第135話 おなら坂セブンティーン

 僕は屁音楽家だ。

 口笛のように、おならで音楽を奏でる。

 ブッ、ブッ、ブッブッブッ♪

 ブッ、ブッ、ブッブッブッ♪

 ちょっと臭いが、我慢して、屁音楽を楽しんでほしい。 

 明るいメロディ。

 これがホントのヘ長調だ。


 僕は駅前音楽家。

 駅前のペデストリアンデッキでおしりを突き出し、自分で作曲した屁音楽を演奏している。おしりの前にマイクを置いて、おならの音を増幅している。こうすることにより、臭いが届かない距離に音楽を届けることができる。

 たいていの人は僕を白い目で見て通り過ぎる。

 なにあの変態、なんて陰口を叩かれることもある。

 でも僕はくじけない。

 面白いとか、いい曲じゃんとか言ってもらえることもあるからだ。

 コンビニでバイトして生計を立て、休日に屁音楽の練習をしたり、駅前で演奏したりしている。

 それが僕の人生だ。

 屁音楽は素晴らしいものだと確信している。

 一生をささげる覚悟だ。


 ある初秋の夕方、「素敵な曲ですね」と声をかけられた。

 ブレザーの制服を着た可愛い女子高生だった。

 女の子に褒められたのは初めてだ。

「ありがとう」と僕は答えた。

「どうやって、おならで音楽を奏でているのですか?」

「おしりの穴の開け閉めとおならの強弱を調整するんだ。それで、高い音や低い音を自在に出すことができるんだよ」

「おならは息とはちがいます。すぐに出なくなってしまうと思いますが」

「食物繊維を多く摂ると、ガスが発生しやすくなるんだ。僕は毎日野菜をたくさん食べて、腸内にガスを溜め、ライブを行っているんだよ」

「すごい特技ですね。ほかの誰にも真似できない技だと思います」

「そうかなあ。真面目に練習すれば、誰でもできると思うよ」

「とうていそうは思えません」

 彼女は僕のライブを最後まで聴いて、拍手してくれた。うれしかった。


 その子はときどきペデストリアンデッキに来て、僕の曲を聴いてくれるようになった。

「ファンです」とまで言ってくれた。

 彼女の名前は茅野雫ちゃん。

 初の女性ファンで、しかも熱烈だった。

 屁音楽がこんなに可愛い子に支持されるとは予想もしていなかった。

 僕はますます屁音楽に熱中し、雫ちゃんに楽しんでもらえるよう、新曲を続々と作った。


 晩秋のことだった。

 雫ちゃんが恥ずかしそうに言った。

「あの、私も屁音楽ができるようになったんです……」

「えっ、雫ちゃん、練習したの?」

「はい。おなら道さんに憧れて、密かに練習していたんです」

 おなら道というのは、僕の芸名だ。

「私、屁音楽の素晴らしさをたくさんの人に知ってもらいたいんです。おなら道さんといっしょにライブをしたいです」

 僕は感動した。

 雫ちゃんが僕と同じ道を志してくれているのだ。

 彼女ほど可愛い子なら、屁音楽アイドルになれるかもしれない。


 制服姿の雫ちゃんがマイクにおしりを向けると、ペデストリアンデッキを歩いている人たちの注目を浴びた。大勢の人が集まり、彼女を見つめた。

 雫ちゃんは屁音楽を披露した。

 素晴らしい演奏だった。音量も大きく、強弱があって、感情が乗っていた。

 彼女の演奏が終わると、とてつもない拍手喝采が湧いた。

 僕はブラボーと叫んだ。

 雫ちゃんは天才だ。僕を超える最高の屁音楽家!


 その後、僕と雫ちゃんは屁音楽ユニット「おなら坂セブンティーン」を組んだ。結成したのは、彼女の17歳の誕生日のことだ。

 僕たちはメジャーデビューをめざして、ペデストリアンデッキで演奏をつづけている。

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