第7話 初めてのお茶会

 私はライル様から先日聞いたことを思い出していた。

 机に向かい、一人呟く。


 「まさか、ソフィアに友人がいなかっただなんて…!妖精のように可愛いから言い回しがキツくても、人気者だと思っていたわ…。それにー」


 ソフィアは私の前でも多くの友人がいると言っていた。


 「……友人が少ないこと、知られたくなかったのかなぁ。例え友人が少なくても、親友には変わりないのに。」


 でも、どちらにしてもこのままで良いはずがない。ソフィアがこのまま皆に嫌われたままだと悪役令嬢まっしぐらだ。ゲームの中にいた取り巻き達は友人なんかではなく、ただ権力に擦り寄ってきた令嬢達だったのだろう。


 「仕方ない、か…。」


 私は決めた。次のお茶会に参加することを。


 今まではトレーニングや王子妃教育もあるため、少しでも時間を捻出したいがために体調不良を理由に招待を断り続けてきた。しかし、これは緊急事態だ。


 私はオルヒを呼んだ。


 「オルヒ、お茶会の招待状、届いていたわよね?」


 「はい。お嬢様が参加するつもりはないとおっしゃるので、別室にしまいましたが。」


 「いくつか参加することにするわ。殿下の婚約者ですもの、貴族令嬢としての務めも果たさなくてはね。」


 オルヒが両手を胸に当て、なぜか感動している。


 「……なんて素晴らしいのでしょう…!このオルヒ、お嬢様がトレーニングばかりで何を目指しているのか、分からなくなっておりましたが、しっかりと王子妃になるべく考えられていたのですね…!」


 そんな涙ぐまれても困る。正直婚約破棄される予定なので、王子妃になるつもりは全くない。私の行動基準は常にソフィアなのだ。


 私は、曖昧にオルヒに笑いかける。

 オルヒは涙を拭うと、キリッと眉を上げた。


 「すぐにお持ち致します!!」


 そう言うと、オルヒは部屋を出て行った。


 「……なんか勘違い、させちゃったなぁ。」


 数分後、私は持ってきてもらった招待状に圧倒されていた。


 「……これ、全部招待状?」


 「はい。お嬢様が殿下の婚約者に決まって以来、多くの招待状が届いております。」


 これは予想外だ……選定だけで一日かかってしまいそう。頭が痛くなる。


 「ねぇ、オルヒ。手伝ってくれる?」


 「はい、何をお手伝いしましょうか?」


 「近い日程のお茶会を洗い出して。出来るだけ私と同い年の令嬢が主催しているものがいいわ。」


 その後、オルヒにも協力してもらいながら、参加するお茶会を決め、参加したい旨の手紙を出した。


 こうして、私はお茶会デビューに向けて、よりマナーの勉強に力を入れるのだった。



   ◆ ◇ ◆



 「遅くなって申し訳ございません。

 本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。」


 軽く微笑み、礼を取る。


 お茶会では高位の者は早く来てはいけないというルールがある。私は今回参加する令嬢の中で一応最も高位であるため、開始時間の五分後にお茶会に現れた。


 何故か皆、ポーっと私を見つめる。


 ……ん?何か失敗した?


 主催者も挨拶を返してくれないことに不安になる。


 まさか本当は来ちゃいけなかったとか?それとも、私が外に出なさ過ぎて、幽霊に会ったみたいな感覚なのかしら?それとも、騎士団長の娘というのが恐ろしいとか?


 とりあえず、この場を打破しようと、もう一度主催者であるジュリー様に微笑みかける。


 すると、ジュリー様は慌てた様子で礼を返してくれた。


 「ほ、本日は招待に応じていただき、ありがとうございます。どうぞお楽しみください!」


 随分と緊張しているみたい。

 やっぱりあまり歓迎されてないのかしら…。


 それでも帰るわけにはいかないので促されるまま席に着く。


 今日のお茶会の目的はソフィアについての情報収集!彼女が社交界でどう評価されているかを正しく知って、対策を考えなくちゃ!!


 簡単に全員の自己紹介が終わったところで、ジュリー様が話し出す。流石主催者だけあって、会話をリードしている。緊張がほぐれてきたのか、もう噛んだりはしていない。


 「まさか今回、アンナ様に参加していただけるなんて思いませんでしたわ。本当にありがとうございます。」


 「いえ、こちらこそお招きいただき光栄ですわ。

 実はお茶会への参加は初めてで…不安もあったのですが、皆様がお優しくて安心しましたわ。」


 皆、ニコニコと話を聞いてくれる。良い人たちみたい。


 「初めてだなんて思えないですわ!

