第13話 決意のお茶会
今日は私が主催する初めてのお茶会だ。
「あー、緊張するー!」
学院に入る前に一度開催できればいいと思っていたのに、こんなに早くやることになるなんて思いもしなかった。正直言えばとても面倒だが……これも全部ソフィアのイメージ向上、ひいては悪役令嬢にさせないための一つの施策だ。
私はセットが終わったテーブルを前に改めて気合を入れ直した。
昨日の招待客は五人。ソフィアと、侯爵令嬢と伯爵令嬢がそれぞれ二人ずつだ。皆、私やソフィアと同い年…つまり学院では同級生になる。
まずはお茶会の五分前に伯爵令嬢であるアリエス様とシンシア様が到着する。
アリエス様は先日のお茶会でもご一緒になった少しふくよかな御令嬢だ。食べることが大好きらしい。今日も食べるのを楽しみに来てくれたようだった。
シンシア様もこの間のお茶会で一緒になっている。少し幼い雰囲気の御令嬢だ。今日はシンシア様によく似合うリボンやフリルの付いた可愛らしいドレスを着ている。
簡単な挨拶を交わし、二人を席に促す。
アリエス様はテーブルの上のお菓子に釘付けだ。
…みんなが来るまで待ってね。
次に来たのは侯爵令嬢であるジュリー様。ジュリー様には初めてのお茶会を開催するに当たって、様々な助言をもらっていて、今日までに少し仲良くなった気がする。
「アンナ様、本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
「こちらこそありがとう。大したおもてなしは出来ないけれど、どうぞ楽しんでいってね。」
「ありがとうございます。」
ジュリー様は席に座ると、庭園の素晴らしさやテーブルの上のセッティングなどを褒めてくれた。本当に礼儀正しく、優しい子だ。
続いて来たのが、ジュリー様と同じ侯爵令嬢のエリーザ様である。私は前回ジュリー様のお茶会に参加した後にエリーザ様主催のお茶会にも参加させていただいていた。
しかし、エリーザ様はあまり私が好きでないようだったから、今回のお茶会も参加してくれないだろうと思っていたんだけど……予想外にも参加したいという返事が来て、私は驚いたのだった。
エリーザ様も無事に席に案内し、残るはソフィアだけとなった。
今日のお茶会にはソフィアが参加する旨を既に皆には伝えているせいか、和やかに会話しているように見えるがどこか緊張した雰囲気が漂う。
それだけで、ソフィアがいかに他の御令嬢に敬遠されているのかが分かった。
開始時間から五分経ち、ソフィアが到着した。
「ソフィア、ようこそ。」
「えぇ、今日は宜しく、アンナ。」
そう言って美しい礼を取るものの、ドレスを摘むその手は少し震えていた。
……ソフィアも一生懸命変わろうとしてる。
私も頑張らなくちゃ!
ソフィアが席に着くと、皆、身体を強張らせる。
私はオルヒに指示を出し、侍女たちにお茶を淹れてもらう。
「皆さん、今日は私が主催する初めてのお茶会に参加してくれて、どうもありがとう。初めてだから、至らない部分もあるかと思うけれど、楽しんでいただけると嬉しいわ。
それに今日はうちのシェフが腕によりをかけて、お菓子を用意したから、是非食べてあげて。」
本当はお菓子の半分くらいは私が用意してるのだが、それを快く思わない人もいると思うので、黙っておく。
それから、お互い知ってはいるが、名前程度の簡単な自己紹介をしていく。ぐるっと順番に名乗って行って、最後は私の隣に座るソフィアだ。
「…ソフィア・ルデンスよ。今日は…よろしく。」
大変短い挨拶だが、皮肉を言わず、普通に終えることが出来て、ホッとする。
しかし、他の御令嬢は驚いたように目を見開いている。
「み、みんな、どうしたの?」
暫しの沈黙の後、シンシア様が口を開いた。
「ソフィア様はいつもお茶会に参加した最初の挨拶で何かしら皮肉を言うの…お菓子がどうとか、庭園がどうとか……。何も言わないのなんて初めて見たから、ちょっと驚いてしまって。」
ジュリー様もアリエス様もそれに頷く。
ソフィアは恥ずかしいのか、顔を赤くして、俯いている。
「そう…。」
場の雰囲気を変えようとしたのか、お菓子が食べたかったのか分からないが、アリエス様がテーブルの上のお菓子を話題に上げる。
「それにしても、本当に美味しそうなお菓子ですね!」
「えぇ。特に珍しいものはないと思うけど、味の保証はするわよ。是非、遠慮しないで食べていってね。」
「嬉しいー!では、遠慮せずに頂きます!」
アリエス様はさっそくお菓子に手を伸ばし、パクパクと食べる。それに合わせて、他の御令嬢もお菓子に手を伸ばす。
「あら、本当に美味しいですわね。」
「本当!さすが公爵邸のシェフですわね。」
ジュリー様とシンシア様は笑顔で褒めてくれる。エリーザ様だけは無言のまま、お菓子を口に運んでいるが。
無言でお菓子に手を伸ばそうとしないソフィアに私はクッキーをいくつか取ってあげた。
「今回新しく作ってみたの。クッキー好きでしょ?是非、感想を聞かせて?」
「……えぇ。」
ソフィアは、小さな口を開けて、クッキーを一口齧った。みんなが目を逸らしながらも、ソフィアを気にしているのがよく分かる。
「……美味しいわ。甘すぎなくて、素朴な味。
