第5話 第二王子の婚約者
ソフィアとお茶会をした日の夜、私は再びお父様と向かい合っていた。
「お願いです、お父様!」
「今度こそ絶対に、ぜえっっったいに駄目だ!」
前回以上にお父様は手強かった。
お父様に王子殿下の婚約者になりたいと告げたら、その話はもう断ったと怖い顔をして言われた。
「お願いです!どうしても王子殿下の婚約者になりたいのです!うちにも打診が来たと言うことは資格はあるということでしょう?」
「駄目だ、駄目だ!大体ソフィア嬢が婚約を受けるだろう。彼女は健康で、美しく、聡明だ。殿下の婚約者にこんな適任はいない。」
「……ぐすっ。お父様は不健康で、美しくもなく、賢くもない私では婚約者にはなれないとおっしゃるのですね…。」
私は俯き、グスグスと鼻を鳴らす。…勿論嘘泣きだ。
しかし、まんまとお父様はオロオロし始めた。
「そ、そんなこと言っておらん!
アンナはこの世で一番可愛い!確かにソフィア嬢は美しいが、アンナの方が百万倍可愛い!」
ソフィアと私を比べて私の方が可愛いだなんて、完全に親バカフィルターがかかっているとは思うが、今は突っ込まないでおく。きっと親とはそういうものなんだろう。
「グスッ…本当に?」
潤んだ瞳でチラッとお父様を見れば、お父様は激しく首を縦に振る。
「じゃあ、殿下の婚約者にー」
お父様は再び眉毛を吊り上げた。
「それは駄目だ!まだ外出に耐えられる身体じゃないだろう?」
お父様はこう言うが、私は毎日広い屋敷の周りを何周もランニングして、木刀の素振りもして、それに加えて筋トレもしている。自分でも驚きの回復力だが、もう十分に体力はついていると思う。
「外出をしないのは、お父様が許可してくださらないだけでしょ!私は十分に健康です!!」
それはお父様も認識していたらしく「うっ…」っと言葉に詰まっている。ここまで来たら、もう一押しだ。
「で、でも、アンナ?婚約者ともなれば、王子妃教育もある。アンナは勉強は好きじゃないだろう…?」
正直勉強は好きじゃない。武の公爵家の血筋なだけあって、私は身体を動かすことが大好きだし、得意だ(最近知ったことだが)。
勉強は専門外だ。しかし、そんなことも言っていられない。人の…他の誰でもないソフィアの命が懸かってるんだ。勉強くらいいくらでもしてやる!!
「お父様…確かに私は賢くもありませんし、勉強も特別得意なわけでありません。しかし、普段は剣を持ちながらも、屋敷に戻ればペンを持って公爵業にあたるお父様の姿に私は以前から尊敬の念を抱いておりました。そして、私もあんな風になりたいと…。
確かに王子殿下の婚約者ともなれば、大変な日々が待っているとは思います。しかし、それもすべて尊敬するお父様に近付くためだと思えば、何も辛いことはありません。」
「アンナ…そんな風に思っていたなんて…。」
私はお父様に追い討ちをかける。
「私は公爵家の娘として、その役割を果たしたいと思っております。今まで屋敷に篭ってばかりで、私は何一つ公爵家に貢献して来ませんでした。そんな私が初めて公爵家に貢献できる機会を得たのです。それを全うしたいと思うことはいけないことでしょうか?」
じっとお父様を見つめれば、お父様の目にも涙が浮かぶ。
「そんな…我がクウェス公爵家のためだって言うのか…。」
私は今回も肯定も否定もせず、お父様を見つめて、微笑んだ。お父様はぐっと唇を噛み締めた後に私に告げた。
「明日、陛下に打診をしてみる。
但し、ソフィア嬢も婚約者になることを希望していた場合は陛下のご判断に任せることになるからな。」
「やったぁ!!お父様、大好き!!」
やっぱりお父様はおばあちゃんに比べるとチョロい。
◆ ◇ ◆
その後、正式に私が王子の婚約者に選ばれた。
ソフィアは、私の言葉を受けて、王子の婚約者となる不安な気持ちをご両親に打ち明けたらしい。
すると、予想外にもご両親はそれを快く受け入れてくれたとのことだった。いつも頑張りすぎるソフィアが正直な気持ちを教えてくれて嬉しいとまで言ってくれたそうだ。ソフィアは良いご両親に恵まれているようだった。
それを知らせる手紙には私のおかげだと感謝する一文が添えられていた。そして、これで初恋を諦めなくても良さそうだ、とも。
「……は、初恋…?!」
ソフィアの初恋とは一体誰だろうか…。
これが攻略対象の中の一人だった場合、そのルートでもソフィアが悪役令嬢である可能性もある。
王子ルートの悪役令嬢は私になったからいいとして…他のルートに関しても攻略対象者とソフィアの関係を洗い出す必要がありそうだ。
……王子妃教育でなかなか予定が空きそうにはないけど。
私は大きく溜息を吐いて、ソフィアの手紙を鍵のついた引き出しに仕舞う。その引き出しには今までのソフィアからの手紙とゲームの内容をメモしたあのノートが入っている。ノートの表紙を見るたびにキュッと私の胸は締め付けられる。脳裏に馬車の映像が流れる…私はその度に決意を新たにするのだった。
とりあえず……木刀振りをあと百回。
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