと頷き、話し始めた。
「私たちが出会ったきっかけはジョシュアがこの花屋に遊びに来たことでした。最初はジョシュアではなく、ジョンと名乗ってましたが。
ジョシュアは花屋に何度も来てくれて、その度に花を買っていきました。そのうちに、トマスとよく話すようになったんです。トマスはジョシュアより一つ年上で、花屋の息子だから花にも詳しくて、花が好きなジョシュアと話が合うようでした。
私たち姉妹はずっとここに住んでいて、家も近いトマスは兄のような存在でした。そのうち、私たちは四人でよく遊ぶようになりました。
その頃のトマスは両親も健在で、今のように花屋の手伝いもしてなかったから、私たちはジョシュアが来る度、街を探検したり、森の中を散策して花を摘んだり…本当に楽しく遊びまわりました。」
当時のことを懐かしむようにティナさんは話す。その顔を見れば、その日々が彼女にとってどれほど大切なものだったのかがわかる気がした。
「ジョンと名乗っていたジョシュアも、そのうち私たちを友人と認めてくれて、本当の名を教えてくれました。実は貴族なんだ、ということも。
もしかしたら貴族なのかもと思ってはいたけど、いざそう告白されるとこのままでいいのか私たちは迷いました。でも、ジョシュアは友人に身分なんて関係ないだろうと言って、今までと変わらず接してくれました。
こんな貴族がいるんだって驚くと同時に私たちは…ジョシュアのことがますます好きになりました。」
今のジョシュア様からは考えられない発言だ。ティナさんが今のジョシュア様を見たら、なんて言うのだろう。
しかし、ティナさんの顔は急に曇る。
「でも、ある時からトマスの様子がおかしくなったんです。ジョシュアをやけに家に帰らせようとしたり、やっぱり貴族は違うと嫌味を言うようになりました。私たち三人は意味が分からなくて。
そんなある日、ジョシュアが私たちにいつも仲良くしてくれている御礼にと私たち姉妹にはリボンを、トマスにはハンカチをプレゼントしてくれたんです。
だけど、トマスは…それを要らないと言って、地面に落とし、踏みつけたんです。
そしてー
貴族と平民が仲良くできるはずなんてない、こんな物を渡して偉くなったつもりか、いつも良い服を着ていてムカつく、苦労なんかしたこともないくせに…などと、ひどくジョシュアを貶しました。
ジョシュアはいつもと様子の違うトマスにどうしたのかと尋ねましたが、もう顔も見たくないから明日から平民街には来るな、と。
それでも食い下がろうとするジョシュアにトマスは最後には手まで上げたんです。
私も姉もそして、きっとジョシュアも…トマスが恐ろしくなりました。特にジョシュアはトマスのことを誰よりも慕っていたから、ひどくショックを受けて…次の日からパタリと平民街に来なくなりました。それから、今日までジョシュアのことを見たことはありません。」
「……なんで、トマスさんはそんなことを。」
私は先程見た人の良さそうなトマスさんの顔を思い出していた。そんな一面を持ち合わせているようには見えなかったけど…。
ティナさんは、目に涙を溜めている。
「実は私たちもずっとトマスを避けてしまっていたので、知らなかったんです。でも、三年前、トマスの両親が亡くなった時にトマスを助けて欲しいと、トマスのお祖父さんに真実を打ち明けられたんです。」
「真実?」
そう私が問うと、ティナさんは頷いた。それと同時に目に溜まった涙がこぼれ落ちた。
「はい…。
ジョシュアは、当時平民街で犯罪まがいのことをしていたグループに目をつけられていたんだそうです。トマスはそれに気付いていて……。これ以上、平民街にジョシュアが出入りするのは危険だと思ったトマスは、ジョシュアを平民街から遠ざけようとあんなことを言ったんだそうです。
ジョシュアは平民街に出入りしなくなりましたが、今度、そのグループはトマスを脅しました。ジョシュアへ手紙を出して平民街におびき寄せろ、出来なければボコボコにしてやるって。
私たちよりトマスとジョシュアはずっと仲が良かったから、どこの貴族かも知っていたはずだけど……それでも、トマスはジョシュアを売り渡すような真似をしませんでした。その結果、激昂したそのグループに暴力をふるわれ……全身に殴る蹴るの暴行を受けました。
たまたま町の警備隊がその現場に通りかかり、そのグループは捕まりましたが…ジョシュアは一生治らない足の怪我を抱えることになりました。」
「そんな…。」
「私もトマスのお祖父さんから話を聞くまでは、ただ喧嘩をして怪我をすることになっただけだと思っていたんです。可哀想だと思いましたが……ジョシュアと別れた時のトマスが恐ろしくて、ずっと近付くことが出来ませんでした。
…私は本当に酷い人間です。トマスには本当に良くしてもらってたのに、勝手に勘違いして離れて…長い間、トマスを一人きりにしてしまった。」
もうティナさんの涙は止まらなかった。袖でぐしぐしと涙を拭う彼女に私はハンカチを差し出した。
「……ティナさん。それは仕方ないと思うわ…。貴女は事情を知らなかったんだもの。」
ティナさんは首を横に振った。
「距離が離れているジョシュアと違って、私たちは知ろうと思えば知れました。でも、それをしなかった…。
今更とは思いますが、今は少しでも足の悪いトマスの助けになればと思って、花屋で働かせてもらっています。」
まだ私とそう変わらない歳なのにもう働いているなんて…。
「そうなのね。でも、ティナさんの年齢はー」
「十二です。
平民であれば、何も珍しいことではありません。」
ティナさんは赤く腫らした目で微笑む。
「……今でもトマスは時々寂しそうにするんです。きっとジョシュアに会いたいのだと思います。
私は真実を知った後に、ジョシュアへ連絡してみたらどうかと言ったのですが…ジョシュアを深く傷つけた自分には会う資格はない、と頑なで。だから、ジョシュアに会いに来て欲しいんです。なんとか、ジョシュアにそう伝えてもらうことは出来ませんか?」
私とライル様は顔を見合わせる。
ライル様はフッと息を吐くと、ティナさんに向き直る。
「ジョシュアは…きっと今聞いた話が原因でもう何年も人間不信のような状態だ。
…僕たちから伝えることは簡単だが、それを彼が信じるとは思えない。ここに自ら足を運ぶ可能性はほぼないだろう。」
「……そんな…。」
ティナさんの目には再び涙が溜まる。ハンカチを使って欲しいが、私が貴族だと分かっているからこそ使えないのだろう。
でもー
私は手を伸ばし、ティナさんの手にハンカチを無理やり押しつけて笑った。
「ジョシュア様に私たちの言葉は届かない。
でも、きっとティナさんの声なら届くと思うの。
……友人のために一緒に頑張ってくれるかしら?」
私の隣では、ライル様の大きな溜息が聞こえた。
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