かぼちゃ…かしら?色も綺麗だし、この自然な甘味が私は好きだわ。」
ソフィアは、そう言って微笑んでくれた。
それを見て、ジュリー様もかぼちゃクッキーを手に取り、口に運んだ。
「確かにかぼちゃの味がしますわ。ソフィア様の言う通り、素朴で優しい味。…ソフィア様、私もこの味が好きですわ。」
そう言ってジュリー様はフッと笑った。
何でもない会話なのに、ソフィアの目には涙が滲んでいた。ソフィアは聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
「ありがとう…。」
その言葉にジュリー様は微笑み、アリエス様とシンシア様も笑顔で顔を見合わせた。
その時、カチャンと少し乱暴にカップを置く音が響いた。
「…エリーザ様?」
エリーザ様は少し怖い顔をしている。
和やかになった空気が一瞬にして、ピリピリとした。
「随分とアンナ様の前では猫を被ってらっしゃいますのね。こんなことをして、今さら取り繕うとしても無駄ですわ。ソフィア様がそんなに殊勝なお方ではないことは、皆知っておりますもの。」
「そ、そんな言い方ー」
「いいの!!」
私が反論しようとしたところで、ソフィアに止められる。
「エリーザ様の言う通りだわ。私は皆様に散々失礼なことを言ってきたもの。今更、仲良くしてほしいなんて、図々しいと思ってる。
……でも、私、変わりたいの。
今まで沢山酷いことを言って、本当にごめんなさい。
これからは私が皮肉を言ったら叱ってくれて構わない。だから、どうか…お願い……。私を避けないで…。」
ソフィアの瞳からポロっと星のように輝く涙が溢れた。
「ソフィア…。」
ジュリー様が口を開く。
「本当に良いのですわね?」
「え?」
ソフィアがキョトンとしている。ジュリー様はソフィアに厳しい目線を向ける。
「ソフィア様が人を傷つけるような発言をしたら、私が容赦なく叱ってもいいんですのね?」
「……え、…えぇ。」
ソフィアがしっかりと頷くと、ジュリー様はニコッと笑った。
「分かりました。では、次の私が主催するお茶会に招待しましょう。その場で容赦なく矯正させていただきます。」
ジュリー様のご指導は随分厳しそうだわ…。当日は私もソフィアをフォロー出来る様にしなくちゃ!
そう思い、ジュリー様に参加させて欲しいと頼もうとした。
「じゃあ、私もー」
「アンナ様は駄目です。
アンナ様はソフィア様に甘いですから。」
ピシャリとジュリー様に告げられる。…つ、強い。
それをクスクスとシンシア様が笑う。
「なら、私も参加させてください。
ゆっくりソフィア様とお話ししてみたかったんです。ソフィア様ってすごくセンスがいいし……。」
ジュリー様はその言葉にしっかりと頷く。
続いて、アリエス様が口を開いた。
「私はソフィア様がお茶会を主催したら参加したいですわ!前に参加した時に振る舞っていただいたルデンス公爵家の名産品を使ったタルトが絶品で…また食べたいと思っておりましたの!」
「ふふっ。皆さん…本当にありがとう…。」
ソフィアは次から次へと溢れ出る涙を拭う。
それをエリーザ様だけは冷たい眼差しで見つめている。私がエリーザ様へ視線を送ると、エリーザ様はあからさまに顔を逸らした。
「…私はソフィア様への態度を変えるつもりはありません。今日もアンナ様やソフィア様が何を企んでるか確認するために来ただけですので。
目的は分かりましたので、これで失礼します。」
それだけ言い捨てると、エリーザ様は席を立って帰ろうとする。
「エリーザ様、待って!」
私はオルヒに目配せをして、品物を用意させる。
街で買ってきた押し花の栞だ。
最初に主催するお茶会では、記念品を用意し、参加者へ配るのが、慣わしなのだ。
私はそれをエリーザ様に渡す。
「今日は来てくれて本当にありがとう。不快な気持ちにさせてしまったなら、ごめんなさい。これからも仲良くしていただけると嬉しいわ。」
エリーザ様はそれを一瞥すると、仕方なさそうに受け取った。
「失礼します。」
エリーザ様はそのまま帰ってしまった。
その失礼な態度に皆、唖然とする中、アリシア様が口に入っていたケーキを飲み込む。
「エリーザ様は、ソフィア様とアンナ様がいない同世代の社交界においては今のところ、トップですからね。
今まで令嬢の鏡だと持て囃されて来たのに、ソフィア様やアンナ様が社交界に出たら…何においても勝ち目がないから、きっと嫉妬しているんでしょう。」
そう話すアリシア様にシンシア様が続く。
「でも、エリーザ様を慕ってる令嬢が多いのは確かよね。ソフィア様やアンナ様ほどではないけど、綺麗だし、リーダーシップもあるから。」
ジュリー様はそれに大きく溜息を吐く。
「エリーザ様は何を勘違いされているのかしらね。アンナ様とソフィア様が将来の社交界のトップとなることは、確固たる事実なのに。
…ま、ソフィア様はこれから矯正が必要ですが。」
「…よ、宜しくお願いしますわ。」
「えぇ、宜しくね、ソフィア。」
その日、私達五人は友人となった。
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