 マナーも完璧ですし!」


 一生懸命、学んだ甲斐があったー!先生ありがとう。


 「そんなことないです…。皆様の方がずっと優雅に見えますわ。ぜひご指導頂ければ幸いです。」


 「指導だなんてとんでもないです!アンナ様は謙虚でいらっしゃいますのね。アンナ様はそのままで十分ですわ!」


 他の御令嬢がなんだかうっとりと私を見つめる。

 …いったいなにをそんなに見つめているのか。


 「はぁ…、本当にお美しいですわ。

 アンナ様はまるで妖精ですね!」


 妖精…?!妖精とはソフィアのことでしょうに!!

 …この珍しい赤茶色の髪色のせいかしら?だとしたら、土の妖精ってところね。


 「私が妖精だなんて嫌ですわ。妖精とはソフィアのような方のことでしょう。」


 私がそう発言した瞬間、場の空気が一気に冷めるのが分かった。……やばい、やっちゃった?


 暫しの沈黙を破って、硬い表情のジュリー様が口を開いた。


 「…確かにソフィア様はお美しいですわ。でも……口を開けば文句ばかりで、とても妖精と比喩できるような可愛げがありません。」


 その言葉に周りもそうだそうだと同調し始める。

 私は隣にいる伯爵令嬢であるシンシア様に尋ねた。


 「シンシア様は、例えばソフィアにどのようなことを言われたのですか?」


 「私は…以前お茶会で少し大人っぽい姉のドレスを借りて着て行ったら、『ドレスくらい華やかにしたら?フリルの方がまだマシよ。』と言われました。自分はシンプルな大人っぽいドレスばかり着てるのに!!」


 少し唇を突き出したシンシア様はまだまだ幼い顔つきだ。


 「きっと可愛らしいお顔つきですし、フリルやリボンが付いているドレスの方が似合うと言いたかったんですね。ソフィアは涼やかな顔つきだから、フリルやリボンは似合わないんです。だから、羨ましかったのかも。」


 すると、少しふくよかなその奥の御令嬢が声を上げる。

 アリエス様…だったかしら。


 「私なんて、立食スペースでお菓子を食べていた時に『そんなに急いで食べるなんて!貴女はあそこにある水でも飲んでおけばいいわ!』と言われました。」


 「ふふっ。私もよく言われます。

 急いで食べると喉に詰まらせてしまいますからね。途中で水を飲んだ方がいいと言いたかったんですね。ソフィアは心配性なんです。」


 今度は私の反対隣の御令嬢が呟く。えっと名前はー


 「私は好きな殿方の話をしたら、『あの令息は貴女のことだけじゃなくて、さっき私のことを熱心に見ていたわよ。センスがないわね。』と言われました。」


 「きっと好色な男性に引っかかってしまうことを心配したのでしょう。女性は一途に愛された方が幸せになれますからね。」


 御令嬢達が不思議なものを見るような目で私を見つめる。シンシア様が口を開いた。


 「……ソフィア様の行動をそんな風に捉える方を初めて見ました。お二人は仲がいいと聞いておりましたが…アンナ様はソフィア様が本当にお好きなのですね。」


 私は心からの笑顔で答える。


 「えぇ。彼女は私の恩人なのです。私がこうしてここにいられるのも全て彼女のお陰です。

 彼女は素直になれないだけで、本当はとても優しく可愛らしい女性なのですよ。」


 再び会場には沈黙が満ちる。ジュリー様が一口お茶を飲んだ後にため息と共に言葉を吐き出した。


 「……とは言え、すぐにソフィア様への見方を変えることは出来ませんが。


 …でも、アンナ様がそう言うなら、少し様子を見てみようと思います。これからはお茶会や交流会にも顔を出されるんですよね?」


 「そ、そうですね。徐々に…。」


 「アンナ様とソフィア様が並んで参加されるのを楽しみにしておりますわ。」


 そう言って、ジュリー様は私に笑いかけた。


 ……あれ、これはこれからも定期的に参加しなきゃいけない流れ…?


 結局、私はこのお茶会とほぼ同じことを他の令嬢主催のお茶会で二回繰り返したのだった。

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